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【本編】伽藍洞の君と朱の姫  作者: 蓮蒔


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9

 夏季の長期休暇が終われば創立祭の準備で学園は慌ただしくなる。

 学園の自治を司る生徒会を中心に、芸術関係の発表会、サロンや倶楽部の展示会、武芸大会など多岐に渡る催し物があるので、それぞれ生徒は関係するイベントの準備に放課後は忙しく走り回っていた。

 そして創立祭の締めは舞踏会。参加こそ自由ではあるのだが、殆どの生徒がいずれ訪れる夜会の予行練習とも言えるこの催し物に参加するのだ。


「え?お前武芸大会も舞踏会も出ないの!?」

「出ないけど」


 食堂で日替わりランチを食べるアルフォンスと同じ卓につくのはフランツ・クラウスナー子爵令息。ちょこちょこ気軽に話しかけてきていた男であるのだが、夏季休暇の際に自由参加の軍の演習見学の時に同じ班になって以降、挨拶以外も気軽に話しかけてくるようになり、断るのも面倒なのでアルフォンスは誘われれば食事も一緒に取ることが多かった。

 長めの藁色の髪を束ねたフランツは人懐っこく友達も多い。それなのになぜ自分をわざわざ誘うのか意味がわからなかったアルフォンスであるのだが、彼といることに不快感は覚えなかった。


「えー!だって武芸大会は騎士団入りたかったら出るでショ」

「忙しい」

「……え?なんかサロンとかクラブ入ってたっけ?」

「入ってない。忙しいのは賃仕事引き受けたから」

「まじで。お前の家ってうちと違って割と裕福でショ」


 猫の額ほどの土地しかない上に産業に乏しいクラウスナー子爵領。その次男であるフランツは時折登録している冒険者ギルドで魔物討伐依頼を受けたり、薬草採取の依頼を受けたりして小金を稼いでいる。家を継ぐ嫡男もしくはスペアの次男として国に登録していれば領地の収入が少ない場合学費免除になるのだが、生活費までは見てもらえない為自前で工面しているのだ。

 逆にアルフォンスは学費も生活費も実家支払いである。目立った産業はないが、魔物被害も天災も少ない比較的安定した領地なので、スペアである次男坊への金銭的援助もさほど苦しいものではなかった。それに関してはアルフォンスも親に感謝している。スペアとはいえ長生きする見込みのなかった彼に、せめて人並みの思い出をと無駄金になるのを承知で金を出して中央に送り出したのだ。

 そのおかげでヒルダに出会い、うっかり早死すらできなくなったのだから人生はわからないとぼんやりとアルフォンスは考える。


「人手不足で手伝い頼まれた。無理にって訳じゃないけど、できればみたいな」

「何の仕事?魔物討伐?」


 夏季休暇の際にアルフォンスがノイ伯爵領に赴き、魔物討伐をしていたのを知っているフランツがそう尋ねると彼は首を振った。


「服のレンタル」

「……なんで?」

「下位貴族は学園祭の舞踏会に出るのにミュラー商会のドレスとか礼服のレンタル店に行くって知ってる?」

「知ってる。っていうか、俺も予約してきた」


 高位貴族であれば自前で準備するのだが、一度しか着用しないであろうドレスを三年間新調し続けるのは金がかかる。けれど参加はしたい。そんな生徒をターゲットにした商売がドレスや礼服のレンタル業であった。

 高位貴族であれば侍女も当然侍るのだが、寮生活の生徒でも問題がないように一人で着用できるドレスや、例えば友人に少し手伝って貰えば着用できる比較的シンプルな物を中心に揃え、毎年返却されればその後リメイクされてまた来年に貸し出される。気に入ればそのまま購入というのもできるのだ。


「アレの仕分けとか、受け渡しで人で足りないって言ってたから手伝おうかなって思って」


 悲鳴を上げていたのはヴォルフ。彼の本職はグラナートの侍従であり護衛であるので基本ミュラー商会の仕事自体には関与しないのだが、人手が足りない時は店に放り込まれるのだ。


