王座の隣の特等席 〜甘味の穴とカロリーの不都合な真実〜
*時系列編『あの時』の裏話*
『エクリプス・アルビオン』との決戦を終え、緑の輝きを取り戻した『翡翠の揺籠』。
厳かな即位式を無事に終え、民たちが祝祭の宴へと繰り出した夜、二人きりになった玉座の間で、アルヴィスは小さくため息を吐いて頭の宝冠を外した。
「……はあ、疲れた。民の前で『私の唯一無二のバディです』などと宣言させられるとは、本当に、てめえの仕組んだサプライズは心臓に悪い」
「あはは! でも、エデンの皆大喜びだったじゃん。ほら、即位祝いの『クレープ』、おかわりあるよ、アルヴ」
レンがニヤニヤしながら差し出した薄い生地の菓子を、アルヴィスは今や一秒の躊躇もなくひったくり、大口で頬張った。
呪いが解けた体へ染み渡る濃厚なクリームの甘さ。彼の端正な眉間が、ふにゃりと幸せそうに緩む。
「……美味い。やはり、戦いの後の甘味に勝るものはありませんね、レン」
「だろ? でもさあ、王様。お前、旅の途中からプリン、シュークリーム、ドーナツ、ギモーヴまで、俺の作ったもん毎日完食してたよね」
レンは刀を床に突き立て、そこに顎を乗せながら、隙のない「管理者の裏の顔」で意地の悪い笑みを浮かべた。
「あのさ、親父の残した異世界の知識によるとね、甘いもんを運動量以上に摂取し続けるとさ……【ウェイトゲイン】っていう、肉体が物理的に膨張する最悪のバグが発生するんだわ」
「……うぇいとげいん? 肉体の、膨張?」
アルヴィスはクレープを口に咥えたまま、瞳を丸くした。
「そう。これからは国を治める王様だから、旅の時みたいに暗殺兵を無詠唱で解体する高強度インターバルトレーニングがなくなんだろ? なのにそのペースでクレープ食ってたら、数か月後にはその白銀の甲冑、お腹のあたりがパツパツになって着られなくなるよ、元・王太子様」
「っ!? ――な、なんだと……っ!?」
アルヴィスは喉にクレープを詰まらせかけ、猛烈に顔を青くした。
完璧な統治者としての威厳、そして精霊騎士としての気高き美貌。
それが「甘味の食べすぎでお腹がパツパツになる」という、世界の崩壊よりも恐ろしいシナリオの危機に瀕している。
「て、てめえ、なぜそれを今言うんだ! 早く言え、そのバグの解除呪文は、無詠唱でも発動できるのか……っ!?」
ガタッと椅子から立ち上がり、レンの肩を激しく揺さぶるアルヴィス。
完全にパニック状態だ。
「あはは! 無詠唱魔術じゃ脂肪は燃やせないよ! 解除方法はただ一つ、物理的な運動だけ!」
「……くっ、おのれ教団……奴らを滅ぼしても、なおこのような呪いが残っていようとは……っ!」
「教団の呪いじゃねぇよ、ただの自己責任だよ!!」
その日の深夜、エデンの民たちが祝祭の灯火の中で眠りにつく頃。
静まり返った修練場には、白銀の甲冑のサイズ死守を掲げ、夜通しで猛然と槍を振り回して汗を流す「薄暮の王」と、それを特等席でニヤニヤしながら見守り、夜食用にまた新しい甘味をこねているレンの、どこまでも賑やかで温かい影が揺れていた。




