大長老の異世界ハッキング 〜“おんどう”の正しい踊り方〜
*時系列編『あの時』の裏話*
「――大長老。今すぐその、おぞましいシステムデータを破棄しなさい。王命です」
新緑が美しくきらめく玉座の間。
アルヴィスは青白い顔をして机を両手で叩き、かつてないほど激しく声を震わせていた。
彼の前に直立不動で立つ生真面目な大長老は、涙を流しながら、誇らしげに一枚の巨大な|羊皮紙を掲げている。
そこには大真面目な筆致で、こうタイトルが刻まれていた。
――『エデン公式国歌:王太子様戻ってきて音頭(作詞・作曲/エデン民の祈り)』
事の始まりは数日前、レンが「旅の途中、お前を心配する民の祈りが脳内で爆音スピーカー再生されててさ、なんか音頭みたいに聞こえてたんだよね」と、大長老の前でうっかり軽口を叩いたことだった。
創造神の仔からの言葉を「絶対の神託」と受け止めた大長老は、持ち前の生真面目さで即行動。
レンに頼み込み、世界樹のログを逆探知。民の祈りのマナを強引に音楽データへと変換し、太鼓と笛の拍子を加えて完璧な伝統芸能へと構築してしまったのだ。
「何を仰いますか、アルヴィス様! これはレン殿を通して授かった、我が国の絆の結晶にございます! 此度の即位記念式典の目玉として、すでに全精霊、全騎士に強制インストールを完了しております!」
「インストールなどするなと言っているでしょう! 」
完全にパニックに陥るアルヴィス。
だが、時すでに遅し。窓の外の大広場からは、ドンドンカッカ、ドンカッカ、と、不気味なほどテンポの良い太鼓の音が響き始めていた。
「よお、王様。式典の景気づけに、ちょっと俺の管理者権限で、広場の様子をテラスの特等席まで物理的にズームアップしてあげようか?」
刀を肩に担いだレンが、これ以上ないほど意地の悪いニヤニヤ顔で横から煽りを入れてくる。
「レン……っ、てめえ、なぜ止めなかった! お前のくだらない妄想のせいで、俺の高貴な尊厳が根こそぎ灰になろうとしているんだぞ……っ!」
「あはは! 止めるわけないじゃん、俺これ見るために数千年も待ってたんだわ!」
アルヴィスが涙目でレンの胸ぐらを引きずり回す中、広場からは、大長老の指揮による、数千人の精霊たちの大合唱が爆音で沸き起こった。
『ハァ〜ア〜♪(ドンドン)』
『翡翠のエデンを〜♪ 飛び出してぇ〜♪(ソレ!)』
『呪いを背負って〜♪ ワンダリング〜♪(ワンダリング〜♪)』
『呪いに打ち勝ち凱旋だぁ〜♪(凱旋だぁ~♪)』
『王太子様がぁ〜♪ 即位してぇ〜♪』
『プリンを〜♪ じぃぃっと〜♪ ガン見するぅ〜♪(ヨイショ!)』
「……っ、うあぁぁぁあーーーっ!!」
アルヴィスは玉座の間で頭を抱え、その場に深く崩れ落ちた。
完璧だったはずの王太子の歴史。それが「プリンをじっとガン見する」という、一番恥ずかしい黒歴史ごと、国歌として永遠に歴史に刻まれていく。
発端はレンにある。
大長老に「旅の途中のアルヴィス様の様子を、もっと詳しく、具体敵に教えてください」と泣きつかれたのだ。
レンがニヤニヤしながら「あ、じゃあ『プリンをじぃぃっとガン見する』って一文を追加しといて」と、100%悪ノリで仕込んだのだ。確信犯である。
それを大長老が生真面目に「これぞアルヴィス様の不屈の精神の象徴!」と大々的に神聖化して国歌にしてしまったのだから、アルヴィスにとっては文字通り根こそぎ精神を灰にされる大災厄となった。
広場を見下ろせば、厳格な近衛騎士たちが、白銀の甲冑のまま一糸乱れぬ動きで「ガン見のポーズ(スプーンを覗き込む仕草)」を美しくビシッと決めて踊り狂っている。
「ぶっ、ははははは!!! 腹痛ぇ!!! 近衛兵のガン見のシンクロ率100%じゃん!! 完璧なシステム構築だな大長老!!」
レンは床をのたうち回って大爆笑し、腹筋の限界を迎えた。
「おのれ、おのれ大長老……いや、教団……奴らを滅ぼしても、なおこのような精神崩壊兵器を遺していくとは……っ!」
「教団関係ねぇよ、ただの民の愛だよ!!」
間髪入れぬレンのツッコミ。
国中が『王太子様戻ってきて音頭』の大熱唱に包まれる中、自分の尊厳を無力化された薄暮の王と、それを隣の特等席で大爆笑しながらチュロスを齧っている神の仔の、騒がしくも(アルヴィス以外には)幸せに満ちた式典の夜は、盛大に更けていくのだった。




