第十七葉:薄暮の螺旋、白銀の瓦解
「――しまえ」
アルヴィスの静かな呟きと共に、彼の掲げた精霊槍の穂先から、光と闇の螺旋が放たれた。
それは昼でも夜でもない、すべてを無に還す『薄暮』の極大マナ。
レンが空間を固定していた領域を強制的に上書きし、絶対停止の呪縛ごと、大司教と暗殺兵たちを呑み込んでいく。
「ぎゃあああああっ! 光と闇が……完全に融和している……!? 莫迦な、こんな不純なマナが、世界の理に存在していいはずが――!」
大司教の絶叫は、薄暮の爆炎の中に完全に掻き消された。
激しい光の炸裂の後、洞窟を埋め尽くしていた教団の狂信者たちは一人残らず消滅し、ただ砕け散った白銀の法衣の破片だけが、氷の床へと虚しく転がった。
聖域のマナを歪めていた魔導具も完全に沈黙し、洞窟の奥からは、本来の清らかな『氷華の精霊』たちの瑞々しい青い輝きが戻り始める。
「……ふぅ、うっ……」
槍を杖代わりに突き、アルヴィスはその場に深く腰を折った。
無詠唱の最大出力。そして呪いの逆汚染による肉体への負荷は凄まじく、彼の呼吸は激しく乱れている。
服の隙間から覗く胸元の『純白の枷』の紋様は、まるで燃え尽きた炭のように、今は黒く静まり返っていた。
パチン、と背後でレンが刀を鞘に収める音が響く。空間の固定を解いたレンは、首を軽く鳴らしながら、呆れたような、しかし最高に楽しそうな笑みを浮かべてアルヴィスへ歩み寄った。
「あーあ、派手にやったねえ。空間ごと全部持っていかれちゃうかと思ったわ。……システムを逆流させて魔導具ごと焼き切るなんてさ、本当、優等生の顔してやる事が一番エグいよ、お前」
「……フン、お褒めに預かり光栄ですよ。アイツらに……これ以上、舐められたままでいられるか」
アルヴィスは荒い息のまま、顔を上げてレンをジロリと睨みつけた。口から出たのは、完全に虚飾を捨てた彼の本音。その金と黒の瞳には、勝利の確信と、レンへの確かな信頼が宿っている。
レンはそんなアルヴィスの前にしゃがみ込むと、ポンポンと手際よく彼の肩のマナ残滓を払い、懐から紙に包まれた『何か』を取り出した。
「はい、お疲れさん。今回の戦功報酬。霊峰の寒さでちょうどよく冷えてるよ」
「……、まさか、またあの『ぷりん』ですか」
「ノンノン、今回は『しゅーくりーむ』の残り。ほら、糖分補給しなよ、アルヴ」
差し出されたふっくらとした菓子を、アルヴィスは今度は拒むことなく受け取った。
半分に割り、濃厚なクリームを口に運ぶ。極寒の戦場で凍えかけていた体に、至高の甘味がじわりと染み渡り、アルヴィスの険しかった眉間が、ふにゃりと分かりやすく緩んだ。
「……美味い」
「くくく、素直で大変よろしい」
レンは嬉しそうにアルヴィスの隣に腰掛け、共に聖域の美しい氷の輝きを見上げた。
教団の出先機関を二箇所潰し、彼らの『計画』の出鼻を完全に挫いた。
孤独だった彷徨は、今や教団を追い詰める「反撃の旅」へと姿を変えている。
「さて、これで第1ラウンドは俺たちの勝ちだ。……次はどうする、元・王太子様?」
「またその呼び方か……まあいい、決まっています。彼らの計画の根源を突き止め、根こそぎ叩き潰す。――付き合ってもらうぞ、レン」
「おうよ。数千年の退屈しのぎだ、トコトン付き合ってやるよ」
極寒の霊峰の奥深く、二人の不屈のバディの絆は、誰よりも熱く、確かに結ばれていた。




