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「役人とは困った物でな。対処しても対処しても不正をする輩が出て来るのだ」
大きな椅子の背凭れに身を任せ、髭を撫でる大王。
「命世を突き落とした男を罰しても、また違う不正が見付かるのだ。これをイタチゴッコと言う」
「それじゃ、どうするの?」
どうしても気になる自分の髪を撫でながら訊く命世。
一度ポニーテールを結び直したいが、偉い人の前では流石に失礼か。
「面倒でも、一々対応しなければならない。命世を突き落した男も数日中に処罰されるだろう」
お茶に視線を落とす大王。
冷めている。
それに気付いたサウグタがドアの外に控えていた侍女にお茶のお代わりを命令した。
「この白虎棟の中なら、この様にすぐに対処出来る。だが、遠くの村での不正は違う」
髭を撫でる大王。
「処罰するにしても、その村に着くまで何日も掛かってしまう。どうしても対応が遅れるのだ」
大王は、つまらなそうに溜息を吐いた。
「なので、中央に直接陳情して来る者が後を立たない。ろくでもない領主を何とかしてくれと、命懸けでな」
「うちの村の領主もその類って訳ね」
命世の言葉に無反応を返す大王。
「立場上、ワシはその言葉を無視する。大王は証拠も無く領主を批判する事が出来んのだ」
「面倒臭いのね」
「そうなのだ。面倒臭いのだ。しかも領主には閙を使える者が多い。不正を調べるには、調査隊に軍人の護衛を付けなければならん」
「やっぱり、この力は普通の人じゃ相手にならないのね」
自分の右手を見る命世。
本気で閙を使えば、自分の実家であるあばら家なんか素手でぶっ壊せるだろう。
人間相手に使ったら、簡単に命を奪える。
さっき思いっ切り使おうとしたのは、本当に危なかったんだな。
短絡的だった。
反省。
「例えるなら、投げナイフの達人に素手で立ち向かう物だからな。調査する方も準備が必要になる。だが、そこまで大袈裟にすると証拠を隠滅される事が有る」
「ほぼ確実に証拠は消去されます」
大王の言葉を補佐するサウグタ。
「そこでワシは考えた。閙が使える者のみで構成された、小人数の調査隊ならばどうかと」
断わってから部屋に入って来る侍女。
喋り続けで喉が渇いたのか、それとも太り過ぎによる発汗のせいか、机に置かれた新しいお茶を豪快に啜る大王。
今度は立っている男二人にもお茶が手渡された。
サウグタには無い。
侍女が頭を下げながら部屋から出て行くと大王の話が再開される。
「調査隊は旅人を装い、村から村へと旅する。そして不正が有りそうなら、調査して対処する。調査隊だとバレなければ証拠隠滅もしないだろう」
「へぇ。それなら良さそう」
「うむ。その者達はその調査隊の隊員だ」
大王は立ったままお茶を啜る男二人に視線を向け、すぐに命世に戻す。
「しかし、だ。隊を編成し終え、訓練も終え、行動を実行しようとした所で、風弥が病に伏せおった」
「兄さん?兄さんって、その調査隊だったの?」
「そうだ。隊長とする為に華瞭村から呼び寄せたのに、な。お陰で計画は中断された。今もまだ調査隊は動いていない」
「兄さんも閙が使えるんだ。知らなかった」
「病で弱った身体では閙は使えん。気が足りない状態で使うと命を削ってしまう。だから命世は風弥の閙を知らぬのだろう」
「そっか…」
「それで、だ。命世」
椅子を軋ませながら前屈みになり、机越しの命世に顔を近付ける大王。
大きな髭面に怯む命世。
「風弥の代わりに、命世が調査隊の隊長となれ」
「…え?」
整った顔を困惑で歪ませ、聞き返す命世。
言葉の意味が分からない。
「お前が調査隊の隊長となれ、と言ったのだ。お前達が成功例となれば、第二第三の調査隊の編成も可能となる」
