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四方紀集  作者: 宗園やや
旅が始まった話
23/48

16

調査隊の隊長になる事を了承した翌日の朝。

帰って来たオレンジ色の着物に袖を通して帯を締める命世。


「よし」


大王との面会終了後、布団と文机しかない狭い部屋に通された。

侍女の私室になる部屋らしく、扉の外で大勢の侍女達が行き来している。

時折上司の愚痴っぽい囁きが耳に入って来るが、聞こえない振りをする。

命世が一時的に居る事が知らされているせいで比較的静かな場所になっているが、普段はもっと騒がしいに違いない。

昨晩、隊長の心得を勉強する為にサウグタと共に部屋に籠った時は墓場の様な静けさになったし。

そんな事を考えながら朝食を平らげた命世は、サウグタに指示された通りに時間が過ぎるのを大人しく待っている。

が、暇だ。

布団に寝転び、村に想いを馳せる。

もうすぐ帰るよ、兄さん。


「命世さん。朝食は済みましたか?」


扉の外でサウグタの声がして、待ってましたとばかりに飛び起きる命世。


「はい!」


元気良く返事をした命世は、自分から扉を開けた。

金色の髪を巻いているサウグタの青い瞳に命世の嬉々とした顔が映る。

背が高い彼女は、昨日と同じ赤い文官用の着物を着ている。


「おはようございます。命世さんはこれから大王の命による旅をしますので、路銀と馬が支給されます」


「馬、ですか」


「では、こちらへ」


寝巻き姿の侍女達の視線の中、サウグタに付いて歩く命世。

途中、毛布や食事を運んでくれた侍女に小さく頭を下げる。

侍女はサウグタに気付かれない様に手を振ってくれた。

そして柱の中の階段を長い時間を掛けて降り、やっと外へと続く橋が有る階に着いた。

前に脱出を試みた時とは違い、皮鎧を着た兵士があちこちで控えていた。

橋へ出られる部屋のカウンターの中にも皮鎧を着た女性が二人で座っている。


「…どうしました?」


表情を曇らせている命世に気付くサウグタ。


「ここにはあんまり良い思い出が無いから、ちょっと緊張します。今日は堂々と出られるんですよね?」


「出られます。では、数日分の保存食を支給します」


サウグタの合図に頷いた受け付けのお姉さんが、カウンターに背負い鞄を置いた。

黒いなめし革で編まれた、長旅に耐えられそうな造りの物。

命世の靴も革製だが、食べる為に掴まえた動物の皮を使って造った物なので、色も種類もバラバラなツギハギだらけの壊れ易い物だ。

しかし、その分修理はやり易い。

頑丈そうなこの鞄の修理のし易さはどれくらいだろうか。

まぁ、今から壊れた時の心配をしてもしょうがないか。

その鞄を背負う。

少女の背中に隠れる程度の大きさだが、妙に重い。

保存食がたっぷりと入っているんだろう。


「そして、路銀です。これは隊のお金ですので、無駄使いしない様に気を付けてください」


ネズミ色の布で作られている財布がカウンターに置かれる。


「はい。無くさない様に気を付けなきゃ」


懐の奥にしっかりと仕舞い、着物の上から確認する様に財布を叩く命世。

この国のお金は硬貨しか無い。

なので、お金がたっぷりと詰まって財布は非常に重い。

背中の鞄とお腹の財布の存在のせいで肩コリになりそうだ。


「では、外に出ましょう」


サウグタの後に付いて橋に出る命世。

その橋は、手摺り付きの大きい橋だった。

幅が二十メートルは有り、緩い下り坂になっている。

カウンターの部屋が細い橋の所と同じ造りだったので勘違いしたが、手摺り無しの橋とは別の場所だった様だ。

そして、人通りが多かった。

大きな荷物を背負っている人、巨大な水筒を乗せたリヤカーを引いている人。

手ぶらな人が少ないので、食糧等の物資を搬入する橋なのかも知れない。

時折吹く風が金の巻き髪と黒いポニーテールを撫でて行く。

命世は無駄に周りを警戒し、しっかりと真ん中を歩く。

これだけ広ければ不意に落とされる事はないだろうが、用心に越した事はない。

そして橋を渡り終わり、何事も無く門番積め所に入れた。

数人の控え門番が一斉に赤い女性とオレンジの少女に視線を向ける。

ここの風景も細い橋の所と同じだが、詰所のど真ん中を縦断している土間が橋の幅と同じくらいに広かった。

違う場所なので当然だが、その中にあのタバコの男は居ない。


「…案内役の男は、現在懲罰委員会に掛けられています」


