22
「しかし、分からないなぁ」
「何が?」
首を傾げるカラスの肩から手を離すコノハ。
カラスは埃を払う様に肩を叩いて熱を逃がす。
「他の村でもさ、根性の曲がっている領主に困ってる人達が居る訳さ。この村は重労働させられているけど、賃金が出ている分マシと言えるくらいね」
「つまりカラスは、華瞭村より辛い状態に有る村は珍しくないと言いたいのね?」
「うん」
「だから大王が調査隊を作ったんじゃないの?そう言う人達を救う為に」
そうじゃなくてさ、と言いながら修理を終えた靴を三和土に落とすカラス。
「逆に、人の良い領主が居る村も有る。命掛けで中央に直訴するくらいなら、そう言う暮らし易い村に引っ越せば良いのに」
「?」
コノハはカラスの言っている意味が分からなかった。
代わりに兄が応える。
「西方京で育ったカラスには、村の仕組みを知らないのでしょう」
「西方京?」
「中央の近くに有る、西方地方の首都です。砕いて言えば、西方地方で一番大きく、一番人の多い村ですよ、命世」
良く分からないが、要するに凄く広い村だろう。
異様に大きかった中央を横に広げた感じの、異様に大きな村を想像するコノハ。
「西方京では、懇意にするのは隣近所か職場の友人くらいでしょう?」
「まぁ、そうだなぁ」
身体を捻り、風弥の方に身体を向けるカラス。
「でも、狭くて人口の少ない村では、全員が知り合いなんです。全員が全員の事を知っている。村人と言う括りは家族と同義なのです」
「家族ねぇ」
口元をひん曲げるカラス。
分からないと表情が語っているので、風弥は更に続ける。
「村はその家族が産まれる場所で、死ぬ場所なんです。先祖代々、そうやって家族を形成し、護って来た。それを捨てる事は出来ないんです」
「だけど、村から出て京に行く人も居るだろ?そうじゃなきゃ、京や中央なんて機能しない」
「何らかの事情で村を出なければならない人も居ますし、私の様に単純に仕事で村を出る事も有る。そう言う人達でも故郷は捨てられません」
「故郷ねぇ」
「この村で起こっている事は、キチンとやれば村の為になります。村の人口が増える、つまり家族が増える事は喜ばしい事ですから」
喋りながら文机を壁際に片付ける風弥。
「領主からの説明も有った、らしいです。私は聞いていませんが、そうした良い部分だけを伝えた様ですね。だから反対も無く事業が始まったんでしょう」
「だけど、始まってみたら思ってたのと違った、ってか?」
「村人の総意で始まっているので、おかしいなと思っても、一人や二人の意見なら黙殺されます。村の為になる事業ですからね」
「それなら分かるけどさぁ…。低賃金で重労働なんて、全員が不満に思わないとダメだろ」
話し込む姿勢を取ろうと風弥ににじり寄るカラス。
「村にはその村独自の掟が有り、その掟で繋がっている運命共同体が村人なのです。この村は、みんなで仲良く協力しあうのが美徳みたいな所が有りますね」
「その協同意識が有るから正面からの調査が出来ない、か。やっぱり良く分からないな」
「これから旅を続け、色々な村を見て回れば、きっと分かりますよ」
「結局は実体験しか無いか」
「どう言う事?」
カラスの納得について質問するコノハ。
話が難し過ぎて欠片も付いて行けない。
「領主への不満を中央に陳情すると、中央から調査隊が派遣されます。それは村の外の人間です。余所者です」
「うん」
「余所者に探られるくらいなら、多少の辛さには目を瞑ります。そして陳情した者が村人に責められます。なぜ余所者を呼んだのか、と」
「ああ、なるほど。まぁ、そうなるかぁ」
「今ので分かったのか?コノハ」
だらしなく首を傾げ、コノハに視線を向けるカラス。
骨を抜いた魚みたいにふにゃふにゃするのを止めろとコノハに怒られたが、カラスはそのまま板間に寝転がった。
仕方ない奴だと言う見下しの視線を優男に向けるコノハ。
「私も一応村人だからね。中央に送られても、命懸けで村に帰ろうとしたし」
まぁ、兄さんが居なかったら命なんか賭けないが。
命を賭けなくても、中央に用が無いのならすぐに家に帰る物だと、疑いも無く思っていた。
「ホラ、兄さんが美花達に助けられていたでしょ?あれは千角が注意したのも有るけど、やっぱり余所者が大量に入って来た事に警戒した訳よ」
「そんな事言ってたね」
「だから、不正の調査だと言われても、余所者に何が分かるんだよって思うかもね。まぁ、領主が凄く酷い事をやってるんならそうでもないだろうけど」