「私が?何で?そんな事出来る訳ないじゃない。どうすれば良いか分からないもの」
「うむ。問題はそこだ。逆に言えば、問題はそこしか無い」
少女に人差し指を向ける大王。
「命世の閙は、攻撃力だけを見ればワシより強い。風弥の妹だから身元もハッキリしている。男だらけの集団より、娘が一人居た方がより旅人らしいだろう」
「でも…」
困惑から混乱に表情を移し、頭を触っていた手を下ろす命世。
「風弥が使えなくなった後、他の隊長候補を何人か宛がってみたのだが、こいつらが納得しないのだ」
大王に藪睨みされた大男と優男が持っていたお茶を床に置く。
「根性が無い奴が隊長だと言われてもねぇ。俺達より弱いのもちょっと。弱くても、せめて尊敬出来るくらいの人間なら良いんですけど」
笑顔で言う優男。
筋肉男も同じ気持ちの様だ。
「それじゃ私なんかダメでしょー。強いかどうかは分からないけど、私は他人に尊敬される柄じゃないし」
半笑いで肩を竦める命世に何度も頷く優男。
「確かに、子供が上司ってのは良い気がしないね。だけど、君は顔だけは良いから、ただの観光旅行なら楽しいかもね」
『だけ』の部分に力を入れて言う優男。
「こいつ嫌い。折角だけど断わるわ」
ムッとした顔でそっぽを向く命世。
始めから受ける気は無かったけれど。
「命世」
名前を呼ばれ、大王に顔を戻す命世。
「調査隊の隊長として華瞭村から風弥の妹を呼んだ。隊長としての能力が有るかどうかを確かめている過程で、ついうっかり閙で地面に大穴を開けてしまった」
「は?」
「そう言う事にして他の大王に説明すれば、命世の罪は問われない」
「尤も、そうすると西方大王の責任問題になりますが」
サウグタの言葉に鼻を鳴らす大王。
「そんな事はどうでも良い。どうする?命世。調査隊の隊長になり、旅をするか。中央を騒がせた罪人となり、投獄されるか。ふたつにひとつだ、選べ」
どうにもならないニ択だ。
って言うか、うら若き乙女が罪人になる方を選ぶ訳が無い。
「…それって、脅迫?それとも、恩を売ってるの?」
「どちらでもない。ワシはただ西方の平和を願っているだけだ。調査隊の世直しの旅が上手く行けば、多くの村人が助かるだろうからな」
「世直し、の旅」
その言葉の意味を考える命世。
要するに、男二人を連れて悪い領主を懲らしめて回るって事よね。
不思議な力、閙を使って。
それが理想通りに行けば、困っている人達を助けられるのかな。
私が兄さんの命を心配している様な状態の人を救えるのかな。
「宜しいでしょうか」
俯いて考えている少女を見ていた筋肉男が挙手した。
「何だ?」
大王に発言を許可され、様になった気を付けをする筋肉男。
「この旅は命懸けの大変な物です。彼女にも考える時間が必要なのではないでしょうか」
「ふむ。そうだな。では、時間をやろう。命世、良く考える事だ。罪人の道を選んでも死刑は無いだろう」
話は終わりとばかりに席を立つ大王。
本当にせっかちな人だ。
「…ひとつ訊かせて」
考え込んだ格好のまま言う命世。
「隊長として失格だと隊員に思われたら、私はどうなる?」
退室しようとしていた大王は、半身になってポニーテールを見下ろした。
前髪に付いている、緑の石が葡萄の様な形になっている髪飾りをじっと見詰める。
「風弥と同じだ。クビになって村に帰される。ワザと隊長失格な行動をしたとしても罰は無い。この隊は表沙汰に出来ない物だからな」
「分かった。世直しの旅っての、やってみるわ。ただ、ひとつだけ条件を出して良い?」
「何だ?」
徐に椅子から立ち上がる命世。
そして大きな身体の大王に挑む様な視線を向ける。
「最初に行く村は華瞭村にして。兄さんがどう言う状態になっているのかが、とても心配なの。出来れば明日にでも出発したい」
「よかろう!」
金や銀の糸で編まれた豪奢な着物を翻し、大王は退室した。




