03
三年程前。
買い物に出かけたヒルダに護衛としてついていったヴォルフは、突然彼女が走り出したので慌てて追いかける。貴族令嬢が走るなど考えられないのだが、ヒルダは奇人・変人の多いノイ伯爵家の人間なので常識の枠から飛び出すことがしばしばあるのをヴォルフは知っていた。
「貴方!!それ大丈夫なの!?」
ヒルダが腕を捕まえて足を無理やり止めていたのは学園の制服を着た少年……否、体躯は細めであるが身長を考えれば青年に近いだろう、藍色の髪を持った学生だった。
「は?」
不審者に向けるような視線を彼はヒルダに向けたのだが、それに構うことなく彼女は更に言葉を続ける。
「魔力垂れ流しだけど」
「……」
「おい!!ヒルダ!!いきなりびっくりすんだろ!!」
ヴォルフが声をかければ、学生は漸く言葉が通じる人類に出会えたと言うように僅かに縋るような視線を彼に送る。
しかしそれに気が付かないのかヒルダは学生の腕を掴んだまま、覗き込むように視線を合わせて僅かに眉を寄せた。
「魅了……未来視……石化……精神感応……透視……」
ぶつぶつと小声で呟くヒルダに対して困惑の色を滲ませた表情を学生はしていたのだが、彼女の唇から放たれた単語の一つに僅かに身体を硬直させる。
「……映像記憶」
その反応を見逃さなかったヒルダは、ニィ、っと口端を上げるとその黄金色の瞳を細めた。
「映像記憶の魔眼」
「……っ」
ヒュッと学生が息を飲み込む。その反応に満足したのかヒルダは彼の腕を漸く放すと地面を指差し口を開いた。
「明日。同じ時間。ここに来なさい」
「は?」
そう言い放つとヒルダは踵を返して来た道を戻ってゆく。それを呆然と見送る学生。ヴォルフは一瞬次の行動に迷ったのだが、学生に駆け寄ると小さく詫びてからヒルダの背中を追いかけた。
馬車に乗り込んだヴォルフは先に乗り込み完全に自分の世界に入り込むヒルダに視線を送りながら、御者にミュラー伯爵邸に戻るように指示を出す。そして馬車が動き出すと呆れたようにヴォルフは口を開いた。
「あの坊主がどうした」
「あの子あのままだと早死するわよ」
「はぁ?まじか!?え!?あ、魔眼がどうって……」
「そう。魔眼の中でも映像記憶の魔眼は脳と精神への負荷が激しいのよ」
「……辺境でも親父世代に魔眼持ちいたらしい」
「え、そうなの?」
「あぁ。相手の考えてることわかるとかそんなんだったんじゃねぇかな。多分グラナートが詳しい」
グラナートは四男であったが、二番目と三番目がドロップアウトしたために繰り上げで辺境伯嫡男のスペアとして扱われていたのだ。
嘗て辺境では珍しく魔眼持ちの人間が生まれた。それはヴォルフ達が生まれる前の話なのだが、その壮絶な死は辺境に暗い影を落としたのだ。
貴族社会の嘘と欺瞞。それに耐えられず、長い引きこもり生活の後に自ら命を断つことを選んだ男。
その時にグラナートの父親である辺境伯はその男を助けようと魔眼の資料をあれこれと集めたのだとヴォルフは聞いていた。その資料はおそらく辺境伯に継がれて行くのでグラナートも把握しているだろうと。
その話を聞くとヒルダは僅かに瞳を細めて、不機嫌そうに口を開く。
「あの子魔力制御で無理矢理魔眼の力抑えてる。でも多分負荷が凄いんじゃないかしら。寝てるとき以外ずっと精密作業してるようなものですもの。摩耗するわ」
「まじか……え?それお前が何とかできんのか?」
「映像記憶なら多分封じる魔具作れると思う」
なら、と条件付をヒルダがしたので総ての魔眼を封じるものではないとヴォルフは察する。けれどあの学生はヒルダの魔具で魔眼が抑えられるかもしれないと言われれば思わず息を吐き出した。流石に早死すると言われれば見ず知らずの相手でも気になるし、年齢は自分よりも若い。嘗ての辺境伯もこんな気持で魔眼を封じる方法を探したのだろうかとヴォルフはぼんやりと考えた。
そして屋敷に戻ると早々にヒルダが工房に籠もったので、ヴォルフはそのままミュラー伯爵邸の執務室へ向かった。
そこにいたのはグラナート・ミュラー小伯爵。夫人であるアリーセは恐らくこの時間なら息子を抱いて庭の散歩をしているだろうとヴォルフは一瞬視線を窓の外に送る。しかし残念ながら姿は確認できなかった。
「どうした」
ヒルダと出ていたのを知っているグラナートはトラブルでもあったのかと思ったのだろうヴォルフに話を促す。
そして彼の話を聞けば僅かに眉を寄せた。
「珍しいな」
「魔眼持ちはあんま聞かねぇな」
「そっちじゃねぇよ。あの女がアリーセ以外の事で動くのが珍しいって言ってんだ」
「いや、流石にガキが早死するの見過ごさ……いや、見過ごすかあの一族は」
「そうだな。あんま外に興味向かねぇからなノイ一族は。アイツは特にアリーセだけだったしよ」
好きか無関心かの極端な一族。家族と大切な人と魔具作成だけに心血を注ぐ歪んだ人間性。それをグラナートはよく知っていた。
「で。どこのガキだ」
「あ、名前聞いてねぇわ」
思わず頭を抱えたヴォルフを眺めグラナートは呆れたような表情を作る。付き合いが長すぎてヴォルフもヒルダの奇行に慣れすぎてしまったのではないかと考えながら小さく机を指で叩いた。
