05
その後ヴォルフとアルフォンスが学園へ行けば学園長は泣いて魔具の事を喜び、書類の方も直ぐに整える。一応親への連絡に関してはヴォルフの提案通り少し様子を見てからと言う話に落ち着いた。
そして学園に初めて眼鏡をかけていけば珍しそうに顔を眺められたが、クラスメートの一人に声をかけられた程度。眼精疲労が酷かったと伝えればクラスメートは納得したように似合ってると人懐っこい笑顔をアルフォンスに向ける。眼鏡をかける人間は今どき珍しくもないし、装飾品の一部とさえ扱われているのだ。
一週間の間ほぼ頭痛に襲われることもなく、試しに寮で眼鏡を外して少しの時間過ごしてみたが、短時間なら頭痛も起こらないらしい事にアルフォンスは気がつく。ただ、ヒルダが少し言っていたように、あくまでレンズを通しての視覚情報を制限する機能らしく、眼鏡をかけたままでも顔とレンズの隙間からの視覚情報は今まで通り覚えてしまう。けれど今までより負荷は格段に下がっているのをアルフォンスは感じる。
魔具の始祖たるノイ一族。
始まりは浄水魔具。
その販売権をミュラー商会が獲得し、国の後押しもあり一気に国内にその名を轟かせた。そして、温水魔具、温熱魔具等、平民貴族問わず生活水準を上げる魔具が広がって行ったのだ。
アルフォンスが生まれた頃に流通し始めたのだが、それでも初期は魔法とは神の福音であると説く神殿は擬似的に魔法を扱えるようになる魔具は神への冒涜だと反発した。熱心な信徒である貴族や神殿は魔具の導入をかなり渋ったのだが、隣の村では贅沢であった風呂に毎日入れるのに、綺麗な水を飲めるのに、と領民の反発があり渋々導入する羽目になるのだが、結局便利なモノを一度手にしてしまえば熱心な信徒であっても手離し難かったらしく今や浄水魔具と温水魔具に関しては見ない地域の方が珍しかった。
そしてそれに伴い公衆衛生の底上げ予算が国から投入され、上下水道もかなり整備される事となる。
けれどそんなノイ一族自体は基本謎が多い。
元々は魔物を狩る傭兵集団であったのだが、現国王がまだ王子であった時に寵愛され、爵位を得たと言う。はじめこそ他の貴族の反発もあったのだが、魔具と言う奇跡の道具、そして、爵位を与えたのは他国へ流れてしまわないようにという事だと彼らが気がつくのにそう時間はかからなかった。
全く政治に興味がなく、魔物が多くまともに運用できていなかった南の国境沿いの土地を望んだ。そして延々と魔物を狩り続け、魔具を作り、国王に呼ばれれば中央にやってきていくつか魔具を紹介して置いていく、そんな一族。
ミュラー商会会長が何とかノイ伯爵を口説き落として魔具を流通させ、その名が有名になってもかの一族は変わらず勝手に過ごしていたのもあり、政敵になり得ない、放っておいても狩り場さえ与えておけば金の卵を生み出すので寧ろ余計な事をしないほうがいいと他貴族も察するようになっていく。
そんな中、ヒルダ・ノイ伯爵令嬢は、ミュラー商会の娘と懇意にしているのもあり、基本ノイ伯爵家への交渉の窓口になっていた。
けれど、ノイ一族の中では社交的なだけで、本質はノイ一族である。貴族らしからぬ令嬢だと陰口を叩かれる事もあるが、本人は気にしておらず、自由に過ごしており、いつも親友夫婦か赤狼と一緒にいる。
アルフォンスがヒルダに再度会いに行くまでに調べたり、噂話を聞いたりした情報はこの程度である。恐らく赤狼とはヴォルフの事だろうと察する。
そんな彼女が何故自分にとは今でも思うのだが、仕様、とヴォルフがいい切ったのもノイ一族のことを知ればそんなもんかとアルフォンスは考えた。貴族として規格外なのだと。
彼女に会う約束の前日は早めに就寝することにしたアルフォンスであったが、ベッドに入るとゆっくりと思考を巡らす。
年齢的には五つ程年上なのだが、落ち着きが無く、アリーセや魔具の事を話す時はやたらと早口になる。そしてヴォルフのフォローが無ければ恐らく延々と楽しげに自分の好きなことを話続けるのだろう事が予測できて思わずアルフォンスは口元を緩めた。
***
「ようこそいらっしゃいました」
この人が眼鏡をヒルダに譲ったのかとぼんやりと考えながらアルフォンスは目の前に立つミュラー伯爵家の家令に視線を送った。
乗合馬車に揺られ訪れたミュラー伯爵邸は思ったよりも大きなもので若干気後れしたが、門番に名乗れば直ぐに案内される。
「ただいまヴォルフ様をお呼びしています」
「はい。これ……」
