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マナー授業じゃ間に合わなかった!!そう思わずフランツが顔を覆ったのは、よりにもよって高貴な方のお誘いをしれっとアルフォンスが断ってしまったからだ。
同学年の王妹、クレイ・バウムレーベン。この学園で一番高貴な身分の女性である。
一度アルフォンスをお茶に誘っていたのはフランツも知っていたのだが、以降一緒にいるのを見たことがなかったので親しい訳ではないのも知っている。ただ、彼女は基本顔のいい騎士志望の男子生徒を侍らせているので、アルフォンスもターゲットだったのかもしれないと今更フランツは冷や汗をかいた。
「七つの世界の旅を終えていませんので」
そして凍りついた空気をどうしてくれようとフランツは必死に言葉を探した。例えば、伯爵家と王族では釣り合いが取れないのを全面に押し出して、よりよき花の文句を出せば円満に終わっただろうが、よりにもよってアルフォンスは別に意中の人間がいると突っぱねた。端的に言えばフッた事になる。
「……貴様っ!!」
激昂したのは王妹ではなくそばに侍る男子生徒。その様子を不思議そうに眺めたアルフォンスは首を傾げてフランツに視線を送った。
「六つだっけ?」
「……合ってますヨ」
「良かった」
良くないと思ったのはフランツだけではないだろう。周りの人間もハラハラと様子を伺っているが流石に口出しはできない。
「意中の方が?」
「返事に関しての質問はマナー違反と習いましたが」
柔らかな声色。それに返事をするのは一ミリも興味がなさそうな声色。これどうやって収集つけるの!?とフランツが一瞬アルフォンスをかっさらってその場を逃げようかと思ったのだが、それは別の声によって思考が遮られた。
「ならば我が花園への旅路はいかがですか王妹殿下!」
現れたのは頭に布を巻いた見るからに南国の者とわかる身なりをした男。周りが唖然とするなか、王妹・クレイは僅かに口元を引きつらせたが、満面の笑みを浮かべて淑女の礼を取る。
「お久しぶりです、サイイド殿下。こちらにいらっしゃるとは聞いておらず失礼いたしました」
「いやいや!予定を無理矢理繰り上げたために学園長にも迷惑をかけた」
サイイドと呼ばれた男の後ろには学園長も立っているのにアルフォンスは気が付き、そして記憶の中からその名前を探した。
南国の第五王子サイイド。グラナートとヒルダの自称友達。
そんな事をアルフォンスが考えていると、サイイドは満面の笑みを浮かべて手を差し出す。恐らく刺繍入りのハンカチを催促しているのだろう。
流石に他国の王位継承権を持つ王子相手に突っぱねる事ができなかったクレイは笑顔を浮かべてハンカチをサイイドに渡す。するとサイイドは満足そうに笑った。
「創立祭のエスコートも是非」
「いらっしゃるのですか?」
「ええ。それに合わせて参上しましたので」
「……父の許可が降りましたら」
流石に王族のエスコートとなれば勝手に決めることはできないし、相手は他国の王族である。やんごとなき方々の調整もあるだろうことを周りは察して無難なクレイの返答に納得もする。
「そのまま我が花園へ是非」
「……御縁がありましたら」
そう曖昧な返事をしたクレイの様子を見れば、彼女はどちらかと言えばサイイドを苦手としているのだろう。地位もあり顔もいいのだが他国へ嫁ぐとなると何かと面倒も多いのだ。そんな中チラリとアルフォンスが不思議に思ったのは花園へとサイイドが言ったことであった。
退位後の娘であるため王位継承権がないとは言え血統的に先王の娘で、王妹。迎えるなら正妃だろう。しかしながら彼は花園……つまり後宮へと誘っているのだ。それが彼女は気に入らないのだろうかとぼんやりと考える。
「では……御前失礼いたします」
うやうやしく頭を下げたクレイは取り巻きを引き連れてその場をあっという間に去ってしまう。それを引き止めることもなくサイイドは手を振って見送り、漸くアルフォンスがきっかけとなった気まずい空気は緩んだ。
しかし残ったのは他国の王族。学園長も一緒だということもあり、周りにいた生徒もさっとその場を離れてゆく。
