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【本編】伽藍洞の君と朱の姫  作者: 蓮蒔


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4/21

04

 その日アルフォンス・ランゲは授業が終わったあとにあの場所に行くか少しだけ迷った。普通に考えれば不審者である。けれど初対面で己の魔眼を指摘してきたところをみると恐らくそうは見えなかったが魔術師か、魔力を見る事ができる人間であろうことは察した。

 映像記憶の魔眼に気がついたのは、兄が一度読んだだけで本は暗記できないと言ったことだった。それが普通だと思っていたアルフォンスは、そこで初めて自分は他と違うのだと自覚したのだ。

 一ヶ月前の朝食も覚えていない、本は何度も読んで漸く暗記する、それが普通なのだと。では自分は何なのか。

 そんな中、息子の心配をした彼の両親が辺境から退役軍人である魔術師を連れてきたのだ。そこで魔眼持ちであることが判明した。

 人の良かった魔術師はあちこちから魔眼の資料を集め、何とかアルフォンスの魔眼を制御できないかと手段を探してくれていた。ある程度は魔術制御で抑えられるという事が判明したのだが、それも映像記憶の魔眼に対しては気休め程度である。魅了や石化等ならそれでも十分だったのかもしれないが、視界に入るものを脳に無意識に焼き付ける映像記憶の魔眼対策としては不十分であったのだ。

 歳を重ねるごとに酷い頭痛に苛まれたが、学園に入る年齢まで発狂せずに済んだのは、かの魔術師のお陰だろうとアルフォンスは思っていた。

 恐らく長く生きる事が期待できないと思われる自分が、嫡男スペアとして役割を果たせないと言うのに学園に入る意味はあるのかとも思ったのだが、両親や彼の兄がせめて普通の生活をと望んでいるのも気がついていたので言われるままに学園に入ることにする。

 武芸を選んだのは、魔眼に関係なく身体を動かすというのが鍛錬を重ねることで上達するのが面白かったからである。本など一回読めば記憶できてしまうので、勉強はできたが面白いと感じることはなかった中、唯一アルフォンスが自主的に始めたことだった。


「……そもそも本当に来るのか?」


 茶色い髪の女。日の光に当たると黄金色に見えた瞳。

 格好から自分より年上の貴族令嬢に見えたし、自分に詫びてきたのは恐らく彼女の護衛か何かだろうとアルフォンスはぼんやりと考える。

 来なければ来なかったでいいか、そんな事を考えながらアルフォンスは指定された場所へ移動した。



 広場は待ち合わせ場所として使われているので基本人が多いし設置されているベンチも埋まっている事が多いのだが、運良く空きがあったのでアルフォンスはそこに座って本を広げる。

 歴史の教科書。配布された時に一気に読まず授業の進行に合わせて開いていたそれにアルフォンスは視線を落とした。

 鈍い頭痛はいつもの事。覚える事より忘れることが人には必要だと魔術師は言っていた。嫌なことや、恐怖を感じたこと、些末なことを忘れることで人は生きていけるのだと。それができないアルフォンスは心的外傷を作りやすいので気をつけるようにと言われたが、どうやって気をつけろと言うのかと彼は問いたかった。ただ、習った魔術制御のお陰か今のところ致命的な心的外傷は負っていない。


「はい。これかけて」


 己の顔と本の間に突如割り込んできたのは眼鏡を握った手。

 驚いてアルフォンスが顔を上げるとそこには昨日の女が立っていた。


「眼鏡?」

「そう」


 意味がわからないと言うようにアルフォンスは思わず眉を寄せたが、眼鏡を受け取るとそれをかけた。

 瞬間。

 一気に鈍い痛みが引いて彼は瞳を見開く。

 その反応に彼女は満足そうに笑うとアルフォンスの持っていた本を手に取り彼の開いていたページを何枚かめくると、それを彼の眼の前に突き出す。そして直ぐに閉じた。


「上から三行目」

「……覚えてない」

「五頁目の下から三行目は?」

「……リーニエ王国における創世記・三章を参考にした考察」


 ニィっと笑った女の顔は己の魔眼を当てた時のような満足そうな表情であった。そしてアルフォンスは己が「覚えていない」という返事をする事になったのに戸惑った。


「どうだヒルダ」

「とりあえずは機能してるわ!!でもやっぱりレンズを通さないと駄目ね。左右上下がフォローしきれてない感じ。古龍の卵の方が絶対に良かったわ」

「いや、素材ねぇだろ。十年前にノイ伯爵が狩っちまってそれ以降出てねぇし」

「他国でも?」

「さぁ。グラナートかアリーセ様の方が詳しいだろ。つーか絶対取りに行くとか言うなよ。俺がつきあわされんだからな」

「それが貴方の仕事でしょ?」

「俺の仕事はグラナートのお目付けなんだよ!!」


 ヒルダと呼ばれた女と赤毛の男の会話をぼんやりと眺めていたアルフォンスは、少しだけ考え込んだ後に口を開いた。


「ヒルダ・ノイ伯爵令嬢?」

「そうよ!貴方はアルフォンス・ランゲ伯爵令息ね。赤狼(せきろう)が調べてくれたわ」

「セキロウ?」

「この男よ。赤いし狼っぽいでしょ?主人は狂犬だけど」

「ノイ伯爵家って事は、これは魔具……ですか?」

「口調は普通でいいわよ。私も貴族的対応好きじゃないし。名前も呼び捨てでいいわ」


 家の格こそ同じ伯爵家であるが、魔具の始祖であり王家の覚えがめでたい一族、しかも年上の令嬢にそれはいいのかと思ったアルフォンスが、赤狼と呼ばれた男に視線を送ると彼は呆れたように口を開いた。