「まじか。え?賃金いいの?」

「繁忙期だから割増って言ってたけど。とりあえず一週間前から放課後に仕分け手伝い行って、当日は多分倉庫から荷物出すとかそんな感じ」

「当日何時に終わる?」

「さぁ。でも言えば早く帰してくれるんじゃないの?」

「俺も行きたい」

「……は?」

「よく考えたら新入生が武芸大会出ても絶対優勝無理でショ!就職かかってる上級生がっ殺気漲らせて参加してる訳だし。だったら今年はスルーして来年以降に本気出す!!成績には関係ないし!!」


 いい切ったフランツにアルフォンスは感心する。そんな考え方もあるのかと。


「アル~、その仕事紹介して~」


 猫なで声が気持ち悪いと思ったが、人手が足りないとヴォルフが言っていたので紹介だけなら別にしてもいいかと考えたアルフォンスは小さく頷いた。向いていなければ採用しないだろうと。


「やったー!」

「採用されるかまで責任取れないけど」

「体力勝負ならいける!!っていうかお前両方でないなら花の準備もいらないのか」

「花?」


 不思議そうにアルフォンスが首を傾げたことにフランツは驚く。そして彼が話してくれたのは学園の風習。

 男子生徒は舞踏会のダンス予約に己の色の造花、もしくは花を模した装飾品を相手に送る。女子生徒の場合は刺繍入りのハンカチ。受け取るかどうかは自由とされているのだが、夏季休暇明けはその準備もそれぞれやっているのだ。

 武術大会の応援の意味で刺繍入りのハンカチを渡す場合もあるらしい。


「へぇ。それでたまに造花持ち歩いてる人見るんだ」

「そうそう。今の時期は業者も作成の受付してるしな。珍しい色の生徒は早めに注文してる。俺みたいに黄色い花でいいかなぁとかだったら在庫のやつでいけるけど」


 フランツは明るめの藁色の髪なので大雑把に分ければ黄色系になるのだろうと思い、納得したようにアルフォンスは頷いた。


「で。お断りの時は決まった言葉がある」

「面倒臭い」

「婚約者とか恋人がいる時は『約束の花を枯らすわけにはいきませんので』って感じ」

「へぇ」


 円満なお断り定型文なのだろうとアルフォンスは考える。そもそも婚約者がいる相手にダンスを申し込むのは失礼ではないのかとも一瞬考えたが、公にしていない恋人を持つ人間はいるかもしれないと納得した。


「まぁ、好みじゃないとか、立ち位置的に無理って時は『貴方によりよき花が咲きますように』」

「立ち位置?」

「こう……政治的な部分とか身分的な?お断りで一番聞くやつな。そんで……」

「まだあるの?」

「他に意中の人がいるからとか、心に決めた人がいるからって場合もある。あるけど忘れた。おーい」


 突然隣の卓の人間にフランツが声をかけたのでアルフォンスが目を丸くすると、相手の方はフランツに気が付き首を傾げる。


「どーした」

「意中の人がいてのお断りって何ていうんだっけ。片思いのやつ」

「あぁ、『七つの世界の旅を終えていませんので』だな」

「……はぁ?」


 今までの断り文句は比較的わかりやすいものであったが、突然の七つの世界と言う単語にアルフォンスは首を傾げた。


「七つなの?」

「七つ。これが不思議なことに六つや五つじゃないんだよネ」


 フランツも由来は知らないらしいし、フランツにその言葉を教えた生徒も小さく首を振っているので知らないようだ。軽く礼を言ったフランツはまたアルフォンスに向き合うと、卓に残ったデザートを口に放り込む。


「両方出ないならとりあえずお断りの言葉は覚えておいたほうがいいんじゃない」

「申し込みそんな来ないと思うけど」

「いや!!アルはお茶とかにめっちゃ誘われてるでショ!!っていうかアレなんで一回こっきりなの!?」


 ずっと不思議に思っていた事をフランツが尋ねると、周りの生徒もちらっとアルフォンスに視線を送る。周りも気になっていたのだろう。ただ、理由を聞くほど親しくもないので気になる、に留めていた。


