第十六葉:薄暮の覚醒、不屈の無詠唱
「お前はそのまま中で『バグ』と戦ってろ。周りの雑魚は――俺が一人残らずフリーズさせてやるからさ」
レンの絶対停止の権能により、洞窟内の空間そのものが完全に凍りついていた。
暗殺兵たちも、大司教が放った凶悪な光弾も、すべてが虚空で静止している。
だが、大司教だけは首から上の自由を辛うじて残し、驚愕に目を剥いていた。
「な、何だこの力は……! 術式の構築すら存在しない、世界の理そのものを止めるなど……貴様、人間ではないな!?」
「さあね。ただの通りすがりの、隙だらけの剣士だよ」
レンはそう言って飄々と刀を構え直すが、その重心は微塵もブレていない。
空間を固定する莫大な負荷を一人で引き受けながら、アルヴィスに迫るすべての脅威をその背中で完璧に塞き止めていた。
(――いつまで、アイツに護られている)
背後で、アルヴィスは胸を強く押さえ、荒い息を吐きながら己の内面へと深く潜っていた。
衣装の隙間から覗く肌の上で、骨を軋ませるように白く発光する『純白の枷』の紋様。それが彼の光と闇のマナを強制的に衝突させ、体内から肉体を破壊しようと暴れ狂っている。
激痛で意識が飛びそうになる。
だが、アルヴィスの本質は、優しく気高い王太子であると同時に、冷徹に勝利を計算する「腹黒い現実主義者」だ。
(教団の術式がこの聖域のマナを利用して、私の枷を外部から強制起動しているのなら……。その繋がっているマナの供給元を、内側から直接『汚染』して遮断すればいい)
痛みに悲鳴を上げる肉体を、強靭な精神力だけで従える。
アルヴィスは双眸をカッと見開いた。
「……―――ッ!!」
無詠唱精霊術発動。
彼が心の中で「想う」だけで、体内で暴走していた漆黒の闇のマナが、胸の白い紋様を無理やり包み込み、教団の術式の「逆流ルート」を通って大司教の持つ魔導具へと一気に突き抜けた。
光のみを抽出していた教団のシステムに、アルヴィスの強大で凶悪な闇のマナが直接流れ込む。
パキィィィン!!
洞窟の奥に据え付けられていた巨大な魔導具が、内側から黒く染まり、一瞬で木っ端微塵に砕け散った。
「な、何だと!? 聖域と同調していたはずの術式を、力技で汚染し、破壊しただと……!?」
大司教が血の気の引いた顔で叫ぶ。マナの強制起動が解除され、アルヴィスの胸の紋様が静かに光を失っていく。
激痛の余韻に肩を揺らしながらも、アルヴィスは床に転がっていた精霊槍を引き寄せ、ゆっくりと立ち上がった。
フードが払われ、光と闇をその身に宿す「薄暮の精霊騎士」の、凛烈たる姿が露わになる。その瞳には、容赦のない冷徹な光が宿っていた。
「……私の体を『苗床』と呼びましたね、大司教。随分と安い見立てをされたものです」
背筋が凍るほど冷たい声。
アルヴィスは槍を美しく一閃させ、大司教へ向けて真っ直ぐに突き出した。
「お前たちの描いた思惑ごと――ここで根こそぎ、灰になりなさい」
アルヴィスの無詠唱による、光と闇が螺旋を巻く最大火力の精霊術が、大司教の目の前で爆発的な光を放ち始めた。