「公的な場所じゃねぇし構わねぇんじゃねぇの。言っちまえば俺も子爵令息だけどこいつにタメ口だし。俺はヴォルフ・ベラーター。口調が雑なのは許してくれ」

「はい」


 戸惑いながらアルフォンスが頷くとヒルダは満足そうに笑う。


「それで。どう?レンズ越しなら大丈夫そう?古龍の卵があれば空間を……」

「待てヒルダ。とりあえず移動」

「えぇ?」

「話長くなんだろ。店予約してっからそっちに移動してからだ。坊主、時間は大丈夫か?」

「大丈夫」


 早口で話し始めたヒルダを慌ててヴォルフが止めると、彼女は不服そうな顔をしたが渋々と言ったように案内された店へ移動する。人気の喫茶店であるのだが個室も予約すれば使えるという話をアルフォンスは学園で聞いていた。

 注文した品が届くまで奇妙な沈黙状態であったのだが、店の人間が出ていくとヒルダが口を早速開く。


「メニュー表に書かれていたアイテムは思い出せる?」

「飲み物は大体。他は覚えてない」

「お。ちゃんと魔具仕事してんのか」

「そうよ!!でもやっぱり素材をもっと吟味して……」

「待てヒルダ。とりあえずは坊主の質問からだ」

「質問?」


 不思議そうな顔をしたヒルダに対しヴォルフは呆れたような表情を作ったが直ぐに口を開いた。


「お前は坊主の事知ってっけど、坊主から見たらお前は不審者だ」

「あ、そうなの?」

「名乗ってねぇわ、いきなり魔具押し付けるわ不審者全開以外のナニモノでもねぇよ」


 常識と良識をヴォルフが持っていた事にアルフォンスは少し安心したので、ヒルダに視線を向けて口を開いた。


「先にいい?」

「いいわよ!」

「この魔具は魔眼封じ。俺が受け取っていいってこと?」

「そうよ。貴方のために作ったんですもの」

「金額は?」

「金額?」


 首を傾げたヒルダに対しアルフォンスは、浄水魔具等の庶民生活に関する魔具は国からの補助があるので比較的安価であるが、貴族などが道楽で手に入れる魔具などは高価であることを話す。となれば自分で支払える金額であるのか、ということを聞きたいと。


「フレームはミュラー伯爵家の家令から使ってないの貰ったし、素材も在庫のものだからお金はいいわよ。貴方は眼鏡顔だからよく似合ってて良かったわ」

「……人件費は?」

「私が夜なべして作ったから無料ね!もう少し時間があれば素材の強度と機能のギリギリのラインを狙った薄いレンズまで磨き上げられたんだけど。赤狼が貴方は武芸授業取ってるって言ってたから顔面に剣を受けてもレンズが割れない強度を最低限に……」

