第二十二葉:大地の胎動、偽りの平穏
地下の中継器が塵となったことで、黄金の平原には本来の、生命力に満ちた大地のマナが満ち溢れていた。
地表へと戻ってきた二人の前に広がっていたのは、夕日に照らされて文字通り本物の「黄金色」に輝く、息をのむほど美しい麦の海だった。
アルヴィスは最後の一口のドーナツを名残惜しそうに飲み込むと、指先についた砂糖を小さく舌で舐めとり、コホンとわざとらしい咳払いをした。
再び完璧で優雅な声音を取り戻す。
「……フン。手際だけは認めますよ、レン。糖分の補給も済みました。これより、この地脈の先にある『大地の聖域』へ向かいます」
「はいはい、おそまつさまでした。お前、砂糖舐める時だけ一瞬『裏』の顔に戻るの、自覚ないだろ?」
「なっ……!? 貴方という男は、本当に一言余計です!」
アルヴィスはまたもや顔を真っ赤にして槍の石突きで地面を叩いたが、レンはそれをケラケラと笑い飛ばし、刀の柄に手を置いて黄金の野の先を見つめた。
その目は、平原の遥か彼方にそびえる、不自然なほど静まり返った『土の巨岩群』を捉えている。
「あそこが地脈の心臓部だね。……でもさ、アルヴ。中継器を壊したっていうのに、あそこのマナ、ちっとも綺麗になってないわ。それどころか、さっきからシステムが『警告』を出しまくってる」
レンの言葉に、アルヴィスも即座に表情を引き締めた。
確かに、おかしい。中継器を壊したのなら、大地の聖域へと流れるマナも正常化するはずだ。
しかし、夕闇が迫る平原の奥からは、先ほどの集積所や霊峰の時とは明らかに違う、不気味で、地響きのような重苦しいマナの胎動が伝わってくる。
「……光の属性だけではありませんね。大地の聖域そのものが、内側から『腐敗』しているような……。これは、教団の魔術だけによるものではありません」
アルヴィスは双眸を細め、地面から立ち上る澱んだマナを凝視した。
教団の狙いは、単に聖域のマナを強奪することだけではない。もっと根深い、世界のシステムそのものを物理的に書き換えようとするような、強烈な歪み。
「お前を『苗床』として引き寄せるための罠は、地下の中継器なんかじゃなかったってことさ。あれはただの、お前をここに足止めするための前座」
レンは刀をわずかに抜き、その冷徹な計算高い目を輝かせた。
「本命はあっちだ。教団の『上層部』が直接、あの聖域で何かを起動させようとしてる。……お前の中に刻まれた【純白の枷】が、あそこのマナと共鳴して、さっきから激しく明滅し始めてるぞ」
アルヴィスがハッとして胸元へ手をやると、衣装の隙間から、あの忌々しい白い鎖の紋様が、まるで脈打つようにドク、ドク、と不気味に白く発光し始めていた。
激痛まではない。しかし、確実に何かが彼を『呼んで』いた。
「……望むところです」
アルヴィスはフードを深く被り、槍を強く握り直した。口から漏れ出たのは、一切の虚飾を捨てた、苛烈な本音の響き。
「俺を苗床として利用し、世界を純白のマナに染めようとする連中の筋書きだ。……レン、お前の力で、その筋書きの結末を『白紙』に変えてやるぞ」
「おうよ。お前のその腹黒い意地、俺は特等席で最後まで見届けてやるからさ」
夕闇が黄金の野を包み込む中、二人の影は、世界の歪みが待ち受ける『大地の聖域』へと、速度を上げて突き進んでいった。




