薄明の止まり木で、もう一度プリンを
*時系列編『あの時』の裏話*
人族の辺境にある、うらぶれた鉱山街。
その片隅にひっそりと佇むボロ酒場『薄明の止まり木』の扉が、カランと乾いた音を立てて押し開けられた。
「いらっしゃい……って、おおお!? 貴方様方は、あの時の……っ!?」
カウンターの奥で宿主がひっくり返りそうな声を上げる。
そこに立っていたのは、長旅の外套を羽織った、白銀の甲冑の右半分に高貴な黒を纏う美しい青年と、刀を肩に担いで飄々と笑う黒髪の青年であった。
「よお、マスター。今日も相変わらずボロいねえ、ここ」
「レン、最初からお店の悪口を言うのはお止めなさい。……マスター。少し、あの『最奥の個室』を借りてもよろしいですか?」
アルヴィスはフードを外し、優しく気品ある声で微笑みかけた。
宿主は何度もヘコヘコと頭を下げ、二人が初めて出会い、プリンを巡る静かな腹黒い頭脳戦を繰り広げた、あの懐かしい個室へと案内した。
部屋に入り、外套を脱いだアルヴィスは、かつて自分が一人で息を潜めていたあの古い木椅子に、今度はどこか愛おしそうに腰を下ろした。
「……フン。あの時は、ここに座っているだけで周囲の草木を枯らす呪いを背負っていたというのに。……本当に、不思議なものですね」
アルヴィスは自身の胸元をそっと撫でた。『純白の枷』はもうどこにもない。彼が今ここに座っていても、宿の裏庭の植物が枯れることなど、二度とないのだ。
「な? だから、俺を旅の連れにして大正解だったろ、アルヴ」
レンは席にどさりと腰を下ろすと、机の上に、茶色い紙で包まれたお誂え向きの『陶器の器』を二つ、並べてみせた。
ふわりと、濃厚な卵の甘みと香ばしいカラメルの香りが部屋に広がる。
「はい。すべての旅路を完璧にクリアした、不屈の王様への正真正銘のラスト報酬。――俺の特製プリンだわ」
「……っ」
アルヴィスはそれを見た瞬間、瞬時に硬直した。
完璧な王としての顔の裏から、猛烈に顔を赤くした素の動揺が溢れ出す。
「てめえレン……、またそうやってニヤニヤしながら、俺がこれを食べるのを特等席でからかうつもりだな……っ」
「あはは! 前は無理やり口に突っ込まれて殴りかかろうとしてたのに、今じゃそんなに顔真っ赤にして。ほら、今回は自分から食べなよ」
「……言われずとも、自分で食べます!」
アルヴィスはひったくるようにスプーンを掴むと、黄金色の塊をすくって口へと放り込んだ。
サクッとした生地も良いが、やはり口の中でとろりと融解していく、この濃厚な卵のコクとほろ苦いカラメルの調和こそが、彼の胃袋の原点にして至高。
「――っ、美味っ……!!」
アルヴィスの瞳が、至福の輝きでとろけるように見開かれた。
かつては警戒と恥ずかしさの中で食べていたプリンを、今は隣にいる無二の友と、心からの笑顔を交わしながら頬張っている。
「数千年のこれからの未来さ、退屈する暇なんてなさそうだな、アルヴ」
レンは自身のプリンを食べながら、窓の外に広がる、朝日に照らされた美しい世界を見つめた。
「当然です。お前が新しい菓子を作成し続ける限り、俺の胃袋の防衛線は常に忙しいからな。――付き合ってもらうぞ、レン」
「おうよ、アルヴ。どこまでも一緒に行ってやるよ」
始まりのボロ酒場の片隅で、プリンを分け合い、不敵に笑い合う二人の騎士。
かつて孤独な薄暮に生きた青年は、世界の理すらハメ返す無二の相棒と共に、これからも数千年の果てない未来へと、甘く、騒がしく、歩みを進めていくのだった。




