翡翠の起源、王太子の揺籠〜世界樹の設計図、双子の果実の記憶〜
*平和な日々編『答え合わせ』の話*
夜の帳が降りた『翡翠の揺籠』の謁見の間。
新王としての激務を終えたアルヴィスは、玉座の隣の特等席で、|神のレシピから新しく作成された『ナッツのカラメリゼ』をカリカリと美味そうに齧っているレンへ、ふと双眸を向けた。
「……レン。貴方は、創造神の残した設計図をすべて知っていると言いましたね」
アルヴィスは窓の外に見える、青緑色に優しくきらめく世界樹の巨体を眺めながら、ずっと胸の奥に仕舞い込んでいた、己の『起源』についての問いを口にした。
「この国の精霊たちは、水や風、自然そのもののマナの昂りから生まれる。……ですが、私にはその記憶がない。私は、なぜ生まれた瞬間から『王太子』という歪な枷を嵌められていたのですか」
レンはナッツを口に放り込む手を止め、いつもの軽薄な笑みを消した。
一切の隙がない、冷徹な管理者の「裏の顔」。
数千年の歴史のすべてを網羅する神の仔の目が、アルヴィスを見つめ返す。
「普通の精霊は自然から生まれる。それは正しいよ、アルヴ。でもさ、お前たち王族だけは別なんだわ。大樹の天頂にあるコア――『翡翠の揺籠』の果実から、直接命を授かるシステムになってる」
レンは刀の柄をぽんと叩き、虚空に青い光の文字列を浮かび上がらせた。
「数千年のエデンの歴史の中で、光の精霊を宿す果実と、闇の精霊を宿す果実は、常に交互にひとつずつしか実らなかった。光の王の次は、闇の王。それが親父の組んだ絶対の不文律だったんだよ。……でも、あの日、お前が生まれる時だけは違った」
青い文字列が、光と闇の螺旋を描いてひとつの『花の形』へと収束していく。
「お前が生まれる数年前、まだ小さかった教団のハッキングが世界樹に及び始めてさ、システムが深刻なエラーを起こした。その結果、本来交わるはずのなかった『光の果実』と『闇の果実』が、ひとつの枝に、双子のように融和して実っちまったんだ。それが、お前だよ、アルヴ」
世界の歴史上、ただ一度だけの奇跡。
光と闇、二つの最上位マナを生まれながらに100%調和させて宿した、規格外の命。
その精霊力の高さ、無詠唱を可能にする圧倒的な資質ゆえに、世界樹は彼が生まれた瞬間、自動的に『次代の絶対の統治者』としての配役を決定したのだ。
アルヴィスは、己の胸元にそっと手を当てた。
呪いは解けたが、自身の体内に満ちる光と闇の黎明のマナが、世界樹の拍動と完璧に同調しているのが分かる。
「生まれた瞬間から、王になるためのプログラムとして創られた、か。……フン、不愉快な話です」
アルヴィスは小さく自嘲気味に笑い、聲音を完全に「裏の顔」の本音へと切り替えた。
「昔は、その『王太子』という肩書が、俺の自由を縛るただの冷たい枷だと思っていた。民の前で完璧な『私』を演じるたびに、心の中で『俺』が冷めていくのが分かったからな。人形の配役と同じだと、そう思っていた時期もあったさ」
それは、かつて孤独な彷徨を始める前の、若き王太子の秘められた葛藤。
「でもさ、お前、あの急襲の夜に国を枯らす禁忌を犯してまで、民を護る道を選んだだろ?」
レンはいつの間にかアルヴィスの隣に立ち、その肩を、確かな温度を込めてぽんと叩いた。
「システムが勝手に決めた配頭だったかもしれない。でも、あの夜、自分の命も未来も全部投げ捨てて『この国を根こそぎ護る』って決めたのは、|親父の設計図の命令じゃない。お前自身の意志だろ、アルヴ」
レンの言葉は、アルヴィスの過去のすべてを肯定する、無二の友の優しい言霊だった。
アルヴィスは驚愕に目をみ張り、ふいと顔を背けた。
美しい唇の端が、最高に誇らしげで、温かい弧を描く。
「……ええ。お前の一言余計な計算通りですよ、レン。俺は、この肩書を一度は呪った。……だが、今はこの緑の王座が、俺の命を懸けて守り抜いた、最高の誇りだと言い切れます」
玉座の間に流れる、静かで、しかし誰よりも熱い融和の空気。
生まれた理由は世界のバグだったかもしれない。
しかし、出会った最高の相棒と共に歩んだその軌跡は、世界のどんな美しい聖典よりも眩く、輝かしい本物の『楽園』として、これから数千年の歴史に刻まれていくのだった。




