20
巨木から少し離れて立っているクラマとカラスの間に、初めて見る男の子が立っていた。
十五歳位で、作務衣みたいな形の黒い着物を着ている。
香草の森は木漏れ日に溢れているので、そんなに暗くない。
なのに、その男の子の姿は陰に隠れていて見え難かった。
動き易い様に袖口や裾口を紐で縛っている男の子は、コノハを見て微かに眉間に皺を寄せる。
「隊長って、まさかこいつ?」
いきなりこいつ呼ばわりされ、ムッとするコノハ。
どうにも自分は男の子に嫌われる。
好きでそんな立場になってる訳じゃないのに。
「こら。隊長に向かってこいつとはなんだ」
クラマに叱られ、姿勢を正す男の子。
「…すみません」
「コノハ。彼は白天の一人だ」
クラマに紹介され、頷くコノハ。
白天に就いてはサウグタから聞いている。
調査対象の家屋に忍び込み、不正の証拠を掴んだりしたりする部隊だ。
不正を暴く為とは言え、その行動は完全に犯罪なので、コノハ達とは別働隊となっている。
「って言うか、私は彼等の事を知らないって事になっているんじゃないの?紹介なんかして良いの?」
万が一白天の犯罪がバレた場合、調査隊とは全くの無関係にしたいので、調査隊には彼等の事を知らしていないと言う設定になっている。
なので、コノハが彼等に直接命令する事は絶対に出来ない。
しかしそれではどこから不正の情報を得たのかの言い訳にはならないので、立場的にはクラマの部下となっている。
白天が何人居て何をしているかはクラマしか知らない。
だから、調査隊に追及が及んだ場合、クラマ一人が責任を負う事になる。
クラマに重責を負わせ過ぎな気もするが、彼はお国の為なら自己犠牲も厭わない覚悟をしているので構わないんだそうだ。
そもそも白天は自分達が公になる様なヘマは絶対にしないので、気にするだけ無駄らしい。
回りくどいこの設定とやらも無意味なのだが、言い逃れの余地を残せば調査隊の仕事がし易くなる、らしい。
その辺の事情は、実際に調査隊としての経験を積んで行けば次第に分かって来るとサウグタに言われているので、今は気にしない。
もしもこの設定が完全に無意味だった場合は、第二調査隊を結成する時の参考にするとの事。
「これからする話が終わったら、彼の事は忘れてくれ。だが、俺とカラスに万が一が有った時は、彼がコノハを助ける。それは覚えておいてくれ」
「万が一って何?」
「単純に言えば、俺達が死んでしまった場合だな。そうなったら調査隊の旅は終わり、彼がコノハをこの華瞭村に帰す事になる」
「…なるほど、ね。私が死んだら?」
「戦場でもないのに隊長を失うのは俺のプライドが許さないが、有り得ない話ではないので言おう。俺達は自力で中央に戻る。白天の助けなど要らん」
「そりゃそうか」
白天から見れば、コノハは上司の上司なので、面と向かってこいつと呼べば、本来ならその場で手打ちにされても文句は言えない。
あえてそこには触れず、改めて男の子を見るコノハ。
意思の強そうな真っ直ぐな瞳には好感が持てなくはない。
その男の子がクラマに促されて話を始める。
「華瞭村の領主、希角が不正を行っている証拠を掴みました」
「何をしているんだ?」
「村の向こう側のアレかな?」
クラマの問いにカラスの声が続く。
「さっきも出てたけど、アレって何?」
コノハが訊くと、カラスが応えた。
「家を作ってるんだよ」
「家?」
「そう。それも沢山」
「…ああ。そう言えば、千角がそんな事を言ってたな」
コノハが中央に送られる前、子供達の遊び場で起こった、日常的な諍い。
空き地に家を建てるから云々と言われたのが事の始まりだった。
一週間くらい前の事なのに、凄く昔に感じる。
思い出に浸っているコノハを横目で見ながら口を開く男の子。
「希角は華瞭村を鉄工の村にしたい様です」
「鉄工?鉄工って、鉄製品を作るって事?この村で?」
「…その様です」
聞き返しただけなのに、まるでケンカをしている時の千角の目みたいな視線を向けられた。
まぁ、気持ちは分かる。
年下の女の子が上司の上司なんてのは快く思えないだろう。
コノハ自身、自分に隊長の資質が有るとは思えない。
兄さんみたいに博識で優しい人か、クラマみたいに強くて厳しい人が適任だろう。
でも、私が隊長にならなきゃ兄さんに会えなかったんだから、しょうがないじゃん。
そんな考えのせいで冷めた顔になっているコノハから視線を離して報告を続ける男の子。
