27
出発の日と言う事で、コノハは夜明け前から竈に火を入れていた。
四人分の朝食を作り、三人分のお弁当を詰める。
人数が多いと量が多くて大変だ。
そうこうしている内に男共が目を覚ましたので、身支度をさせてから朝御飯を食べさせる。
「食べ終わったら、ちゃんと歯を磨きなさいよ」
「あんたはお母さんかっての」
ぼやくカラスの寝癖頭に軽いパンチを食らわせるコノハ。
「私と兄さんの分だけにしておけば良かったかな」
「やぁ、コノハの作ったご飯は美味しいなぁ。ハハハ」
「…変な奴」
そして日が登り、出発の時間になった。
コノハ、クラマ、カラスの三人は旅の荷物を身に着け、土間で靴を履く。
「見送りましょう」
風弥も綿入れを羽織り、妹の物と同じく獣の皮で継ぎ接ぎになっている靴を履いた。
朝靄の中、四人は村の大通りを歩く。
早朝からやる農作業も有るが、まだ畑に出ている人は居ない。
だが、それがコノハの狙いだった。
村人にどこに行くんだと質問されたら返答に困ってしまうから。
本当の事は言えないし、ウソを言うのは心苦しいし。
「おや、月見。久しぶりです。元気そうで良かった」
白天によって村外れに移動させられていた三頭の馬。
その中にいる真っ白な馬の顔を優しく撫でる風弥。
月見も主人と再会した喜びを嘶きで表現している。
「馬小屋のおじさんが私の足に…、って、手配したのは西方大王か、サウグタさんか。まぁ、私が借りる事になったの。良いよね?」
「勿論です。月見、命世を宜しくお願いしますよ」
返事をする様に嘶く月見。
本当に賢い馬だ。
「命世」
三頭の馬を繋いでいる木の影から一人の少女が顔を出した。
「あ、美花。来てくれたんだ」
旅の詳細は話していないが、美花にだけは出発の時間を伝えていた。
命を落とす可能性がゼロではない旅なので、お別れをしないで離れると後悔になる可能性が有ったから。
「本当に行っちゃうんだね」
「うん。それが、すぐに村に帰って来れる条件だったから」
寂しそうに言う友人の手を握るコノハ。
美花は強く握り返して来る。
「そっか…」
「うん…」
少女二人のしんみり雰囲気に遠慮して、男三人は少し離れた所で大人の会話をする。
「ごめんね、詳しい事が言えなくて」
「ううん、良いの。お父さん達、命世に感謝してたよ。急に理不尽な事を言い出した領主から解放されたって」
村人にはコノハ達が何をしたかの説明はしていない。
だが、元気な美少女が何かをしたと言う事は察しているらしい。
命世が中央に送られた後に領主が独善的になり、命世が中央から帰って来たら領主が中央送りになったので、無関係だと思う方がどうかしてる。
それなら隠してもしょうがないか。
「…喜んで貰えたなら、頑張った甲斐が有ったよ」
「帰って、来るんだよね?」
「勿論。あの二人が護ってくれる、筈だから」
クラマはともかく、カラスはいまいち心許無い。
まぁ、馬を護ってくれた白天も居るし、きっと帰れる。
「帰って来るよ。必ず。兄さんに色々な話を聞いて、村を外側から見る事の大切さを教えて貰ったから」
「私にはその話は良く分からないけど…。でも、命世が帰って来るって決めてるのなら、絶対帰って来れるよ」
「うん、大丈夫。正義は必ず勝つ!からね!」
拳を空に向かって突き上げ、命世らしく元気に言う。
それがいつものカラ元気だと知っている美花は、友達を安心させる様に頷いて見せる。
「そうだね。私もそう思うよ。あと、これ。お守り」
花柄の布で縫われた小袋をコノハに握らせる美花。
「中にはブランコの紐の欠片が入っているの。みんなで作った紐だから」
「…そっか。壊されたんだっけ」
領主の家に乗り込む前に、下調べとして問題の工事現場を見て回った。
そこはもう子供の遊び場と言う風景ではなくなっていた。
ブランコの木は倒され、住宅の土台ばかりになっていたのだ。
事業自体は村に悪い事ではないので、新領主の許で続行される。
「ちょっと寂しいけど、仕方がないのよね。旅から帰って来たら、みんな良い家で暮らしてたりして」
コノハが微笑んで言うと、美花も微笑みを返した。
「そうなったら良いんだけど。私も同じ小袋を持ってるから、それに向かって命世の旅の無事を願ってる」
「ん。ありがと。…じゃ、もう行くね。行きましょう、クラマ、カラス」
「ああ」
「ほーい」
三人がそれぞれの馬に跨る。
コノハは馬に乗り慣れていないので、兄に腰を持ち上げて貰う。
「それじゃ、行って来ます。兄さん。美花。元気でね」
「命世も、気を付けて」
兄さんが手を振る。
「危ない事はしないでね、命世」
美花も手を振る。
「旅から帰って来たら、今度は私が兄さんと美花に色々な話を聞かせてあげるね。行って来ます!」
元気良く手を振り帰したコノハは、月見の手綱を操って村に背を向けた。
病気の兄さんを残すのはどうしても後ろ髪を引かれるが、介護術を持ったプロの人に兄さんを任せられるので安心だと自分に言い聞かせる。
先程、その介護を担当する人が西方京と言う街から出発したとの報告が白天から有った。
明日になれば華瞭村に着くらしい。
旅はもう始まったんだから、兄さんの事は脇に置いておこう。
「んで、どこに行くの?」
馬に乗る時に乱れたオレンジ色の着物の裾を直しながら訊くと、クラマが応えた。
「華瞭村の隣り村である藤間村に行く。今後は基本的に隣り村へ隣り村へと渡り歩く事になる」
「そっか。そこなら名前だけは聞いた事が有る。あっちだよね」
それぞれの背に人を乗せた三頭の馬は、朝日に向かって歩き出した。




