17
初めての一人乗馬には緊張したが、月見が頭の良い馬な事も有り、落馬も暴走も無く予定通りの距離を進む事が出来た。
森の中に入れたのがその証拠らしい。
「野営の準備を始める。コノハは馬から降り、ここで待機。馬達を守ってくれ」
一番最初に馬から降りるクラマ。
コノハは隊長だが、まだ勝手が分からないので、一時的にクラマが旅の指揮をしている。
「野営って、野宿の事?まだこんなに明るいのに?」
森の木々の隙間から顔を出している赤い夕日を斜に見るコノハ。
太陽を直接見れない程日は高い。
「そうだ。暗くなる前に準備を済まさないと、何も見えなくなってしまうからな。カラス、お前は薪だ」
「はいよ」
クラマとカラスは別々の方向に進み、木々の向こうに消えて行った。
一刻も早く帰りたいが、無理に進んで到着出来る距離じゃないので、三頭の馬の脇で座って待つ。
最初に戻って来たのはクラマ。
大きな体に似合わない小さな弓矢で兎を仕留め、夕食の確保をしてくれた。
保存食が支給されたのにわざわざ狩りをするのは面倒だと思ったが、保存出来る物を食べるのは最後の手段に取って置くのが常識らしい。
沢山の木の枝を抱えたカラスも戻って来て、手際良く火を熾す。
「二人共、旅慣れてるね」
感心するコノハに頷くクラマ。
「これくらいは普通だ。隊長であるコノハも慣れて貰わなければ困るぞ。コノハは料理は出来るか?」
「勿論。兄さんの栄養管理は私がしていたからね」
「では、コレを捌いてくれ」
「分かった」
慣れた手付きで兎の皮を剥ぎ、怖がらずに血抜きをするコノハ。
それを見て安心する男二人。
儚げな見た目とは違う、強い子だ。
そうしていると、周囲が夜に包まれた。
闇に揺れる焚き火を囲み、棒に刺さった肉が焼けるのを待つ三人。
木に繋がれている馬三頭は、それぞれ草を食んでいる。
「クラマとカラスの馬って、なんて名前?」
美少女らしからぬアグラを掻いていたコノハが、馬を眺めながら訊く。
「俺のは鈴っての」
寝転がって星を見ていたカラスが応え、更に言葉を続ける。
「クラマのは名無し。こいつとかあいつとか言ってるね」
剣の手入れをしているクラマは、無言でムスっとしている。
「名前、付けないの?自分の馬でしょ?」
少女に顔を覗かれ、手入れを続けながら応える筋肉男。
「口笛で呼べるからな」
「軍人はこれだから。つまんないねぇ。やだやだ」
冷やかす様に言うカラスを鋭い目付きで睨むクラマ。
「お前がふざけ過ぎなんだ」
「…あんた達って、仲良いねぇ」
呆れた風に言うコノハ。
すると、初めてカラスの笑みが消えた。
「どうしてそう思う?」
「嫌いな相手には軽口は言わない物よ」
「ふ。そりゃそうだ」
口元を緩めるクラマ。
それとは対照的に、不機嫌そう火から顔を逸らすカラス。
「男なんか嫌いだね」
「…ひとつ、訊いて良い?」
焼けた肉を皿に移し、塩胡椒を塗しながら静かに言うコノハ。
「何だ?」
返事をしたクラマに肉の乗った皿と箸を渡したコノハは、次の皿に肉を乗せる。
「どうして私みたいな子供が隊長になるのを反対しなかったの?」
「この調査隊の目的、大王のお考えは素晴らしいと思う。だからこそ隊長の資質を厳しく見たんだが…。どいつも根性が足らなかった」
真剣な表情、と言うより、思い詰めた顔になるクラマ。
「俺達二人だけでも調査は出来るとは思うが、大王はどうしても隊長が必要だと仰る」
「男の二人旅ってのが嫌だったってのも有るけどねー」
身体を起こしたカラスがクラマに続いて言う。
そして、コノハに突き出された皿を微笑んで受け取る。
「茶化すな。俺は元々は軍人で、命令無しで動くのは苦手だ。カラスは見ての通り、軽い。だから俺達を使う事の出来る隊長が必要なんだろう」
「だからこそ出来そうな隊長を選んでいたんだけど、計画が全然進まない。しょうがないから、次の隊長がどんな奴でも旅を始めてみようって二人で決めていたのさ」
「じゃ、私じゃなくても良かったんだ」
みっつ目の自分の皿に塩胡椒を終えたコノハに笑みを向けるカラス。
「そう言う事。俺は可愛い女の子と旅が出来てラッキーだけどねー」
「…ふん。では、頂こう」
不機嫌顔で肉に齧り付くクラマに続き、コノハとカラスも肉を食べた。
そうか、私じゃなくても良かったんだ。
そう思ったら、責任感で不安になっていた心が軽くなった。
「ごちそうさま」
食事を終えると、徐にクラマが立ち上がった。
「では、閙の訓練を始めよう」
「今から?」
「早い方が良い」
促され、コノハも立ち上がる。
「閙とは、やる気や元気と言った、体内の気を使う技の総称だ」
頷くコノハ。
「閙は攻撃系、防御系、治癒系、補助系の四種類に分けられる。人の顔が一人一人違う様に、同じ系統でも人によって能力が違う」
ふん、と気合を入れるクラマ。
元々分厚かった筋肉が更に膨れ上がる。
