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初仕事を終えたコノハは、自宅の板間の中心でアグラをかき、床の木目をぼんやりと眺めていた。
労いの言葉を一通り掛けた兄も、生返事しか返さない妹を持て余している。
一刻程そうしていると、建付けの悪い戸を開けてクラマとカラスが帰って来た。
「領主と建築屋は白天が中央に連れて行った」
「お疲れ様」
少女の背中に報告したクラマを労うコノハ。
その視線は木目をなぞり続けている。
「領主の家族は、次の領主が来るまで領主邸で待機。裁判の結果待ちになる」
「そう…」
報告が終わったクラマは、コノハの丸まった背中を見て小さく肩を竦めた。
そして優男に視線を送る。
それを受け、溜息を吐くカラス。
小娘の機嫌取りは優男の役割、って事か。
しょうがないな。
「あの千角ってガキが気になるのかな?コノハの幼馴染みだっけ?」
カラスは板間に上がり、コノハの真後ろで屈む。
何かしらの反応が有るかと思ったが、意外にもオレンジ色の肩や黒いポニーテールはピクリとも動かなかった。
「気になるって言うか…。兄さんが無事だったのは、千角のお陰だから」
上半身を捻り、クラマとカラスの顔を見るコノハ。
「私、あれで良かったのかな。今回は兄さんの言う通りにやっただけだけど、これからもあんな感じで良いのかな?」
「そうだな。合格だろう。今後も初心を忘れずに精進すれば、間違いは無いだろう」
力強く頷くクラマ。
「反省すべき所が有りそうなんだけど、どこを反省したら良いか分からないのよ。本当にこのままで良いの?」
「思う部分が有るのなら、自分なりに考えを纏めれば良い。次からはコノハの判断のみで動かなければならないのだから」
「だから今の内に相談してるの。そんなに突き放した言い方をしなくても良いじゃない」
唇を尖らせるコノハ。
それに風弥が応える。
「クラマが合格と言っているのですから、ここは素直に受け取っておきましょう。ダメな部分が有ったのなら、彼はそう言うでしょうから」
「そっか。そうだよね。分かった」
安心したコノハは、その場で無造作に寝転がった。
「それにしても、緊張したぁ~。もう疲れた~」
床に広がるポニーテールを見て、口を押さえて笑うカラス。
「こっちは脈無し、か。可哀想な千角。ありがちありがち」
「ん?何か言った?カラス」
「別に」
とぼけながら風弥と目で会話したカラスは、コノハとは別の方向に頭を向けて床に寝転がる。
隊長と同僚のだらしない姿を見て、土間で立ったままのクラマは項垂れる。
情けない。
「命世。コノハの仕事に必要な物を差し上げましょう」
妹の顔の横に分厚い本を置く風弥。
「何?」
寝転がったまま本のページを捲るコノハ。
小さい文字がびっしりと並んでいて眩暈がする。
「この国の法律が書かれています。判断に迷った時に参考にしてみてください」
「う、うん。ありがとう」
微妙な返事をして本を閉じるコノハ。
読むのが面倒臭いとは言えない。
「旅の者が持つには不自然な物ですし、かなり重い物なので、普段は白天に保管して貰えば良いでしょう」
「そっか。必要な時に持って来させるんだね」
寝転がったままで気が抜けた声を出すコノハを心配そうに見る兄。
「…罪を犯した人間は裁かれなければなりません。命世がコノハとして行った事は正しい事なんですよ」
「うん。緊張のせいでクタクタなだけだって。本当。さて!と」
兄の慈愛に満ちた視線に気付いたコノハは、気合を入れて起き上がる。
自分はいつでも元気でいないと。
これから長い旅を始めると言うのに、兄に心配を残してはいけない。
兄の身体に障る様な不安を残したら、それが自分の心配にもなる。
それが気掛かりになって調査隊の仕事に差し障りが出たら、きっと兄が悲しむ。
「さて。それじゃ、出発は明日の朝にしよう。良いかな?クラマ」
立ち上がったコノハは、腰に手を当てて旅立ちの宣言をする。
「ああ」
「すぐ出発で良いの?」
クラマは頷いたが、カラスは横のまま質問して来た。
「じゃ、兄さんの看護をしてくれる人が来るまでのんびりする?そんな余裕が有る旅なの?」
カラスを冷たい目で見下ろすコノハ。
「ああ、良いねぇ、その目。女王様って感じ。私めを踏んでください」
「何言ってんのよバカ。ゆっくりしてると旅出ちが億劫になると思うから、気が張っている内に出るのよ。良いね?」
呆れ顔で土間に下り、靴を履くコノハ。
「クラマ、買い物の荷物持ちで付き合って貰えるかな。旅の前の食い溜めって意味で、夕飯はごちそうにしましょう」
「うむ」
建て付けの悪い玄関戸を開けたコノハは、一瞬固まってから振り向いた。
そして板間に座る兄に少女らしい微笑みを向ける。
「腕に縒りをかけるから、楽しみにしててね」
「ええ、期待しています」
「いってらっしゃーい」
寝たまま手を振るカラスにムカっとするコノハ。
健康なクセにダラける奴は大嫌いだ。
「カラス。あんたは食材を調達しなさい。そうねぇ、村の外に行って、兎か鳥を人数分取って来なさい」
「えー」
子供の様に不満を顔に出すカラス。
「め・い・れ・い・よっ!カラスが頑張らないとお肉無しになっちゃうからね。しっかりね!」
大股で家を出て行くコノハとその後に付いて行くクラマを見送ってから、カラスは大袈裟に溜息を吐いた。
「公私混同するとんでもない隊長だ。育てた奴の顔が見てみたいもんだ」
恨みがましく見られた風弥は、静かに口の端を上げる。
「良い子でしょう?」
フ、と鼻で笑うカラス。
「まぁね。真面目な話、悩んだ時に沈み過ぎるのが今後の課題って所かな。本人もそれが分かっていて、ああやってカラ元気して見せるのも問題」
よっこいしょと言いながら立ち上がり、伸びをするカラス。
「でもまぁ、そこを乗り越えるか割り切るかは本人次第だから、俺にはどうにも出来ないけどね。って事で、お肉の為に頑張って来るよ」




