第三十一葉:白磁の静寂、無詠唱の先制
世界の最果て、奈落の淵にそびえる『白磁の神殿』の内部は、不気味なほどに静まり返っていた。
高い天井から差し込むのは、地脈から吸い上げられたマナが放つ、ぎらついた『純白』の光。
壁も床も、すべてが色彩を奪われた白磁の石で造られており、二人の足音だけがカツン、カツンと冷たく反響している。
アルヴィスは精霊槍を携え、双眸を鋭く光らせながら、神殿の奥へと続く大回廊を進んでいた。
体内の『純白の枷』は、教団の総本山のマナと完全に融和し、彼の皮膚の上で白い鎖の紋様となって激しく明滅している。
しかし、レンの管理者権限による常時調整のおかげで、マナの暴走は完璧に押さえ込まれていた。
「……静かすぎますね。最高幹部たる枢機卿を二人まで失ったというのに、色めき立つ気配すらありません」
アルヴィスはフードの奥から低く冷徹な声を漏らした。
民を守るために手段を選ばない、彼の「裏の顔」たる冴えた頭脳が、周囲の構造から敵の罠を瞬時に計算していく。
「あいつらにとっては、お前がここに来た時点で『シナリオ通り』だからね。中で大儀式を回してる本尊にとっては、お前が途中の雑魚をどれだけ壊そうが、最後にその呪いごと祭壇に捧げればリセット完了ってわけ。本当、狂信者ってのは計算が一方通行で困るわ」
レンは刀を肩に担ぎ、いつもの飄々とした調子で笑ってみせた。だが、その重心には一切の隙がない。
アルヴィスには隠しているが、彼の脳内には、エデンの民たちの「アルヴィス様をお守りください」という切ない祈りの声が、今もずっと響き続けている。それが、神の仔の胸の奥にある『優しさ』を、かつてないほど熱く燃え上がらせていた。
「――来るぞ、アルヴ。ご挨拶の先遣隊だ」
レンの言葉と同時に、白磁の回廊の曲がり角から、白銀の甲冑を纏った教団の『近衛聖騎士』たちが数十人、一斉に抜剣して立ちはだかった。
彼らが掲げる盾からは、侵入者のマナを強制停止させる純白の結界が放たれている。
普通なら、その強力な防御結界の前に足を止める場面。
だが――。
「邪魔です。――退け」
アルヴィスの冷酷な一言が響いた瞬間、彼の無詠唱魔術が発動していた。
相手に呪文を紡ぐ暇など、最初から一秒たりとも与えない。
アルヴィスがただ鋭く一瞥しただけで、近衛兵たちの足元の白磁の床が、空間ごと『光の弾丸』と『闇の蝕刃』の螺旋となって直接爆発した。
結界を展開する間すらなく、防御陣形ごと物理的に吹き飛ぶ聖騎士たち。
「がはっ……!? 詠唱が、ない……!? これが、薄暮の苗床の力……っ!」
「苗床と呼ぶなと言っているでしょう。不愉快です」
冷徹に微笑んだまま、アルヴィスは槍を一閃させ、生き残った敵を無詠唱の精霊術で一瞬にして叩き伏せた。
わずか数秒の完全制圧。
「あはは! 相変わらず容赦ないねえ、アルヴ! お前のその笑顔の先制攻撃、いつ見ても最高だわ」
レンは刀を抜くことすらなく、嬉しそうに親指を立ててみせた。
「……フン、貴方が戦闘カロリーを気にしてサボるから、私が手を下したまでです。――往きますよ、レン。この奥にいる、全ての元凶の元へ」
「おうよ。あいつらの歪んだシナリオ、俺たちのバグでバキバキに書き換えてやろうぜ!」
二人の影は白磁の静寂を切り裂きながら、神殿のさらに深淵へと進んでいった。




