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四方紀集  作者: 宗園やや
荷物を運んだ話
44/48

05

「私の名前は得呼(えこ)。届け先の得駆(えく)は私の母になります」


つづらの中に有った毛布を地面に敷き、そこに座った髪の長い少女が話を始める。


「得呼さん、ね。私はコノハ。大きいのがクラマで、そっちがカラス」


紹介され、会釈する男二人。

得呼もにこやかに会釈を返す。


「んで、私達はこれから夕食なんだけど、貴女はどうします?少しくらいなら分けてあげられるけど」


トイレ騒動のせいで食べ掛けで置いておいた干し肉を指差すコノハ。

虫や獣が寄って来るので、臭いが漏れない様に紙で包んである。


「あ、大丈夫です。どうしても空腹が耐えられなくなった時用の干物がつづらの中にありますから、それを食べます」


背後に置いたつづらの中から革袋を取り出す得呼。

ついでに水筒も取り出す。


「自分の分が有るのならそれで良いね。じゃ、食べながら聞きましょう」


地面に(じか)に座っているコノハが固い干し肉に齧り付く。

頷いた得呼は、革袋から木片みたいな物を摘み取った。

魚の干物を細かく千切った物の様だ。

殆ど光の入らないつづらの中で食べる予定だったんだろうから、予め食べ易くしておいたのだろう。


「貴女達は旅人ですから、色々な所に行き、色々な話を知っているでしょう?」


「まぁね」


相槌を打つカラスは干し肉を食べていない。

クラマは食べているので、交代で食事を取るつもりらしい。

物を食べる時は注意力が下がるから、村の外で他人と食事を取る時はいつもそうしている。

自分達以外の旅人と合流する機会は意外に多いので、そう言う場面は結構有る。

しかし、得呼を警戒する必要は無いのではないかとコノハは思う。

多分、クセになっているのだろう。

その徹底的な警戒心に何度も助けられているので余計な口は出さないが。


「では、村の領主に愛人とかが居て、腹違いの子供達が後継ぎ争いしたりするお話は聞いた事が有りますか?」


「滅多にないが、しかし珍しくもない話だな。君がそうだと言うのか?」


干し肉を噛みながら得呼の目を見るクラマ。

少女の輝く瞳には争いによる心の闇を感じない。


「ご存知なら話は早い。そうです。私が愛人の子で、弟が正妻の子です」


「得呼が愛人の子って事は、身の危険を感じたから逃げる様に村を出た、みたいな?」


口を挟んだコノハもその手の話は知っている。

後継ぎ問題が起こっている家は、金持ち貧乏人関係無く血生臭い話が付き纏う。

そんな感じかと思ったが、得呼は首を横に振った。


「余所様では醜い争いになったりしている様ですが、うちは違うんです」


得呼は語る。

彼女の父である領主は、村が平和である事から分かる様にとても良い人で、本来なら愛人をこさえる人間ではないらしい。

ならなぜ得呼が産まれたのか。

実は、領主夫婦には不妊に悩んでいた時期が有った。

子供が居ないと言う事は、領主の後を継ぐ者が居ないと言う事。

このまま現領主が亡くなると、中央から新しい領主が来る。

領主の座に固執は無いが、新領主が今の平和を保てる保証は無い。

だから事情を知っている愛人を作り、子供を、つまり得呼を産んで貰ったのだ。

村内の女だと後々にいざこざが起こる恐れが有ったので、隣村の女に頼み、手切れ金も払った。

しかし不思議な物で、跡取りが出来た途端に正妻が妊娠した。

さてどうしようかと困った夫婦だったが、取り敢えず二人共育てて、後を継ぐに相応しい方を次の領主にする事に決めた。


「異様なほど平和な話だな。で、今になって問題が起きた訳?」


軽い口調のカラスに泣き笑いの様な微妙な表情を向ける得呼。


「はい。お父様は、私と弟のどちらが領主でも良いと仰いました。それで困るのは私と弟です」


干物を食べながら喋ると喉が渇くので、水筒の水を勢い良く飲む得呼。

旅慣れているコノハ達からすると、かなり勿体無い飲み方だ。

水場が無い土地での水切れは命に関わるから。

まぁ、予定通りなら明日には次の村に着くから別に良いのだが。


「私は男子である弟が領主になるのが良いと思っていましたが、弟は私が領主に相応しいと思っている様です」


聞いた事の無い状況に驚くコノハ。


「つまり、領主の座を取り合ってるんじゃなくて、譲り合ってるの?」


「そうです。家族揃っての話し合いも埒が明きませんでした。そんな折に貴女達を見掛け、隣村の実母の所に避難する計画を思い付きました」


「なるほど。そうして身を引けば、弟さんが後を継ぐと考えた訳だ」


コノハの言葉に頷く得呼。


「はい。私の本気は、それで伝わると思います。弟が領主になってしまえば村に帰っても良い訳ですし」


「うーん……」


苦虫を噛み潰した様な顔になったカラスが干し肉を食べ始めた。

食事を終えたクラマが彼の代弁をする。


「君は平和な村でぬるま湯の様な生活をしていた様だから問題無いと思っているだろうが、俺達からすれば違和感しか無い」


「外の人はそう感じるのですか?」


「って言うか、得呼の方が特殊だと思う。普通、そんな道理は無い。そんな作戦が通用するんなら世の中の悲劇が半減するってレベルよ」


食事を終えたコノハは慎重に水筒を呷る。

クラマも唇を濡らす程度の水を飲む。

そして一息吐いてから得呼と視線を合せる。


「まぁ、この辺りにはこの辺り特有の常識が有るんだろう。君が思う通りに事が進む様に祈ってるよ」


「ありがとうございます。勿論、計画通りに進まなかった時の事も考えて有りますよ。明日、爺やが一日遅れて隣村に来る予定です」


「俺達に今回の仕事を頼んだあの老人かな?」


「いえ、もう少し若い人です。あのお方には村間の移動は少々酷ですから」


「そうだな。さて、食事を終えたらすぐに寝て貰うんだが、どうしようかな。君は野宿に慣れていないと思うんだが、屋根無しでも平気か?」


「あ、私はこの箱に入って眠ります。元々そのつもりでしたし」


つづらをベッドにするとずっと丸まっていなければならないから辛い気がするが、本人が良いと言ってるのならそれで良いだろう。

コノハのテントに二人入るのは無理だから、こちらとしてもそうして貰うと有り難い。


「では、寝る準備に入ってくれ。日が沈んだらこの場から動けなくなるからな」


「はい」


頷く得呼。

それに遅れて、コノハも無言で頷いた。

血生臭くてギスギスした話じゃないのなら、コノハが心配する部分はどこにも無いな。

まだ全然眠くないが、頑張って寝てしまおう。

そしてさっさと隣村に送って終わりにしてしまおう。

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