「学園にいる間に多少人と接すること覚えたほうがいいって言われたから」

「……はぁ?誰に」

「ヒルダとヴォルフさん。いろいろな相手とお茶でもして人の話聞くこと覚えないと騎士団に入ったら面倒だって」

「そんで話を黙って聞いてるのお前」

「そう」

「一回だけ?」

「何回も聞く必要ある?」


 あぁ、ヒルダ様、ヴォルフ様、貴方の言葉はアルにちゃんと届いていませんよ。心の中でそう思ったフランツは言葉を必死に探す。恐らくアルフォンスの対人関係スキルを心配しての助言だったのだろう。けれど彼は話を聞くと言う行為に慣れる訓練だと思っている。


「……アル……」

「何?」

「今度俺と遊びに行く?」

「なんで」

「俺の話は一回じゃなくてもいいって思ってるんでショ」

「割と面白い」


 アルフォンスにしては上等な褒め言葉なのではないかと一瞬フランツは考えて口元が緩んだのだが、それを引き締めて真剣な視線を送った。


「俺は下位貴族」

「そうだね」

「お前は上位貴族」

「うん」

「第二騎士団は下位貴族と平民が多いから、俺と人との付き合い方なれればいいんじゃないの。うん。とりあえずそこから始めよう」

「……そこから?」

「そう。そこから」

「上位貴族に関しては……ヒルダ・ノイ伯爵令嬢に……」

「ヒルダに貴族的要素求めるのは無理ってヴォルフさん言ってたけど」


 アルフォンスの言葉に思わずフランツは目を丸くする。ノイ伯爵家と言えば新興貴族ではあるのだが、伯爵家の中では上位に入る。


「ヒルダ・ノイ伯爵令嬢は……規格外だからなぁ。魔術師的素養高いし、魔具作成で名前轟かせてるし、一般的な上位貴族令嬢とはちょっと違うかも」


 恐る恐るというように声をかけてきたのは先程のお断り返答を教えてくれた令息。その言葉に驚いたようにフランツはアルフォンスの顔を眺める。


「そうなの!?」

「普通の令嬢は南国に単身で砂蟲狩りに行かないと思う」

「行かない!!まじか。あの方そんな感じなの!!え?お前ミュラー小伯爵に体術指南受けてるって言ったっけ。あの人は元辺境伯令息だし……」

「仕事以外の態度は見習うなってヴォルフさんに言われてる」

「マジで!?」

「いやいやいやいや!!グラナート・ミュラー小伯爵!?あの人在学中狂犬って言われてたってフランツ知らないのかよ!?っていうか、え!?アルフォンスは体術訓練受けてるのか!!」


 驚いたように令息が声を上げると周りもアルフォンス達に注目する。しかし当のアルフォンスはその視線を気にもとめずに小さく頷いた。


「身体なまるからってたまに体術の組手の相手してくれてる。狂犬っていうのは聞いたことあるけど」

「狂犬って冗談じゃなく?」

「まぁ、同世代の兄弟いなきゃ知らないか……俺は上の兄貴が一緒だったから。入学早々辺境バカにした第二王子の護衛ボコボコにしたとか、他国の王族舎弟にしてるとか、こう……色々規格外だって聞いてるけど」


 令息が小声でフランツに言うと、彼は驚いたように瞳を丸くしたがアルフォンスはだいたい合ってる、と心の中で思う。


「別にそんな高位貴族と接することないと思うし」

「いや、アル自体高位貴族でショ?まぁ、その割には平民とか下位貴族に偏見ないけど」

「ノイ伯爵領の魔物討伐部隊の人は平民多いから」

「あー。なるほど。まぁ高位貴族への接し方はマナー授業でもやるし最低限それで……」


 例えば家を継ぐのならともかくアルフォンスの場合は次男であるし、将来騎士爵を貰うとなっても、第二騎士団希望であるのならそんなに高位貴族との付き合いもないだろうとフランツは考える。

 自分も第二騎士団志望であるので、もしかしたら長い付き合いになるかもしれない。アルフォンスのそっけない態度も、人に媚びない所もフランツは嫌いではないのだ。逆に放っておけないと言う気持ちにすらなるのだから不思議だと考えながら、彼は小さく笑った。

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