「今、俺は防御の閙を使っている。俺の腹を殴ってみろ。拳を痛めない様に、軽くな」
殴る方に気を使うクラマを不思議に思いながら、大男の割れた腹筋に力半分でボディーブローを放つコノハ。
が、予想していた感触とは違う反動が拳に返って来た。
「痛っ!な?何これ!」
クラマの腹が物凄く硬くなっている。
まるで大木を殴った様だ。
「閙で筋肉を引き締め、その上で皮膚に閙の膜を張っているのだ。今の俺には刃物も効かない」
「な、なるほど。防御の閙、ね」
少し痛めた手首を摩りながら頷くコノハ。
「同じ防御系でも、カラスの物は違う。おいカラス、見せてやれ」
寝転がって二人を眺めていたカラスは、すっとぼけた顔で唇を尖らせた。
「やだプー。めんどくさいプー」
それを見て頭を抱えるクラマ。
「プー…。まぁ良い。俺のは敵の攻撃を受けても大丈夫な形になっているが、あいつのは素早く動いて攻撃に当たらない形になっている」
「それが人によって違う、って事ね」
「うむ。コノハも自分に合う閙の防御形を見付けなければならない。防御は攻撃よりも大切だ」
クラマの筋肉の張りが元に戻る。
閙を解いた様だ。
「自分が倒れたら敵を倒す事が出来ない。しかし、敵の攻撃を受けても重傷を負わなければ、更に敵を攻撃出来るだろう?」
「おっさん、軍事訓練になってるよ。しかも言葉が足りない」
カラスのツッコミを受け、咳払いをするクラマ。
同僚を無視して話を続ける。
「最初の訓練だから駆け足で進めるぞ。次に攻撃系だが、これは単純な物だ。閙を体外に放つだけだからな。違いと言えば、強さと属性くらいだ」
「属性って?」
「閙、つまり気その物を撃つのが標準形。その気が炎になったり雷を纏ったりするのが属性形。手を触れずに物を動かしたりするのが念力形だ」
説明されてもピンと来ない。
しかし、領主が放った閙は気の塊その物だけだったと思う。
「コノハの閙には炎の属性が付いているらしい。自覚は有るか?」
「ううん。撃ったのは無我夢中の一回だけだし」
「そうか。では、撃つ時は最大限の注意をしなければならない。コノハの閙に触れた物は炎上するかも知れないからだ」
「…人に向かって撃ったら、その人は燃えちゃうって事?」
「うむ。どんなに手加減しても、炎上したら人は死ぬ。制御出来る様になるまで気軽に撃つな。無益な殺生を気軽に出来る力が自分に有る事を自覚しろ」
「わ、分かった」
闇の中で燃える焚き木を見て、自分の閙に畏怖を感じるコノハ。
人を燃やす力が自分に有るのか。
自分に自信が付くまで閙を使うのは止めて置こう。
「そして、補助系、治癒系が有る。西方大王が我々に見せた幻が有っただろう。あれは補助系のひとつ、幻覚だ」
「あれ、ね…」
禿げた頭を思い出し、自分の頭を撫でるコノハ。
ポニーテールは崩れていない。
「相手の気や精神に影響を及ぼすのが補助系と呼ばれる。これが使えるのは相当の使い手だ。敵にするとかなり厄介だ」
「幻を見てる間は、それが幻だとは分からないもんね。幻だと分かった後も何だか不安だったもん」
逆モヒカンで慌てていたコノハの姿を思い出し、押し殺した声で笑うカラス。
炎に背を向けて肩を震わす優男を睨み付けるコノハ。
「例えば、幻影を見せてコノハを混乱させ、閙の乱れ撃ちをさせる事も出来る。…どうなるか分かるな?」
頷くコノハ。
辺り一面火の海になるだろう。
「補助系は、気を強く持っていれば対処出来る。最後に、治癒系は怪我や病気を治す技だ」
「そんな事も出来るの?それなら兄さんの病気も治せるかも」
「あくまでも相手や自分の気の乱れを平常に戻すだけだ。重い物は治せない」
「どう言う事?」
「切り落とされた腕をくっ付けたり、不治の病を治す事は出来ないと言う事だ。出来るのは、掠り傷の止血や、食中毒の緩和くらいだな」
クラマの言葉を補強する様にカラスが口を開く。
「どんな病気も治せるなら、閙の使い手である風弥はとっくの昔に元気になってるだろ?」
「そりゃ御尤も。カラスもたまにはまともな事を言うのね」
笑われた腹癒せに意地悪く言うコノハ。
「いつもまともだっての。ま、治癒系ってのは、痛いの痛いの飛んでけ~!程度の事しか出来ないって訳さ」
「その程度って事は無いでしょ?それじゃ誰でも治癒系が使えるって事じゃん」
「その通りだ」
意外にもクラマが頷いた。
「誰でも持っている気を、技として使うと閙と言う名になる。それだけの物だ。ここまでは良いな?」
「何と無く」
軍隊でそんな気の抜けた返事をしたら鉄拳制裁物だが、目の前に居るのは十二才の少女。
しかも身分が上だ。
込み上げた怒りをぐっと飲み込むクラマ。
「…今の話を忘れなければ良い。肝に命じて置け」
「うん」
「では、今日の訓練は終わりだ」
焚き火を正面に見据えながらあぐらで座るクラマ。
コノハも、今の話を反芻しながらあぐらで座った。