「んじゃ訊くけど、この村の領主は余所者だろ?何で従うんだよ」
「そ、それは…。どうしてだろ」
妹の視線を受け、応える兄。
「昔は村の中が世界の全てでした。でも今は中央が有り、四方を治めている。村ではなく、国が世界の全てになりました。しかし、世界が広がっても野蛮な風習が残っている村も有ります」
「野蛮な風習?」
「代表的なのが人身御供ですね。日照りや洪水等の自然現象を治める為に、山や川等に居られる神様に生贄を捧げたのです」
「そう言った神様に、お前みたいな若い生娘を嫁にやるのさ」
寝転がったままコノハを指差し、兄に続いて言うカラスの言葉に疑いの視線を向けるコノハ。
だが、コノハの意に反して兄は頷く。
「そうです。嫁と断言すると語弊が生じる場合も有りますが」
「その手の本にはそう書いてあったよ」
この一年暇だったから村について勉強したよとヘラヘラ笑いながら言うカラス。
「つまりは神様へその身を捧げる訳です。災害を止めてくださいと祈りを込めて。生きたままでは神様に会う事は出来ませんので、大抵は殺される結果になります」
妹を見詰めた兄は、真剣な顔で言う。
コノハは不安そうに眉を顰める。
「殺されるの?」
「はい。村人に殺されるか、山や野の獣に殺されるか。当時はそれを神様の仕業にしていたのです。今から考えれば無意味な行動ですが、当時はみんな真剣でした」
視線を遠くにやる風弥。
「しかし今は中央が有り法が有る。人を殺す事は勿論、死ぬと分かっている場所に人を放置する事は罪になります。そんな野蛮な行為を止めさせる為に、外から領主が来るのです。それは調査隊の発想の原型です」
なるほどと頷くコノハとカラス。
「そっか。…この村にも、昔はそんな事が有ったのかな」
「どうでしょうね。絶対に無かった、とは言えませんね。当時の人間も、娘を殺されたら悲しかった筈です。しかし村を護る為に何も言えなかった。もしも有ったのなら、敢えて過去を忘れたんでしょう」
妹を見て少し寂しそうな顔をする兄。
「もしも命世が神様に取られてしまったら、私も悲しい。ですから気持ちは分かります。中央に連れて行かれた時でさえ、心配で胸が張り裂けそうでしたから」
心配したのはこっちの方だよ、と思うコノハ。
自分は元気だからどうにでもなるが、兄さんは病気なんだから。
だが、兄が妹を心配するのは当然か。
「だから外の人間が領主に宛がわれたんです。余所者が村を管理すれば、村の常識が外の非常識だった場合、それが浮き彫りになりますからね」
「でも、余所者を領主にする事に反対は無かったのかな」
小首を傾げながら訊くコノハ。
今はそれが当たり前なので疑問に思っていなかったのだが、今夜の話を聞いていたら凄く不自然な事に思えて来た。
「領主制度は、村が信じていた神様を余所者が否定する行為です。この部分だけは絶対に反対されます。なのに現在は普通になっているのは、生贄を止めても何も変わらなかったからでしょう。当然ですね」
「だから過去の悪習を忘れた、ってか?自分達で生贄を始めたくせに、ね」
カラスは自嘲気味に呟いた。
それにはコノハも納得出来た。
「だから領主はこの制度を否定する村人を力で抑える事を許されています。コノハに与えられている権限には及びませんが、そこそこの権力は行使出来ます」
村ではなく個人の生きる権利を護る為には必要なんです、と風弥は続ける。
「ですが、外の人間でも、長く村に居れば村の一部になります。しかし権力はそのまま。だから不正が産まれます。正しく物事を見るには、常に外に居る人間の目が必要なんです」
「だから俺達がここに居るって訳だ」
今まで黙っていたクラマがそう締め括った。
美味しい所を持って行くなと文句を垂れるカラスに、落ち付いた低い声で冷静に反論するクラマ。
暫く続いたその言い合いがうるさいから止めなさいと一喝するコノハ。
意外にも息の合った三人の遣り取りに、風弥は心から破顔した。
「兄さんからも言ってやってよ、近所迷惑だって!…何笑ってるの?」
「いえ。こんなに賑やかなのは久しぶりだな、と思いまして。人が多いと言うのはやはり良いですね」
「そうそう。病気だからって静かに引き篭もる必要は無いのさ。そうだ、再会を祝って酒でも飲もうよ」
お酒なんか置いてないわよ!とカラスを叱るコノハの声が一番大きかった。




