第二十三葉:土の巨岩群、純白の守護狂
夕闇が完全に黄金の野を呑み込み、夜の帳が降りる。
しかし、二人の前にそびえる『土の巨岩群』だけは、地脈から吸い上げられた歪んだ光によって、不気味な白磁の色に妖しく明滅していた。
大地の聖域。
その結界の境界線をまたいだ瞬間、アルヴィスの胸元の『純白の枷』がドクン、と大きく脈打った。衣服の隙間から、肌を締め付けるような白い鎖の紋様が激しく発光し、周囲の大地とマナの波長が物理的に『同調』していくのが分かった。
「――お前たちの言う通りだ。俺が近づいたことで、聖域の防衛陣地の機能が完全に起動したな」
アルヴィスは荒い息を吐きながらも、完全に「裏」の苛烈な声で言い、精霊槍を固く握りしめた。
彼の周囲の巨岩から、教団の最高強度の『純白の防御壁』が次々と立ち上がり、完全に退路を塞いでいく。
アルヴィス自身が、敵の不落の要塞を完成させる「最後のピース」にされてしまったのだ。
「なるほどねえ。お前のマナを鍵にして、聖域全体を一つの巨大な『自律型要塞』に書き換えたわけだ。本当にいい趣味してるわ」
レンは抜刀し、激変していく空間を凝視していた。
背後で退路を断つ光の壁。
だがレンの思考は、絶望するどころか、むしろ「最高のハッキング対象」を見つけたかのように冷徹に冴え渡っている。
「歓迎しよう。我が教団の描く純白のシナリオへ、哀れなる『薄暮の苗床』よ」
巨岩群の中央、地脈の源流が噴き出す祭壇の上に、一人の男が静かに降り立った。
これまでの司祭や大司教とは放つマナの格が違う。
純白の衣に、血のように赤い大教主の外套を纏った男。教団『エクリプス・アルビオン』の最高幹部にして、世界を白一色に染める計画の総指揮官――『枢機卿カルディナ』であった。
カルディナの背後には、地脈のエネルギーを喰らって肥大化した、大地の巨神さながらの白磁のゴーレムが数体、地響きを立てて駆動を始めていた。
「アルヴィス・アルカディア。お前がその呪いを解かんと足掻き、世界を『彷徨』した歩みのすべてが、我が主の祭壇を飾るための大いなる布石となった。お前のその身、そのマナごと、この聖域の礎として永久に捧げるが良い」
枢機卿の傲慢な宣言。
普通の人族の騎士であれば、己の旅が敵を利していたという絶望に心が折れる場面だ。
だが、アルヴィスの唇は、フードの奥でフッと、最高に冷酷で「腹黒い」弧を描いた。
「……だから、見通しが甘いと言っているのです」
完璧で凍りつくほど優雅な聲音。
アルヴィスは槍を美しく一閃させ、カルディナを真っ向から見据えた。
「私が近づくことで陣地が完成するなら、完成した瞬間に、その筋書きごと内側から根こそぎ書き換えるまで。――レン、やれ!」
「待ってましたッ!」
レンが不敵に叫んだ瞬間、彼の刀から、創造神の権能による青い光のノイズが迸った。
教団の防衛陣地が「アルヴィスのマナ」を鍵にして作動しているのなら、その鍵を握るアルヴィスの隣にいるレンが、システムを内側から『管理者権限』で逆ハッキングすることは容易。
要塞化したはずの純白の防御壁が、レンの権能によって、一瞬で教団のゴーレムたちを縛り上げる「捕縛の檻」へと反転し、物理的に圧搾し始めた。
「な、何だと……!? 我が不落の防衛陣地が、内側から乗っ取られて……!? 貴様ら、一体何をした!」
完璧な詰みの盤面をひっくり返され、初めて枢機卿の顔に驚愕と戦慄が走る。
腹黒きバディによる、教団の最高幹部への「お仕置き」の火蓋が、今、苛烈に切って落とされた。