「……ふむ。中々頷いてくれない」
「そういう事はお城でお願いしますよ殿下」
「うむ!しかしだ!!困っている者を助けるのも気分が良い!!」
困ったように言葉を放った学園長をよそに、そう言い放つと満面の笑みを浮かべてサイイドはアルフォンスに向き直り口を開いた。
「朱雀の少年!!感謝の言葉を述べる事を許す!!」
「ありがとうございました。では御前失礼します」
深々と頭をアルフォンスが下げたことに学園長もフランツもホッとしたが、直ぐに踵を返した事に驚き言葉を失う。
「まてまてまて!!朱雀の少年!!お願い!!待って!!」
焦ったように声を上げたのはサイイド。その様子にサイイドの護衛もいささか驚いたような表情を作り、さっさと去ろうとするアルフォンスを主の代わりに引き止めるか迷っている様子であった。
「何か」
一応アルフォンスが足を止めたことに一同ホッとしたのだが、サイイドが気を悪くしたのではないかと表情を伺う。しかし彼は己の引き止めが成功したことに満足したのか、不機嫌そうな顔はしていなかった。
「その前に……ノイ伯爵家の血縁の者か?」
「アルフォンス・ランゲと申します。伯爵家ではありますが、ノイ伯爵家との血縁はないと記憶しています」
「……ふむ。その割には朱雀の加護が強いようだな。いや、竜種も混じっているか??」
「ノイ伯爵領の朱雀の像を拝んだら加護が頂けました」
「なんと!!それは随分気に入られたのだな。どうだ?私の御庭番……」
「お断りします」
最後まで言ってない!!と周りが心の中で思わず突っ込んだのだが、サイイドは目を丸くした後に口元を歪めた。
「王族に仕えるのは不服か?」
「七つの世界の旅を終えていませんので」
「何ならお前の意中の相手との仲を取り持ってやってもいいぞ」
「……王族権限を振りかざせば折角回復した内臓がまた駄目になりますよ殿下。しかも今回は拷問に近い治癒も期待できないと思います」
冷ややかにアルフォンスが言い放てば、一瞬サイイドはあっけに取られたような表情を作ったが、直ぐに笑い出した。
「朱雀姫を所望か!!」
「先が短い俺を生かしたのがヒルダですから。俺の人生は彼女のモノなだけです」
「……朋友よ……」
「……は?」
「我が朋友よ……そうなのだ。生かされた者がその人生を捧げようと思うのはしかたがない事だ……お前は良くわかっている」
感極まったように語りだすサイイドにアルフォンスは困惑するのだが、何故か護衛は涙ぐんでいる様子である。若干怖い、そんな事をアルフォンスが考えていると、サイイドはガシッとアルフォンスの肩を掴み視線を合わせた。
「その様子だと私と心の友との事も聞いているのだな」
「……軽く、ですけれど」
そう返事をしながらちらっとアルフォンスは学園長に視線を送る。なんとかしてくれ、と助けを求めたものなのだが、流石に他国の王族相手なので無下にもできず困っているのだろう、小さく首を振った。付き合えと言うことだろう。
「軽くか。うむ、では私と彼らの出会いを……」
あ、これ長くなるやつ、と周りの面々が息を飲んだ中、アルフォンスは小さく首を傾げて言葉を放つ。
「恐れながらサイイド殿下」
「朋友よ。私の事をサイと呼ぶことを許す」
「……サイ殿下」
「殿下もいらん」
「サイ様」
「うむ!」
許すんだ!呼ぶんだ!!とフランツなど手に汗をかいて見守っているのだが、そんな心配に気が付かず、サイイドは満足そうに頷く。
「グラナート様からお伺いしましたが、国に学園を作る為の視察にいらっしゃったと」
「そうだな。兄上は忙しい!私が代理だ。この学園に通っていたのもあるがな!」
「お仕事の妨げになるのも申し訳ありませんので、お話は後日お伺いします。学園長の予定もサイ様の予定もあるのでは?」
しれっとお断りの文言をアルフォンスが吐き出せば、サイイドは一瞬瞳を丸くしたが、片手で顔を覆う。その様子に学園長などはぎょっとしたのだが、サイイドは声を震わせて言葉を放った。
「私の朋友は気遣いができる男……狂犬にも朱雀姫にもない優しさ……いや、彼らは彼らで正面から私と対峙してくれる強さの中にほんのりと優しさがあるのだが……」
