01
手綱を引いて歩いている三人の旅人達は、燻っている様な雨の中で馬留め小屋を見付けた。
引いている馬を驚かせない様に慎重に歩く速度を上げ、小屋に飛び込む三人。
「うひー。やっと雨宿りが出来たよー」
十代半ばのポニーテールの少女が、黒いなめし革で出来た雨合羽を脱いだ。
「廃村臭いな。しかし雨漏りが無いから、ただ単に出掛けているだけかも知れん。暫く待ってみよう」
鋼の様な筋肉を持った大男が三頭の馬を馬留めに繋ぎながら天井を見る。
雨滲みは有るが、水滴が落ちて来そうな様子は無い。
「そうだな。何が有るか分からないから、馬から荷物を下すのは後にしようか」
言いながら雨合羽を壁から突き出ている杭に掛ける優男。
他の二人も杭に雨合羽を掛けると、それから滴り落ちる水滴が水溜りを作る。
身軽になって一息吐いた少女は、湿った袖を絞りながら小屋の外に目を向けた。
昨夜遅くから降り始めた雨は一向に降り止む気配が無い。
大雨の中で野宿をするのは辛いので寝ずにこの村を目指して来たのだが、様子がおかしい。
まず、村の門番が居ない。
それ自体は珍しい事でもないが、馬留め小屋も無人なのは明らかに不自然だ。
経験上、門と馬留め小屋の両方が無人な場合は百パーセント廃村だった。
しかしこの小屋には廃墟特有の侘しさが無いので、筋肉男が留守を疑うのも理解出来る。
「所で、コノハ」
「うん?」
優男に名前を呼ばれた少女は、湿った前髪を弄りながら仲間を見上げた。
その前髪にはむっつの緑の宝石が葡萄の様な形になっている髪飾りがくっついている。
「雨が強過ぎて、雨合羽が利かなかったんじゃないか?」
「そうだね。防水加工されてるとは言え、ただの革のマントだからね。大雨だと中まで浸透しちゃうよ」
少女が着ているオレンジ色の着物は全体的にシットリと濡れていて、肩と太股と袖口の部分だけが変色する位に濡れている。
マントに守られていなかったズボンの膝下は限界まで水を含んでいる。
同じ雨合羽を着ていた男二人も同じ濡れ方をしている。
「このままだと風邪を引きそうだ。しかし、コノハの閙は火の属性を持っている。それを使えばあっと言う間に着物を乾かせるだろう」
「うん。まぁ、そうだね」
優男が何が言いたいのか読めず、戸惑いながら頷くコノハ。
「風邪を引かせたくないから、コノハに閙を使って貰いたい。だが、ここで何も考えずに閙を使うと馬達が怖がる。動物は火を怖がるからね」
旅をする上での一番の敵は病気だ。
村の中なら医者や薬に頼れるが、道中で病気になったら、軽い風邪でも大事を取って休まなければならない。
無理をして重病化したら命に関わるからだ。
なので、不吉な悪寒を感じた場合、ここで足止めを食らう事になる。
保存食の残量の問題も有るので、なるべくなら廃村は素通りしたい。
「俺達は身体を鍛えてあるからそうそう風邪は引かないけど、コノハは違うだろ?」
「確かに、この湿気だと自然に乾くのを待っていたら身体が冷えそうね。要するに発火しなきゃ良い訳でしょ?」
半目になり、自分の身体の中に有るエネルギーを意識する少女。
皆が閙と呼んでいるそのエネルギーを身体全体から放出する。
そして楕円形の繭の形をイメージし、全身を包む様に閙を固定する。
コノハの閙はそれ自体が熱を持っているので、こうしておけば着物が乾くだろう。
ただ、閙と言う物は全力で使うのは楽だが、弱く使うのは意外と難しい。
例えるなら、物凄く重い箸で生卵の黄身を抓む様な、力を入れながらの脱力みたいな意識配分が必要なのだ。
