白銀の残響、薄暮のセレナーデ
*平和な日々編『現在』の話*
それは、月明かりが世界樹の葉を青緑色に優しく濡らす、ひどく静かな夜のことだった。
レンは夜の散歩の途中、王宮の奥深くにある、普段は誰も立ち入らない『空中庭園』の付近で、ふと足を止めた。
いつもならレンの脳内に爆音で響いているエデンの民の祈りの歌(※現在は『王太子様戻ってきて音頭・バラードVer』)が、不自然なほど静かに凪いでいたからだ。
静寂の中、白い霧の向こうから、聞いたこともないほど美しく、気高き『弦楽器の音色』が響いてくる。
(……へえ。システムの波形が、めちゃくちゃ綺麗な円を描いてるわ)
レンは刀の柄に手を置いたまま、ゆったりとした歩調で音の源流へと近づき、庭園の白磁のアーチの陰からそっと覗き込んだ。
そこにいたのは、式典用の白銀の甲冑を外し、ゆったりとした漆黒の夜会服を纏った王アルヴィスだった。
彼は月光をその身に浴びながら、エデンの伝統的な弦楽器である『翡翠の竪琴』を抱え、その長くて白い指先で、美しく繊細に弦を弾いていた。
無詠唱マナ操作。
彼が奏でる旋律は、ただの音楽ではなかった。
アルヴィスが弦を鳴らすたび、庭園を満たす光と闇の精霊たちが、まるで恋人に囁きかけるかのように優しく彼の周囲に集まり、小さな光の粒となってワルツを踊るように煌めいている。
彼の背中から、淡く顕現した黄金と漆黒の両極の羽が、音色に合わせて雄大に、そして静かに羽ばたいていた。
絶対的な気品。
そして、孤独な彷徨の中で培われた、苛烈なまでの「不屈の魂」が、その切なくも力強い旋律となって夜空へ溶けていく。
いつもなら「お立ち台だね」とからかうはずのレンが、その圧倒的な美しさと格好良さに、初めて言葉のシステムを忘却されたかのように、ただ黙ってその横顔に見惚れていた。
やがて、最後の美しい残響が夜の帳に溶け、アルヴィスは静かに弦から手を離した。
彼は振り返ることなく、金と黒の双眸を月へと向けたまま、悪戯っぽい声音で呟いた。
「……随分と熱心な観客ですね、レン。無作法に立ち聞きするとは、神の仔の計算も少々見通しが甘いのではありませんか?」
最初から、レンの気配に気づいていたのだ。
レンはハッとして、それから、これ以上ないほど負けを認めたような、嬉しそうな「裏の顔」の笑みを浮かべて影から進み出た。
「あはは、完敗。お前、本当にずるいなぁ。普段はあんなに食べ物にハッキングされてだめ可愛い王様のくせにさ、本気で芸術発動すると、誰も手が付けられないほど格好良いじゃん」
レンはテラスの縁側に腰掛け、拍手を送った。
アルヴィスはフッと不敵に口元を歪めた。
「当然だ。俺をただのお菓子に釣られる野良騎士だと思うなよ、レン。これでも、翡翠の揺籠のすべての民を背負う、最高の名君だからな」
月光の下、弦を抱いて不敵に笑う薄暮の騎士。その姿は、世界のどんな美しい聖典よりも眩しく、そして最高に気高く完成されていた。
「よし! じゃあその素晴らしい演奏へのお礼。特等席の報酬として、明日は最高級の『ナッツのカラメリゼ』を山盛りで作ってあげるよ、王様?」
「……っ、ふ、フン。手際だけは、認めてあげますよ。……できれば、多めで頼みます」
最後の最後で、やっぱり視線がお菓子をロックオンしてふにゃりと緩んでしまう、愛すべき王様。
平和になったエデンの夜は、高貴な白銀の残響と、2人の途切れることのない温かい笑顔によって、どこまでも美しく、静かに更けていくのだった。