命世の心を読んだかの様に、サウグタが命世に耳打ちした。

そのサウグタが居るせいなのか、門番達が緊張した面持ちでその場で起立した。

男達の前を通り過ぎ、門を開けるサウグタ。

目の前に広がる緑の平原。

やっと念願の外に出られた。


「こちらです」


安堵の吐息を吐いている命世に事務的な声を掛け、右手側に向かうサウグタ。

塀沿いに五十メートル程歩くと、木造の平屋に着いた。

離れていても獣の匂いがするので何なのかと思ったら、馬小屋だった。

白い虎の絵が描かれた大きな両開きの入口が有り、調査隊隊員の筋肉男と優男がそこに立っていた。

二人共旅支度を済ませていて、今すぐにでも出立出来る形になっている。


「みなさんの働きを、大王は期待しています」


「は」


「へいへい」


隊員達に向けて深く頭を下げるサウグタ。

筋肉男は軍人式の敬礼を返し、優男はヒラヒラと手を振って好い加減に返事をした。


「では。命世さんの幸運を、中央から祈っています」


優しそうな笑みをポニーテールの少女に向ける金髪美女。

そんな表情も出来るのかと面食らう命世を残し、馬小屋から去って行くサウグタ。

調査隊の三人は、お互いの顔を見ながら数秒間沈黙した。


「えっと、取敢えず自己紹介をしましょうか」


近くの木に停まっている小鳥が囀ったのを切っ掛けに、隊長である命世が緊張しながら口を開く。

そうだねぇ、と軽い相槌で応える優男。


「私達は本名じゃなくて別名で呼び合う事になっています。私はコノハです。よろしく」


昨晩勉強した通りのセリフをガチガチの棒読みで言う、命世改めコノハ。


「歴代の隊長は全部その名前だけどね。俺はカラス。よろしくね」


優男は腕を組みがら名乗る。


「俺はクラマ。よろしく」


腰に剣を差している筋肉男は短く名乗る。

そうしていると、真っ黒に日焼けした中年男が馬小屋の扉を開けて大きな軍馬を連れて来た。

クラマが手綱を取る。

彼の馬か。

続いて、スラリとした足の速そうな馬。

カラスが手綱を取る。

最後に真っ白な毛並みの馬が連れて来られる。


「これがお嬢ちゃんの馬だよ」


「ほへぇ~。この子が、私の馬」


その綺麗な立ち姿に見惚れるコノハ。

一目で気に入った。


「風弥の馬か。ま、そうなるかな」


白い馬を見て微笑むカラス。


「兄さんの、馬?」


「そうだ。あいつが村に帰ってからは乗り手も無くて可哀想だったんだが、主人の妹が乗るならこいつも本望だろう。所でコノハ。馬に乗れるか?」


クラマの質問に首を横に振って応えるコノハ。


「ここに来る時に郵便屋の馬に乗ったのが初めてだった。一人じゃ乗った事は無いよ。うひゃっ?!」


横からいきなりコノハの手を取り、白い馬の手綱を持たせる中年男。


「ホレ。これはもうお嬢ちゃんの物だ。さっさと持て」


「え?あ、うん」


「こいつの名前は月見(つきみ)。大人しくて優しい馬だから、無茶しなければ誰でも乗れるよ。可愛がってやってくれ」


日焼けの中年男は、吐き捨てる様に言い残して馬小屋の中に戻って行った。

馬小屋の大きな入り口が閉じられる。


「では、馬に乗ってみよう。旅をするには一人で乗れなければ話にならないからな」


「うん」


クラマに手伝って貰い、鞍に跨るコノハ。


「お、おお…。高いな」


馬の背から見る風景は初めてではないのだが、一人だと高さが怖い。


「怖がるな、コノハ。騎手の不安は馬に伝わる。馬とはそう言う生き物だ」


「そ、そうなんだ」


身長二メートルは有るクラマを馬上から見下ろすコノハ。


「人の言葉も理解するぞ。話し掛けるのも無駄な事ではない。では、手綱の操り方の基本から覚えてみよう」


「うん。よろしくね、月見。私はコノハ。本名は命世。風弥は私の兄さんなの。これから私の村に行くから、久しぶりに兄さんに会えるよ」


試しに話し掛け、白い鬣を撫でるコノハ。

当然返事は無い。

しかし、行動が返事の代わりと言わんばかりにコノハの言う事を素直に聞く月見。

歩き、立ち止まり、180度方向転換をする。


「ありがとう、月見。流石兄さんの馬だね。良い子だわ」


月見の白い首を撫でるコノハ。

今度は嘶きを返された。


「うむ。歩くだけなら問題は無い様だな。では出発しよう。乗馬術の応用は進みながら練習しよう」


「うん」


男二人も馬に跨り、いよいよ華瞭村に帰る旅が始まった。

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