特にコノハの様に生まれ付きの才能で強い閙を持っている場合、人一倍の脱力が必要になる。
今回の場合は何も考えないと着物や髪が燃え上がるので、ぬるま湯程度の弱い閙を放出し続けなければならない。
そう考えながら閙を操っていると、オレンジ色の着物から湯気が立ち始めた。
「おー、凄い凄い。良くここまで閙のコントロールが出来る様になったな。俺、感動」
「…ちょっとカラス。何やってるの?」
カラスと呼ばれた優男は、半目の少女に両の掌を翳している。
「余った熱をお裾分けして貰おうと思って。折角の熱エネルギーを無駄にするのも勿体無いじゃん?」
「うむ。カラスの言う通りだ」
「それが狙いだった訳ね。クラマまで私をストーブみたいにしてぇ。やだもうぅ」
真面目な筋肉男にまで手を翳されたコノハは、整った顔を歪ませてヘソを曲げた。
「済まない。俺達はこれからまた雨の中に出ないといけないんだ。少しだけ温まらせてくれ」
「どうして?」
「馬留めの番人が戻って来ないと俺達はここから動けないだろう?だがもしも廃村なら待つだけ無駄だ」
クラマの手からも湯気が上がる。
長時間雨に晒されていたゴツイ指がふやけている。
「だから明るい内に村の中を見て回りたい。廃村なら寝泊りに使える家の確認もしたいしな」
「そう言う事なら仕方ない。私の服が乾いたら終わりだからね」
「十分だ」
オレンジ色の着物から上る湯気が少なくなると、男二人は再び雨合羽を羽織った。
「では、俺達は村の様子を見て来る。コノハはここに残り、馬と荷物の番をしていてくれ」
クラマの指示に頷くコノハ。
間髪置かず、カラスが横から口を挟んで来た。
「馬の足をネズミに噛まれるんじゃないぞ。コノハは結構ボケーっとしているからな」
「私がいつボケっとしたって言うのよ!適当な事言わないでよ、イラッとするから!」
「おお、怖。でも、馬が足を怪我したら本気でヤバイからな。下手をしたら今生の別れになる。月見と別れたくないだろう?」
馬留めに繋がれている白馬を見上げるコノハ。
この旅の間中、ずっと自分の足になってくれている月見。
月見が居なくなったら本気で困るし、立ち直れないくらい悲しい。
「分かったわよ。気を付ける。もしもこの村の馬留め係の人が来たら、荷物を下す?」
応えるのはクラマ。
「いや、俺達が戻ってからにしてくれ。滅多に無い事だが、ニセモノの門番も居るからな。ひとつでも盗まれたら困る」
「それもそうね」
「では、行って来る。気を付けて留守番をしてくれ」
「クラマとカラスも気を付けて」
雨の中に飛び出して行く男二人。
馬達が居るから寂しくは無いが、一人残されると心細い。
「ネズミ、か。居たら、やっぱり私が閙で退治しないといけないよね」
三頭の馬を撫でながら小屋の中を一周するコノハ。
「大丈夫みたいね。ネズミが出入りしそうな穴も無いし、ゲジゲジみたいな刺す虫は居ないし」
雨のせいかナメクジは居たが、障害にはならないだろう。
一息吐いたコノハは、改めて小屋の中を見渡した。
馬留め小屋には飼い葉がある筈。
疲れたのでそこに座ろうと思い立ったのだが、干し草の一かけらも無い。
馬のエサが無いと言う事はつまり、この村には馬が居ないのだ。
やはりここは廃村なのか。
まぁ、その判断は男二人が帰って来てからにするか。
そんな事より、尻を突いて足を伸ばしたい。
が、湿気のせいで泥の様になっている地面には座りたくない。
悩んだ挙句、適当な所でしゃがむコノハ。
楽な姿勢ではないが、立ちっ放しよりはマシだ。




