薄暮の酒、大理石の王様の甘えん坊システム
*平和な日々編『現在』の話*
それは、ある静かな月夜の晩。
玉座の間のテラスで、いつものように夜の特訓を終えた二人は、涼しい夜風に吹かれて涼んでいた。
「はい、お疲れさんアルヴ。今日の糖分補給。親父のレシピから、エデンの『夜露の葡萄』を漬け込んだ、お酒入りのチョコだわ」
レンがニヤニヤしながら差し出した、黒く艶めく一粒の菓子。
アルヴィスはいつものように「……フン、手際だけは認めますよ」と気取った声で言いながら、一秒の躊躇もなくそれを口へと放り込んだ。
サクッとした上質なカカオの苦味と、中から溢れ出す濃厚な果実酒の甘み。
「――っ、美味い! レン、これは今までの菓子の中でも、マナの融和度が――」
そこまで言った瞬間、アルヴィスの金と黒の双眸が、不自然にグルンと泳いだ。
(……あ、やべ。精霊の果実の酒って、人族のアルコールの数十倍マナの揮発性が高いんだった。忘れてたわ)
レンが「あ」と察した時には、すでに遅かった。
アルヴィスの綺麗な顔が一瞬で耳元まで真っ赤に染まり、白銀の甲冑の隙間から、まるで温泉の湯気のように『桃色のマナのノイズ』がブワッと噴き出したのだ。
王様の鉄壁の防衛システムが、一粒のチョコによって完全にハッキングされた。
「……おい、レン。てめえ……」
アルヴィスの聲音が、完全に地声へと切り替わる。
だが、いつもの苛烈な策士のトーンではない。
どこかトロンと潤んだ目で、怪しくなった呂律でレンの胸ぐらをガシッと掴んだ。
「お、おいアルヴ? お前、一粒で完全に泥酔吐き出してんじゃん。お腹の大理石のシックスパックはどうしたよ」
「うるしゃい……! 黙れ無礼者……! てめえ、なぜ俺を一人で置いていくんだよぉ……っ!」
「は? 置いてってないだろ、隣にいるじゃん」
「嘘だッ!!」
アルヴィスは涙目で大声を上げると、あろうことか、レンの首元にガシッと両腕を回し、超高強度の細マッチョな怪力で、子供のようにギュウギュウと抱きついてきた。
「お前は、いつも、一歩前を歩きやがって……っ! 俺が……どれだけ寂しかったか、分かってんのか……! 民も大長老も、みんな俺を『完璧な王太子』としてしか見ないのに、お前だけが…俺を呼んで、プリンをくれたのに……っ!」
「ちょ、アルヴ、腕の力がガチすぎる! 首が締まって神の仔が物理的に窒息するわ!!」
酔ったアルヴィスは、普段のツンデレの防壁が100%崩壊した結果、「超強欲な、寂しがり屋の絡み酒」へとシステムが強制改変されていた。
「離さん……! てめえが明日、いちごたるとを十個作成するまで、絶対に離さんからな……っ! …むにゃ……、美味い……、どーなつ、美味いぞレン……」
そのままレンの肩口に顔を埋め、スースーと可愛い寝息を立て始める薄暮の王。
「……はぁ。お前、普段は笑顔でエグい作戦選ぶくせに、酔うとただの面倒くさい大甘党の子供じゃん……」
レンは首の骨の痛みに耐えかねて白目を剥きながらも、その不器用で愛おしい相棒の寝顔に、ふっと最高に優しい「裏の顔」で苦笑した。
翌朝、目覚めたアルヴィスがレンから「お前、昨夜俺の首を絞めながら『離さんぞレン、タルトをくれぇ!』って号泣してたよ」とシステムログを突きつけられ、顔から黎明の火花が噴き出るほど真っ赤になり、丸一日、玉座の間から一歩も出てこなかったのは言うまでもない。




