第十四葉:険しき霊峰、二つの永き命の歩幅
『薄明の止まり木』を旅立った二人の前に立ちはだかったのは、天を突くようにそびえる巨大な白銀の山脈だった。
教団の次なる目的地、霊峰の聖域。
そこは人族の立ち入りを拒む、常に猛吹雪が吹き荒れる極寒の世界である。
「……くっ、寒いな、ここは。私のマナも、寒さで少し動きが鈍る」
山道を進むにつれ、アルヴィスのフードには白い雪が積もっていく。
体内に宿る『純白の枷』の呪いは、この霊峰の冷気と同調するように、彼の体力をじわじわと削り取っていた。彼が歩く足跡の周りの雪だけが、マナを吸われて不気味な灰色に変色していく。
「アルヴ、無理すんなって。ほら、これ着とけよ」
レンは背後の荷物から、|創造神の権能で異世界の防寒具を模して作った、見たこともない厚手の外套をアルヴィスの肩に掛けた。
レン自身は、創造神の頑強な肉体ゆえに、薄着のままでも平然と雪の中を歩いている。
「……すまない、レン。貴方は本当に、この世界の過酷さが通用しない男ですね」
アルヴィスは外套に身を包み、少しだけ息を整えながら静かな声で言った。
「当然。俺はお前と数千年の時間を共に歩むバディだからね。お前がここで凍えてバグを悪化させたら、俺の退屈しのぎが終わっちゃうだろ、元・王太子様?」
レンはいつものように、悪戯っぽくその肩書を口にした。
アルヴィスは雪の向こうを見つめながら、自嘲気味に細い唇を綻ばせる。
「……レン。その『元・王太子』という呼び方は、もうお止めなさい。私は禁忌を侵し、国を枯らす呪いを背負って出奔した身。おそらく翡翠の揺籠では、すでに私の廃太子が決まり、新たな者が立太子されているはずです。今の私は、ただの呪われし野良騎士に過ぎない」
それは、悲しみではなく、民の未来を最優先に考えたアルヴィスの「高貴な覚悟」だった。
自分が還らなくとも、国が正しく続いていればそれでいい。
だが、レンはその言葉を聞いた瞬間、一瞬だけ足を止め、それからアルヴィスの頭を外套ごと手荒にガシガシと撫で回した。
「痛っ!? なにを、するのです貴方は!」
「お前さ、頭は良いのに、自分の価値に関しては本当にバカだな」
レンは振り返り、吹雪の中でも平然といられる、強大な神の仔としての瞳でアルヴィスを見据えた。
「俺がわざわざ何千年も待って、お前の隣にいるんだぞ? お前をただの野良騎士で終わらせるわけないだろ。お前がどれだけ諦めてようが、俺が絶対に、お前をあの緑の王座に引き戻してやるよ。俺の言った『シナリオの修正』には、それも含まれてんだわ」
レンの言葉は、皮肉でも慰めでもない。絶対の事実として未来を決定づける、神の言霊のような力強さがあった。
アルヴィスは驚愕に目をみ張り、それから、レンに隠すようにフードを深く被り直した。
胸の奥底から、熱いものが込み上げる。
「……本当に、傲慢で、生意気な男だ」
口からこぼれたのは、飾らない心からの信頼が混ざった本音だった。
吹雪の霊峰。
過酷な寒さの中にあっても、二人の歩幅は決して乱れることなく、一歩一歩、世界の深淵へと進んでいく。




