モブ精霊のうっかりハッキング 〜大理石のシックスパック騒動〜
*平和な日々編『現在』の話*
それは、『翡翠の揺籠』の宮廷に仕えるしがない洗濯係の小精霊、ミルが、王の着替えの間へと衣装を届けに赴いた、ある日の午後のことだった。
「失礼します、アルヴィス様。新しい上着を……あ」
ミルは、開いた扉の隙間から中を覗いた瞬間、魂の全システムが強制隔離された。
そこにいたのは、式典用の白銀の甲冑を脱ぎ捨て、ちょうど新しい衣服に着替えようとしていた王アルヴィスの姿だった。
仕立ての良い衣服の下に隠されていたのは、線の細い優美なイメージを跡形もなく爆破する、大理石のように白くバキバキに引き締まった『完璧な細マッチョ』。
衣服の隙間から覗く、彫刻さながらの見事なシックスパック。
(……神々しすぎる。あれは、大樹の奇跡の腹筋だ……!)
ミルはあまりの美しさと迫力に気絶しかけながらも、這うようにしてその場を去った。
本来なら国家最高機密として胸に仕舞うべきだった。
しかし翌朝、ミルはあまりの衝撃を抑えきれず、同僚の精霊に「つい、うっかり」と、こう耳打ちしてしまったのだ。
「ねえ……ここだけの話、アルヴィス様の衣服の下、大理石のシックスパックでバキバキになってるよ……」
【噂の拡散システム:稼働】
その情報は、精霊たちの間で光の速さで拡散、そして恐ろしい形へと『改変』されていった。
半日後:「アルヴィス様のお腹には、大理石の結界が六重に張られているらしいわ!」
一日後:「王様は毎晩、腹筋だけで教団の暗殺兵を根こそぎ灰にしているらしいぞ!!」
そして二日後の朝。
玉座の間に姿を現したアルヴィスは、引きつった顔で机を両手で叩いた。
「……大長老。今すぐ、広場のあの不審な『大行列』の理由を説明しなさい。王命です」
窓の外の大広場には、国中の精霊や騎士たちが数千人、それぞれ両手に『特製プロテインミルク』や『極上のハチミツ』を捧げ持ち、らんらんと目を輝かせて並んでいた。
最前線に立つ大長老は、涙を流しながら大真面目に平伏する。
「アルヴィス様! 我らはすべてを知りました! 貴方様が国を護るため、衣服の下に『不屈の大理石マッスル』を隠し持っておられたことを! これは国を挙げた『筋肉崇拝キャンペーン』にございます! さあ、本日の記念式典では、ぜひその大理石の腹筋を民に御開帳――」
「御開帳などするか!! 」
素のパニックで怒鳴り散らすアルヴィス。
「あはははは!!! お前のお腹の大理石、国歌の次は国を挙げた宗教になってんじゃん!! 完璧なシステム構築だな大長老!!」
玉座の隣の特等席で、レンは床をゴロゴロとのたうち回って大爆笑し、腹筋の限界を迎えていた。
「レン……っ、てめえ、笑い事か! そもそも、お前が毎晩のように無茶な高強度トレーニングを課すから、俺の肉体がこのような不穏な噂を吐き出すことになったんだぞ……っ!」
「あはは! 俺関係ねぇよ、ただのミルのうっかりだよ! ほら、プロテインの代わりに『チョコチュロス』でも食って、筋肉に糖分補給しなよ、マッスル王様?」
「……っ、うるさい男ですね。……頂きますが。美味しいですが、おのれ教団……奴らを滅ぼしても、なおこのような精神的羞恥プレイを遺していくとは……っ!」
「だから教団関係ないって!!」
国中が『大理石のシックスパック万歳!』の熱狂に包まれる中、顔を真っ赤にしてチュロスを頬張る薄暮の王と、それを特等席で大爆笑しながらからかい続ける神の仔の、騒がしくも最高にハッピーなエデンの日常だった。
なお、レンには、数日後アルヴィスに巻き込まれてバキバキに肉体改造される未来が視えた。




