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懐かしい我が家の竈に火を入れ、夕飯を作るコノハ。
クラマはコノハ本人が夕飯の買い出しをするのは危険だとして反対したが、コノハはそれを一蹴した。
オレンジ色の着物を着た元気娘が帰って来た事は、もう村人全員が知っているだろう。
恐らく、領主にも知られている。
どんな些細な噂話でも、数刻もすれば村全体に広がる。
それが田舎の村の情報伝達力と言う物だ。
そもそも命世は無罪放免になったので、こそこそする必要も意味も無い。
風弥にもその通りですと言われ、クラマはコノハの行動を制限しない事にした。
ただし、こっそりと白天による警護の人数は増やしている。
そして何事も起こらず、不穏な影も現れないまま無事に夕飯を終えると、兄妹は文机を挟んで座った。
「では、これから命世がコノハとしてどう言った行動をしたら良いかの相談をしましょう」
「ごめんね、面倒な事になっちゃって」
「良いんですよ。コノハの仕事は大変な事ですからね。命世の力になれたら、私も嬉しいのです」
そして小難しい話を長く続ける。
と言っても、喋ったのは殆どが風弥で、コノハは少し質問しただけだった。
「忘れない様にしなきゃ」
頭の中で今の話を繰り返している妹を静かに見守る兄。
ふと妹の目が兄に向く。
「あのさぁ、兄さん」
「何でしょう?」
イタズラを告白する時の様な上目使いになるコノハ。
「私がコノハになった事、どう思う?…怒ってる?」
もじもじしているコノハは、聴き取れない程の小さな声で訊く。
妹は気が強くて女性らしい所が少ない子だが、兄の機嫌や身体の具合に関しては世話女房並みの敏感さを見せる。
勝手にコノハになる事を決め、そして兄の世話をする他人を雇った事を、兄がどう思っているのかが心配になっているらしい。
可愛らしい心配をする妹に、つい笑みを漏らす兄。
「確かに最初は驚きました。コノハは国を背負い、村を救い、困っている人を助ける重大な仕事ですからね。命世の様な子供に務まる仕事ではありません」
もっとも、命世本人の資質ではなく、一般論ですと兄が言うと、妹はうん分かってると頷いた。
だからこそ、こうして兄に相談している。
「私の病気のせいで計画が中断してしまった事が、実はずっと心残りだったのです。コノハには通常では有り得ない程の権限が与えられますから」
「それには私も驚いた。どんな事をしても、調査なら許されるんだもん」
不正を証明する情報を自由に集められる様にと、調査隊は様々な権限を頂いている。
そして、集めた情報を元にその場で裁判を起こし、独自の判断で結論を出す事が出来る。
調査や裁判の妨害をしたり、コノハの決定に従わない者は、隊長権限で処刑する事が許されている。
情報収集に必要なら、拷問を行う権限も有る。
悪人を処分する為の情報収集に関しては、出来ない事を探す方が難しいくらい、思ったままに行動出来るのだ。
「ええ。ですから隊長次第では調査行為が災厄になります。大王は勿論、カラスとクラマを信頼してはいたのですが、やはり気掛かりで」
今は自分の部下である二人を見るコノハ。
二人は自分の靴の修理をしている。
場合によっては、明日は戦いになるからだ。
「ですが、命世が隊長なら、災厄になる心配は杞憂でしょう」
笑んだ後、憂いた顔になる兄。
「ただ、命世の身の安全と言う別の心配が出て来ましたけどね。それはカラスとクラマを信用するしかありません。そして私は二人を信用しています」
「…そっか。私、兄さんが心配しない様に頑張るよ。クラマとカラスも頑張ってくれるよね?」
「ああ」
「それなりにね」
クラマは力強く頷いたが、カラスはいつもの様に軽く応えた。
この優男は、なんだかんだ言っても仕事だけはちゃんとする男だとは思うが、どうにもやる気が感じられない。
「兄さんが心配しない様に、頑張るよね?カラス?」
なのでコノハは立ち上がり、カラスの肩を掴みながらもう一度訊く。
顔は笑っているが、少女の細い腕には閙が込められていた。
「はい、誠心誠意頑張ります」
肩からコゲ臭い煙を上げているカラスが言葉を正している様を見て、風弥とクラマは声を上げて笑った。