気遣いではなく面倒臭いので先延ばしにしただけだと知っているフランツは思わず微妙な顔をしてしまったのだが、サイイドの護衛や側近はいささか安堵したような表情を作る。恐らく予定が詰まっているのだろう。
「では明日だ!!学園は休みと聞いている!!」
思ったより先延ばしができなかったとアルフォンスは考えたのだが、ヒルダの話には興味があると素直に頷いた。
それに満足そうな表情を作ったサイイドは己の隣に立つ側近に視線を送る。
「明日、朱雀姫の所へ行くのに同行させる。寮住まいか?」
「はい」
「恐れながら殿下。我々の馬車は目立ちますので、私が彼を迎えに行きます。少々歩いて頂くことになりますが、学生の方々を驚かせるのもどうかと」
遠慮がちであるがしっかりと助言をした側近の言葉にサイイドは頷くと、思い出したようにアルフォンスに尋ねる。
「朋友にはあだ名はないのか?」
「……は?」
「その隣の少年。お前は我が朋友をなんと呼んでいる?」
いきなり話を振られてフランツはどっと汗をかくのを自覚しながら口を開く。
「えっと……アルって呼んでます……」
「うむ、つまらんな!いや私のサイ呼びもひねりがないといえばないのだが、こう、狂犬とか朱雀姫とか格好良い二つ名はないのか」
朱雀姫はともかく狂犬を格好良い判定しているサイイドの感性に若干引きながら、フランツは頭を捻る。
「あとは……青狼でしょうか……」
「え?なにそれ知らない」
「お前に憧れてる女生徒が呼んでるの聞いたことある。何年か前に赤狼ってあだ名の人がいたらしくて……」
ヴォルフのことだろうとアルフォンスは直ぐに気がついたのだが、サイイドもグラナートの側近兼護衛は覚えていたのだろう、ぱぁっと表情を明るくする。
「セキロウ!!あやつは元気か?」
「元気にヒルダやグラナート様に振り回されています」
「そうか!あやつは赤かったからな!いや、狂犬の方が赤い上に土地神の加護が強いのだが、アレは狂犬の名が似合う。女神アリーセの前でだけ忠犬になるのがいい!!ギャップ萌えというやつだ!!」
俗っぽい言葉を使うのだなと考えながらアルフォンスは少しだけ考え込んだのだが、直ぐにその後放たれたサイイドの言葉に同意した。
「冷徹、孤高の朱雀姫が女神アリーセの前では雛鳥が如く柔らかな表情をするのも良い!!」
「それはわかる」
わかるんだ!!とフランツだけではなく学園長も思わず心の中で突っ込んだのだが、素早い同意にサイイドは満面の笑みを浮かべると勢いよくアルフォンスの肩を叩く。
「朋友はわかっている。いや、わかっているから朋友なのだな!!うむ!!折角のお前の気遣いを無駄にするのも忍びない!!仕事を終わらせることとしよう!!」
仕事を覚えていたことに側近はホッとして時間を確認する。押していると言う程ではないが、余裕はない。そんな表情をして学園長と側近は目配せをして頷きあい口を開いた。
「ではサイイド殿下。お楽しみは明日ということで」
「我が朋友・青狼!!しばしの別れだ!!明日は完全に私的な外出だ!!口調ももう少し親しげにせよ!!」
「はい」
とりあえず面倒臭くなったから頷いたな、そんな事をフランツは考えながらアルフォンスと一緒に頭を下げる。
そして気配が遠ざかったのを確認して、フランツは大きく息を吐いた。
「アル明日行くの?」
「行くけど」
「行くんだ!!」
「断る方が面倒臭そうなタイプじゃない?」
「あー、それは……そうかな」
他国の王族ではあるが少なくともアルフォンスに対しては気安く対応している。恐らくよほどの事がなければ不敬も問われないだろう。ただ、少々思い込みが激しいようにフランツには思えた。
「……アル大丈夫?」
「何が?」
「いや、俺は対峙してるだけで汗かいたんだけど」
ニギニギと手を開いたり閉じたりするフランツの様子を眺めてアルフォンスは首を傾げる。緊張するというのはなかったのだが、どちらかと言えばテンションが低めのグラナートに対してもあの感じなのだろうかと言う事が気になった。心底嫌そうな表情をしているグラナートを想像して思わずアルフォンスは笑った。