「いやまて、顔面に剣受けたら頭とフレームが先に割れんだろ。強度はそこまでいらねぇんじゃねぇの」

「そう?じゃぁやっぱり次は機能ギリギリの薄さを目指して……」


 確かにヴォルフの言う通り頭が先に割れるとアルフォンスは思ったのだが、突っ込むべきはそこではないと思い二人の会話に口を挟む。


「次?」

「そうよ。一つじゃ心もとないでしょ?眼鏡屋で好きなフレーム買って持ってきなさい。二本ぐらい。一週間後。わかった?」

「……なんで?」

「え?」

「ヒルダがそこまでする意味がわからない。そもそもなんで俺に声かけたの」


 知り合いだったわけではない。少なくともアルフォンスの記憶にヒルダの顔はなかったのだ。


「アリーセに似てたから」


 紅茶を飲みながら放たれた言葉にアルフォンスは首を傾げたが、ヴォルフは眉を寄せる。


「似てねぇだろ。お前グラナートにぶっ殺されんぞ」

「アイツが知らない私が初めて出会った頃のアリーセよ。あ、アリーセは私の幼馴染で女神なの。男の趣味は微妙だけどすっごく可愛くて、大好き」

「アリーセ・ミュラー小伯爵夫人?」

「やだ、アリーセ有名なのね。仕方ないわね。可愛いもの」

「ちげーよ。ミュラー商会の後継だから有名なんだろ」


 突っ込むヴォルフにヒルダは口を尖らせたのだが、似ていない、とヴォルフがいい切ったのが気になりアルフォンスは言葉を放つ。


「似てないってヴォルフさん言ってるけど」

「世の中に全然期待してないし、自分は別にいついなくなってもいいだろうって感じが似てるわ」

「絶望してんのか?」

「絶望?違うわ。どうでもいいの。全部。絶望なんて期待してるからするものでしょ?そんな感情すらない。伽藍洞。違う?」


 意味がわからないと言ったような表情でヴォルフが放った言葉をヒルダは即座に否定すると、アルフォンスに視線を向けた。

 それを受けた彼は深い藍の瞳を細めて口を開く。伽藍洞。その言葉が少し引っかかったのだろう。


「……投げやりってこと?」

「それも違う。ただいるだけ。ただ生きてるだけ。目標も、希望も、夢もなく。全部希薄。何かに執着するとかないでしょ?」

「ないと思う」

「でしょ?まぁ、それと単純に私が魔眼封じの魔具を作れると思ったからかしら。作りたいから作ったの。もっと素材を厳選して改良したいわ」


 ヒルダの言葉にアルフォンスは思わず納得できないと言うような表情を作ったが、ヴォルフの方はと言えば気の毒そうに眉を下げて申し訳無さそうに言葉を放った。


「ノイ一族の仕様だと思って諦めてくれ」


 仕様、等と予想できない言葉がヴォルフの口から飛び出したことにアルフォンスは少しだけ驚いたような表情を作ったが、小さく首を傾げてヒルダに視線を向ける。すると彼女は何を思ったのか満面の笑みを浮かべた。


「他に質問は?」


 先程の回答で問題がないと完全に思っているのだろうヒルダの言葉。なるほど、仕様、そう考えてアルフォンスは藍色の瞳を細めた。


「二本目以降の眼鏡も無料?」

「そうね!できれば使用感とか、不便なところとかレポートがあれば嬉しいわ」

「わかった。一週間後に持っていく」

「いい子ね。それじゃぁまた一週間後!」


 立ち上がったヒルダに慌ててヴォルフが声を掛ける。


「俺は学園よってくから馬車で先に帰ってくれ」

「なにか用事?」

「魔具の持ち込み許可書に仕様書いんだよ。一応重要書類だからな、グラナートから直接渡すように言われてる」

「狂犬はホント細かい男ね。それじゃぁ後で馬車を学園に回すようにするわ」


 さっさと出ていくヒルダをヴォルフはひらひらと手を振って見送る。そしてすっかり冷めた紅茶を一口飲むとアルフォンスに視線を送った。


「悪ぃな。普段はもう少しまともに人と喋るんだけどよ。今日は新しい魔具のせいでテンション高かったから一方的だった」

「……社交できるんだ」

「ノイ一族の中では一番マシだな。アリーセ様の為に必死こいて社交覚えたらしくてよ。他になんか質問あったら答えられる範囲で答えっけど」


 書類提出も無論彼の仕事なのだろうが、恐らく一方的なヒルダのフォローをする為に残ったのだろう事を察してアルフォンスは考え込む。


「ヴォルフさんはヒルダの婚約者?」

「アイツと結婚しろって言われたら俺は辺境に帰るし、アイツも俺を消し炭にすんじゃねぇの。今ん所ヒルダは結婚する予定はねぇとおもう。まずそこかよ」

「婚約者がいたら屋敷訪ねるの遠慮する」

「それもそうか。つーか、屋敷はミュラー伯爵家のタウンハウスな。離れに住み着いてる」

「……俺がヒルダに会いに行って大丈夫なの?」

「門番と家令に伝えとくから大丈夫だ。フレームだけ持って来りゃいい」

「魔具の扱いで注意することは?」

「盗難位ェか?まぁ、魔眼持ちじゃねぇと意味ねぇし、類似品も作れねぇだろうからあんま神経質になる必要はねぇけど、コレクターもいるらしいしな」


 生活に密着した魔具等は比較的よく見るのだが、ミュラー商会の流通にのっているものでも、数が少ないものはコレクターが高値で買い集めていることもある。盗まれるだけならともかく、眼鏡という身につけるアイテムなので暴行後に無理矢理と言う恐れもあるのだ。そんな物騒な話も一応ヴォルフが付け加えると、アルフォンスは小さく頷いた。


「あと、学園にはお前も来てくれ。書類一緒に作っちまったほうがいいしよ」

「……一応家族にも魔具の話したいんだけど」

「そーだな。とりあえず一週間位ェつけてみて、魔眼がちゃんと封じられてるの確認してからにしろ。糠喜びさせても可哀想だしよ。まぁ、最悪ノイ伯爵が改良してくれるだろ」

「ノイ伯爵?ヒルダの父親?国王陛下に献上する魔具しか作らないんじゃないの?」

「おう。変人だけどよ、可愛い娘が魔具の改良頼めばやってくれんだろ。家族にくっそ甘いしよ」


 そう言いながらヴォルフが立ち上がったので、アルフォンスはそれについて店を出た。

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