眼鏡のフレームだけで良いと言われたのだが、普段余り訓練以外で外に出ないアルフォンスが外出することに気がついたクラスメートがしつこくどこに行くのか聞いてきたので、知り合いに会いに行くと言った所、手ぶらで!?家に行くなら手土産持ってけヨ!!と驚いたように言われたので、その男の勧める店で菓子を買ったのだ。
手土産は家令から侍女に渡されたのだが、その後家令がじっと己の顔を眺めるのでアルフォンスは不思議そうに声をかけた。
「何か?」
「いえ……こんなにお若い方とは思わず……古めかしい眼鏡をお渡ししてしまったと」
詳しい事は聞かされず、魔具を作成する材料にするので使っていない眼鏡をくれと言われて、適当に渡したのだと申し訳無さそうに家令に言われれば思わずアルフォンスの口元は緩む。
「ヒルダに似合ってるって言われたから大丈夫。すごく助かってる。ありがとう」
礼を言えば家令はホッとしたように表情を緩めた。そしてヴォルフが階段を降りてくる。
「お、早ェな。学園は?」
「今日は昼まで」
「そうか。そんじゃ行くか」
そして案内されたのは離れの一つ。
中に入れば使用人の気配はなかったのだが、奥の部屋から何やら物音がしていた。
「おいヒルダ。入んぞ」
遠慮なく開けられた扉の中を覗き込めば、作業場、と言う表現が相応しい雑多な空間が広がっていた。積まれた紙、転がる工具、棚に並べられた素材。
ズボン型の作業着を着たヒルダが振り返るとヴォルフは呆れたような顔をする。
「坊主来んのわかってんだから着替えとけよ」
「直ぐにレンズ加工するんだから面倒でしょ?フレーム持ってきた?」
アルフォンスが頷いて持ってきた眼鏡を渡す。二本。今つけている家令の眼鏡よりフレームが細いものが今は流行りだと店員にすすめられたのでそれを買ってきたのだ。
「うん。大丈夫。カットだけでいける」
そう言うとヒルダはあっという間に眼鏡のレンズを外し、作業台の上にある透明の板にフレームを当てると早速作業を始めた。
「どんくれーかかんだ」
「三十分」
「坊主、庭で先にお茶しとくか?暇だぞ」
「作業見てたいんだけど邪魔?」
「大丈夫だろ。集中してっと周り見えねぇし」
見学許可をだしたのは既に作業に入っているヒルダではなくヴォルフ。彼の言う通りヒルダは既に己の世界に没頭しているのか忙しなく手を動かしている。
そんな彼女の背中を眺めていたアルフォンスは、ふと棚の方へ視線を送った。いくつかは見覚えのあるモノであったのだ。
「あれ一角うさぎの角?」
「そーだな、そんでその足元のバケツに入ってんのは飛竜の鱗」
思わずアルフォンスがぎょっとして足元に視線を落としてしまったのもしかたがないだろう。飛竜といえば発見され次第大掛かりな討伐軍が組まれるような魔物なのだ。
その鱗を一つ無造作にヴォルフがつまみ上げアルフォンスの眼の前にそれを持ってきた。
「どっちかってと粉にして魔物素材の保護膜だかを作るのに使うんだと。魔具の中で他の素材と干渉し合わないようにとかそんなん。たまに粉にする手伝いしてんだ」
「へぇ。そもそも魔具って誰でも作れるものなの?」
「魔術刻印刻めりゃ作れる。まぁ、ノイ一族は割と刻めるやつ多いらしいんだけど、中央の魔具研究所では今んとこ魔具作成できるレベルは十人程度か?向き不向きはあるみてぇだな」
「詳しいね」
「ノイ伯爵家の魔物討伐部隊は殆ど魔具工房の人間なんだよ」
学生の頃からノイ伯爵領の魔物討伐部隊に出入りしていたヴォルフはそこで魔具の話を嫌という程聞かされ人よりは詳しくなったと言う。
そもそも魔物を狩る傭兵集団であったノイ一族。当時頭領であったフレムデと言う男が集団をまとめて各地を流浪していたのだ。魔物を狩るのは魔具の素材を集めるため。血の濃い薄いはあれど、現在ノイ伯爵領に住むのは、フレムデと同じ血統の者ばかりだと言われれば、アルフォンスは納得したように頷いた。
例えば魔法も家系的に系統が偏る事はよくある話なので、いわば魔術刻印を刻む能力はノイ家の血統に出やすいのだろうとぼんやりと考える。ただ、出やすいだけで、他の家系に出ないわけではない。そして出たとしても伸ばす環境が恐らく必要なのだろう。それは魔術師の家系でもよくあるのだ。技術研磨のノウハウがその家系に蓄積されている。
フレムデが頭領になるまでは複数の魔物素材を組み合わせる魔具は無かったらしい。水の不純物を取り除く魔具、熱を発する魔具など、魔物素材の特性を使った単純なもの。それを複数組み合わせて今の魔具を作った天才フレムデ。
