大樹の帰還、神の家族の『数日間』のお留守番
*平和な日々編『現在』の話*
それは、世界樹の葉がかつてないほど黄金色に激しく脈動した、ある日の午後のことだった。
執務室で、アルヴィスは書類に目を通し、レンは特等席でどーなつを齧っていた。
その時、空間のシステムそのものが、バリバリと青いノイズを立てて物理的に引き裂かれた。
「なっ……何事ですか、教団の生き残り……っ!?」
アルヴィスが驚愕して槍を構えた瞬間、光の裂け目から、底知れないマナを纏った『二人の男女』が、お土産の紙袋を提げてひょっこりと姿を現した。
一人は世界の理そのものを体現したような厳かな男性。そしてもう一人は、どこかレンに似た雰囲気を持つ、異世界の衣服を着た美しい女性。
「ただいまー、レン! 引っ越し先の片付けが思ったより長引いちゃって、三日も家を空けてごめんねぇ」
女性がのんびりとした声でそう言った瞬間、レンの手にあったドーナツが、床へとポロリと転がり落ちた。
「お……お袋……? 親父……っ!?」
レンの目が、数千年の歴史の中で最も大きく見開かれていた。
アルヴィスは混乱した。
「三日? レンは数千年も一人で待っていたと言っていたはずでは……」
「あ、そっか。あっちの世界の『三日』は、こっちの時間軸だと『三千年』くらいになっちゃうんだっけ。レン、寂しかった? お土産に異世界の“チーズケーキ”買ってきたよ」
創造神である父親が、悪びれもせずに笑う。
そう、異世界の時間の流れはエデンの千年。
両親にとってはほんの「三日間の新婚旅行兼引越し作業」のつもりだったお留守番が、レンにとっては「数千年の孤独な観測任務」という壮大なバグを引き起こしていたのだ。
「……寂しかった? 、だと……? てめえ親父ぃぃぃ!! こっちは数千年間、寝不足になりながら世界を留守番してたんだぞ!!」
レンは完全にいつもの軽薄さを失い、涙目で実の親の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
神の仔の、数千年分のブチ切れである。
「あら、でもレン、お留守番だけじゃなくて、ちゃんと素敵な『お友達』を作って待ってたじゃない」
レンの母親が、呆然と槍を構えたまま立ち尽くしているアルヴィスを見て、優しく微笑んだ。
アルヴィスはハッとして、すぐに完璧な王の気品を取り戻し、深々と頭を垂れた。
「……お初にお目にかかります、創造神、そして御母堂様。私は翡翠の揺籠の王、アルヴィス・アルカディア。レンには旅の途中で、私の呪いを解くために、多大なる尽力を――」
「ちょっと待って、アルヴ。お前、何でお袋たちの前でそんなカッコつけて『表の顔』してんの? 昨夜、酒入りチョコ食べて俺にギチギチに抱きつきながら『離さんぞレン、タルトをくれぇ!』って号泣してたの、全部親父たちにログ見られてるからね?」
「っ……、て、てめえレン……! なぜそれを今ここで引きずり出すんだ! 万死! 根こそぎ万死に値しますよ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアルヴィス。
「ふふ、本当に仲が良いのね。レン、貴方が寂しくないように、神様が用意してくれた最高の奇跡ね」
レンの母親が涙を浮かべて笑い、レンとアルヴィスの二人を、そっとその温かい両腕で抱きしめた。
数千年の孤独。
それは、親にとってはほんの数日、レンにとっては果てしない夜だった。
けれど、その長いお留守番の退屈しのぎの果てに、レンは自分を「俺の無二の友」と呼んでくれる最高の相棒を見つけた。
「……うん。親父の残したシナリオ、ちょっと時間はバグってたけど……最高のハッピーエンドだったわ。ありがと、お袋」
レンは照れくさそうに笑い、アルヴィスもまた、ふにゃりと、心からの救いに満ちた温かい微笑みを浮かべた。
「よし! じゃあお留守番のご褒美だ。みんなでその『チーズケーキ』ってやつを食おうぜ、アルヴ!」
「……フン、レンの知らない甘味ですか。……あ、御母堂様、俺には少し多めでお願いします」
「あはは! ちゃっかりおねだりしてんじゃん!」
世界を創った神の家族の帰還。
それは、数千年の孤独を笑い飛ばすほどのコメディと、すべてが救われる温かい涙、そしてやっぱり最後は至高の甘味によって、新緑のエデンをどこまでも優しく、幸せに満たしていくのだった。