「その為に職人達の住宅や作業場を作り始めています。職人頭は元々村に居た鍛冶職人ですが、彼は了承していません」
「あの人は気に入った人にしか物を売らないくらいの頑固親父だからね。余所者なんか相手にしないわよ」
村を良く知っているコノハが言うと、クラマがなるほどと頷いてから口を開く。
「その事業計画は、中央には?」
「申請しています。受理もされています。が、村人を不当な低賃金で働かせ、経費削減を行っています。その浮いた分の援助金を着服しています」
「着服、か…」
深刻な顔をするクラマとは対照的に明るく口を開くカラス。
「小さいねぇ。小物の悪人が小銭を稼いでるだけだ。貧しい農村に鉄工職人が大勢来れば税金をいっぱい取れるってか?」
「そうですね。それが目的でしょう」
カラスに頷く男の子。
「それと、中央から支給されている年金や孤児院経営費等も少しだけ着服していますね」
「…なんですって?」
コノハの表情が険しくなる。
「領主の家に残っている記録と役場の記録に四捨五入程度の誤差が有ります。ひとつひとつは小さいですが、チリも積もれば」
勿論、年金は風弥だけに支払われている物ではない。
年寄りや国の為に働いた人達に決まった額が支払われている。
孤児院経営費も、親の居ない子供達の物だ。
それを奪っていた訳か。
ムカつく。
「やだねぇ。せこいせこい。確かに不正だけど、結果的には村の発展になるんだし、無視で良いんじゃない?」
面倒臭そうに言うカラス。
「それを決めるのはコノハだ。どうする?」
「許せない」
クラマに訊かれ、速攻でそう応えるコノハ。
カラスが面倒臭そうに肩を竦める。
「…でも」
上を見るコノハ。
木々の葉っぱが青空を遮っている。
「私達が動いたら、領主はどうなる?」
「中央に送られ、裁判を受ける」
即座に応えるクラマ。
「それは知ってる。そうしてからどうなるの?」
「横領は立派な罪だ。金額の大小は問題じゃない。白天が証拠を押さえているので、有罪は確定しているな」
「有罪…」
「最低でも領主の資格は剥奪される。重くて懲役だ。それくらいだな」
視線をクラマに向けるコノハ。
「千角、…領主の息子はどうなる?」
「家族は無関係だ。不正に手を貸していたなら別だが。希角はこの村の者か?」
クラマに訊かれた男の子が応える。
「いえ。国境付近の村の出で、元々は軍人です」
「国境警備軍か。恐らく、家族はその村に帰されるな。希角も、刑期が終わればそこに帰されるだろう」
「…そう」
視線を足下に落とすコノハ。
コケや雑草、木の根で地面はデコボコしている。
「初めての仕事だ。良く考える事だ」
「…うん。白天の報告は終わり?」
「はい。では」
頭を下げた男の子は、一瞬で姿を消した。
瞬間移動レベルの素早さだ。
これも閙の形のひとつなのだろうか。
「じゃ、私の家に帰りましょう。ここは兄さんの身体に障るわ」
「そうだな。風弥は俺が背負おう」
「お願い」
大木の根元で口を開いているウロの中に入って行くクラマ。
それを見たコノハは、もじもじしながら優男の足元に視線を移した。
「…ねぇ、カラス」
「何?」
「これからどうしたら良いのかを兄さんと相談しても良いのかな?」
「別に良いんじゃない?風弥は元コノハだし」
笑顔で言うカラス。
「そうだな。だが、サウグタにも言われているだろうが、隊長は迷いを部下に見せてはならない。いつでも胸を張り、正義を示すのだ」
兄の手を引いてウロから出て来たクラマは厳しく言う。
「分かってる。何をするべきかは、分かってる。初めてだから、ちょっと緊張してるだけ。だから、間違いが無いか確認するだけ」
言葉は強気だが、コノハの顔は地面に向きっ放し。
かなり迷っている様が一目瞭然だ。
「でも、俺とコノハは軍人じゃない。そんなに堅苦しくしなくても。ねぇ?クラマ。クラマももう軍人じゃないんだから、気楽に気楽に」
コノハの細い肩に手を置くカラス。
「…そうだな」
ムスっとしながら呟いたクラマは、軽々と兄を背負う。
「助け船を出してくれてありがと、カラス。でも、カラスはもうちょっと気を引き締めないといけないと思うけどね」
「うひょ。隊長さんも厳しいねぇ」
踊りみたいな奇妙な仕草をしながら肩を竦めるカラス。
とにかく、今は兄さんの知恵を借りなければ村の運命を左右する決断をする自信が無い。
視線の先に良い香草が有る事に気付いたコノハは、それをそっと摘んだ。