「まぁ、刻印刻めても、複雑な命令系統になると技術いるらしくてよ。みっしり書き込むのにくっそ細い刻印刻むの考えただけで頭痛くなる」
そう言いながらヴォルフは己が下げていた首飾りの尖った部分で飛竜の鱗の表面をなぞる。すると先端に小さな魔力が宿り、直線でできたシンプルな模様を一筆書きで書き上げた。
「ヒルダなら同じ刻印をこの鱗に百倍以上刻める」
「ヴォルフさんもできるんだ」
「俺の場合は土地神のお守りが補助にいるけどよ。討伐隊のおっさんが覚えろってうっせぇから覚えた。まぁ、刻めるのはこれだけだ。ほら、やる。気休めのお守りだけど」
練習をすれば一応できるようになるのかと感心しながらアルフォンスは渡された鱗に視線を落とす。もうあの光でできた模様は見えない。きっと自分が今かけているレンズにも同じように魔術刻印が施されているのだろうと考えて、ヒルダに視線を移した。
既に一本目の眼鏡はできあがっているので、作業台の端に寄せてあった。そしてヒルダはヴォルフと違って土地神のお守りとやらの補助は不要なのだろう、指先でレンズをなぞっている。
「討伐部隊って誰でも入れるの?」
「正規組はノイ伯爵家が雇ってっからそっちの許可あれば入れるんじゃねぇの。たまに流しの冒険者とかも一時協力とかでいるし、俺やグラナートは学園の長期休暇ん時だけ行ってた。興味あんのか?」
「……あんま長生きする予定無かったから、先の事考える必要性が出てきた」
魔眼保持者は長生きできない。それを知っているヴォルフは思わず顔をしかめる。ヒルダの魔具が今のところ問題なく動いているので彼は人生の先を考える必要が出てきたのだろう。ただ、その表情に例えば喜びがあるとも思えなかった。
「お前の成績なら騎士団もいけんだろ。次男坊なら騎士団に入って騎士爵ってなりゃ貴族の令嬢も嫁さんにできる」
「ヴォルフさんは騎士団入ってないよね」
「俺は元々グラナートと辺境兵になる予定だったからな。ゆくゆくは平民前提で育ってた。結局アイツが婿養子になったからこっちに引っ張られただけだしよ。あんま貴族社会も得意じゃねぇんだ」
ヴォルフが元々気安いのもあるが、ヒルダとそれなりに上手くやっていけているのはお互いに貴族らしくないからだろうとアルフォンスは納得する。
「まぁ、騎士団に馴染めなかったとかなら俺がノイ伯爵に口添えしてもいいけどよ」
書類の友人欄が空欄だったのを思い出してヴォルフがそう言ったのは、伯爵子息ならば恐らく第一騎士団に入ることになると思ったからだ。平民や下位貴族は魔物討伐を主とする第二騎士団に入る事が多い。そちらなら身分による上下関係よりも腕っぷしの方を重視されるのだが、第一騎士団になれば寧ろ身分の方が優先されることも多い。
伯爵家と言ってもアルフォンスの家はノイ伯爵家やミュラー伯爵家と比べれば下位になるし、基本領地運営をメインにしているのもあり中央へのコネもないに等しい。
「困ったらお願いする」
「おう」
「あと、さっきの魔術刻印も教えて?」
「はぁ?興味あんのか?」
「俺にもできるのかと思って」
「土地神のお守り持ってっか」
「うちは土地神祀ってなかった」
「まじか。まぁ、辺境は割とガッツリ目に祀ってっけど、中央に近いほど神殿のほうが祀られてるか」
土地神は文字通りその土地や、その土地にいつく一族を守る神である。辺境であれば赤い狼。
土地神を熱心に祀る土地では、子どもが七歳になった時に枕元に土地神からの贈り物が置かれる風習があるのだ。ヴォルフが持っているのは赤狼の牙……と言われている。実際は土地神などヴォルフは見たことなかったし、この牙も風習的に親が子どもへの贈り物として準備したものだろうと思っていた。
「神殿へも熱心て程じゃなかったけど。うちの親は特に」
「へぇ」
「この魔眼が神からの祝福だとか神殿が言い出したからあんま好きじゃないみたい」
「寧ろ呪いだろ」
思わずヴォルフが呆れたように言葉を放ってしまったのもしかたがない。ろくな死に方をしないと約束されたような能力。ヒルダに出会わなければ実際そうなっていたかもしれないのだ。それを祝福だと言われて怒ったアルフォンスの両親は子どもを大切に思っていたらしいことが察せられた。
「そんじゃ補助使えねぇからちゃんと工房のおっさんかノイ一族に教えてもらった方がいい。まぁ、お前魔力制御うまそうだし、出力もできそうだから俺よか向いてると思う」
魔術師に幼少の頃から仕込まれた技術が役に立ちそうだ。そんな事を考えながら、アルフォンスは貰った鱗をポケットに大事にしまった。




