第十二葉:翡翠の残光、純白の計画書
静まり返った広場に、ガラスの檻が砕ける澄んだ音が響き渡った。
アルヴィスが精霊槍の石突きで最後の檻を叩き割ると、中に閉じ込められていた光や水の小精霊たちが、溢れ出るように虚空へと舞い上がった。
マナを吸い上げられて衰弱していた彼らだったが、アルヴィスが優しく無詠唱で紡いだ癒やしのマナに触れ、瞬く間に本来の瑞々しい輝きを取り戻していく。
「もう大丈夫ですよ。さあ、貴方たちの還るべき自然へ」
アルヴィスの微笑みに導かれ、精霊たちは感謝を伝えるように彼の周囲をひと回りし、開け放たれた鉄扉から霧の夜空へと帰っていった。
その幻想的な光景を、レンは司祭の机に腰掛けたまま、感心したように眺めていた。
「へえ……お前のマナ、やっぱりすごいね。禁忌の呪いを背負ってるくせに、精霊たちを惹きつける優しさはそのままなんだな」
「……当然です。私は翡翠の揺籠の王太子でしたから。彼らを慈しむのは、血に刻まれた本能のようなものです」
アルヴィスはふいと顔を背け、槍を収めた。
だが、その耳朶がかすかに赤くなっているのを見逃さず、レンはニヤニヤと笑みを深める。
「はいはい、さすが元・王太子様。……っと、それよりアルヴ。これを見てみなよ。気絶した司祭の懐から出てきたんだけどさ」
レンがひらひらと動かしたのは、教団『エクリプス・アルビオン』の血塗られた蝋で封印された一枚の計画書だった。
レンの指先がその封印に触れると、創造神の権能によって術式が解除され、中身が露わになる。
アルヴィスがレンの隣へ歩み寄り、共にその書面に視線を落とした。
そこには、背筋が凍るような教団の最終計画が、歪んだ大義名分と共に記されていた。
『一次作戦は成った。世界樹の根幹たる翡翠の揺籠を追われし「薄暮の苗床」を追跡せよ。彼の体に刻まれし【純白の枷】は、光と闇の反発マナを臨界点まで引き上げる極上の触媒なり。これを用いて、次なる霊峰の聖域にて大儀式を執り行う――』
「薄暮の苗床……。私のこと、ですか」
アルヴィスは声を低く震わせた。
彼らが自分を襲い、体に呪いを植え付けたのは、単なる嫌がらせや気まぐれ、偶然ではなかった。
アルヴィスの体そのものを、世界から『夜』を消し去るための起爆剤として利用するための、仕組まれた計算だったのだ。
「なるほどね。お前を国から追い出したのは、お前自身を世界各地の聖域へ『彷徨』させるためか。お前が歩けば歩くほど、その土地のマナのバランスが崩れて、教団の儀式の準備が整うシステムになってるわけだ」
レンは顎に手を当て、目を細めた。
「お前が一人で悩んで旅してた三年間の行動すら、教団の計算通りだったってことさ。……本当に趣味が悪い。俺の親父の作った世界を、勝手に書き換えようとするなんてさ」
レンの言葉に、アルヴィスは深い闇に沈みそうになる。自分のこれまでの旅が、敵の利益になっていたという残酷な真実。
しかし、彼の肩に、レンの少し手荒な、だが温かい手がぽんと置かれた。
「でもさ、教団にとっては、この俺がお前の隣にいること自体が『最大の計算違い』だけどね。――次は霊峰の聖域か。よし、あいつらの思い通りにはさせないよ、アルヴ」
レンの不敵な笑みに、アルヴィスはハッと目を見開いた。
そうだ。かつては孤独だったが、今の自分の隣には、世界の理すら書き換える無二の友がいる。
「……ええ。彼らの思い通りに彷徨うのは、もう終わりです。ここからは、私たちが彼らの計画を根こそぎ叩き潰す番ですね。――レン」
二人の視線が交わり、静かな反撃の火花が散った。




