第三十二葉:純白の牢獄、神の仔の「計算外」
先陣の聖騎士たちを塵に変え、二人はさらに深く、白磁の神殿の心臓部へと歩を進めていた。
回廊を進むにつれ、壁面に施されたレリーフが、精霊の歴史から教団の歪んだ教義――「夜を排し、世界を純白に染める」神話の一幕へと変わっていく。
アルヴィスは精霊槍を静かに構えたまま、隣を歩くレンにふと、視線を投げかけた。
「……レン。先ほど、貴方は教団のボスを『計算が一方通行』と評しましたね」
アルヴィスの瞳の奥には、すべてを見透かそうとする冷徹な策士としての輝きがあった。
「奴らの計算に私という苗床が必要不可欠なら、私はここでそのシステムを『内側から汚染して焼き切る』。……ですが、貴方はどうするつもりです。世界の管理者としての貴方の権能は、教団のハッキングを止めるためだけにあるのではないはずだ」
アルヴィスは、一歩引いて自分を特等席で見守っているレンの『本気』がどこにあるのかを、ずっと探っていたのだ。
自分が本気を出すべき戦場はここにある。
だが、世界の理の外を歩むこの男が、その圧倒的な力を解放する瞬間は、一体いつ訪れるのか、と。
レンは刀を肩に担ぎ直しながら、少しだけ驚いたように目を瞬かせ、それから、これ以上ないほど嬉しそうに口元を歪めた。
「へえ、お前、本当に鋭いねえ、アルヴ。俺がまだ『本気』の権能を隠してるって、もう見抜いてるわけだ」
レンはいつもの軽薄な笑みを消し、一切の隙がない管理者の目でアルヴィスを見つめ返した。
その胸の奥では、今も世界樹を通してエデンの民の祈りが熱く響き続けている。
「俺の本気はさ、お前をあの緑の王座へ『ハッピーエンドで還す』ためだけに取ってあんの。あいつらの歪んだ最終章のシステムを全部書き換えて、お前の『純白の枷』を消し去る瞬間が、俺の、この世界で最初で最後の『本気』の使いどころだよ。……だからさ、それまでの雑魚はお前のその綺麗な槍で、笑顔でエグく解体しててよ、元・王太子様」
レンの言葉は、完璧な傲慢であり、同時に完璧なまでの『愛』だった。
――アルヴィスを王座に戻すこと。
それだけが、数千年の孤独を生きてきた神の仔の、唯一の目的になった。
アルヴィスは驚愕に目をみ張り、それから、レンから表情を隠すようにフードを深く被り直した。
熱いものが胸を満たしていく。
「……本当に、お前という男は、傲慢で行き届いた計算をする」
口からこぼれたのは、飾らない魂からの信頼が混ざった本音。
だがその瞬間、白磁の回廊全体が、かつてないほどの激しい地鳴りとともに細かく震え始めた。
天井から差し込む純白の光が急激に収束し、二人の周囲の空間そのものが、まるで物理的な『結晶の牢獄』のように、急速に硬質化して固まり始める。
教団の本尊が、二人の接近を察知し、神殿の最高セキュリティを起動させたのだ。
「――チッ、お喋りはここまでか。アルヴ、システムが完全に隔離される前に、あの奥の玉座の間へ突っ込むよ!」
「ええ、望むところです。あいつらの神殿ごと白紙に戻してやる!」
二人の影は、結晶化していく白磁の牢獄を蹴り破り、すべての元凶が待つ最奥の扉へと、神速の速度で突入していった。