「学園行って来い」
「はぁ!?今からかよ!!」
「学園長はまだいんだろ。一応独身貴族令嬢を預かってるって体裁だからな。おかしな男近づけられねぇし、ましてや一品物の魔具渡すんだ。素性位知っとかねぇとあとが面倒だろ。まぁ、ノイ一族は人を見る目だけはあっから大丈夫だとは思うけどよ」
ノイ伯爵令嬢を預かるミュラー伯爵家として、そして魔具を扱うミュラー商会として素性を把握しておきたいと言うことだろうと納得してヴォルフは頷いた。
「明日の受け渡しもついてけ」
「そりゃそのつもりだけどよ……ヒルダに注意しとくことあっか?」
「別にねぇよ。俺の言うことなんざ聞かねぇだろ。アリーセに関係なきゃアイツが何しようが俺は興味ねぇし」
同族嫌悪以外のナニモノでもないな、そんな事を考えながらヴォルフは己に課された指令をさっさと片付けようと学園へ向かった。
***
ヴォルフからの先触れがあった学園長は資料を準備して待っていた。恐らく中央学園の生徒だろうと言う前置きでの問い合わせと面会希望の連絡。
アルフォンス・ランゲが魔眼持ちである事を学園長は把握していた。入学の際にランゲ伯爵が自ら中央に赴き次男である彼の事を頭を下げて頼みに来たのだ。
先が短い息子にせめて平穏な学園生活をという親心を感じた学園長は、家族や本人の希望通り魔眼持ちであることは伏せたままの入学を許可した。しかしながらそれはあくまで生徒に対してであり、彼が魔眼要因の体調不良等に至った場合の対処の必要があるために教師や医務室に詰める治癒師等にはきちんと事情を話している。
「お久しぶりです学園長」
「あぁ。卒業以来かな?堅苦しい口調は崩して構わないよ。君も苦手だろう」
学園長の言葉にホッとしたようにヴォルフは表情を緩める。
「君の探している学生はアルフォンス・ランゲ伯爵令息。指摘の通り映像記憶の魔眼持ち」
「学園も把握してたんっすか」
「魔眼持ちは珍しいし、何かあった時に対処も必要だからね」
そう言いながら学園長は黒い表紙の束を開く。それが学園における要注意人物をまとめたものだとヴォルフが知っていたのは、彼が嘗てそこに名簿を挟まれていたからだ。要注意人物と言っても、例えば入学早々第二王子の護衛に絡まれた際に血祭りにあげたグラナートとその側近のヴォルフ等の分かりやすい問題児以外に、第二王子、王太子妃等の王族に連なる者等はばは広い。
「実技の選択は武芸」
「武芸?魔術師じゃねぇのか?」
「魔力量は人よりやや多い位でね。どうして?」
「いや、ヒルダが魔力制御で無理矢理魔眼押さえつけてるって言ってたからよ」
「あぁ。ならそちら以外に魔力を回せないのかもしれないな」
魔力というのは人間誰しも持っているものである。生粋の辺境兵として鍛えられていたヴォルフにも魔力自体はある。そんな中、例えばヒルダの様に魔力を出力することができる人間が魔術師になれるのだ。人によっては抱える魔力容量は多いが出力できずに魔術師への道を断念するものもいる。
「そんで話ってのは、その魔眼封じの魔具をヒルダが作ってる」
「それは本当か!!」
「グラナートが魔具の学園への持ち込みに関しては申請必要だっていっててよ。書類貰いに来た。魔具の仕様とか埋めなきゃなんねぇはずだって」
「あぁ……確かにあったな……え?原本どこだっけ??」
慌てたように学園長が棚をあさり始めたのでヴォルフは呆れたようにその背中を眺めた。
「整理しとけよおっさん」
「いやだってね!!今まで殆ど申請出たことなかったし!!あぁ、本当に魔眼封じをヒルダ嬢が??」
「ヒルダが作るって言ってんなら作れるんじゃねぇの。映像記憶の魔眼なら大丈夫だって言ってたしよ」
「それは……よかった……」
「魔眼持ちの末路はひでぇらしいな」
「そうだね。彼は今の所慢性的な頭痛に悩まされてる位だけれどいつ破綻してもおかしくはなかった」
そう言いながら申請書を引っ張り出した学園長はその写しを手早く作るとヴォルフに持たせる。
「そんで、一品物の魔具渡すことになっから素性調べとけってグラナートに言われてよ」
「……ヒルダ嬢の知り合いで魔具を作る……という流れではないのか?」
「いや、道端でヒルダがその坊主見つけて、急に魔具作る気になったみてぇでよ。まぁ、ノイ一族の気まぐれなんじゃねぇの」
「あの一族はあの一族のルールで動くからなぁ。とりあえずこっちもみておく?」
そう言って学園長は黒い表紙の紙束をヴォルフに渡す。
入学時の成績は優秀。上位クラス。武芸の実技も他の武芸を得意とする家門を抑えてそれなりの成績をおさめているのは把握できた。
「友達いねぇの?」
「特に親しい友人は……」
交友関係の部分が空欄なのにヴォルフは眉を上げたが、更にその下にあった追記欄に口元を歪める。
「グラナートよりお行儀いいな」
「あくまで授業中の話だからね。まぁはじめは狂犬二号かと教師陣は震え上がりましたが」
伯爵家令息、顔がいい、頭もいい、となれば妬まれる事もあるだろう。その上交友関係が皆無なので庇う人間もいない。
そんな彼を授業にかこつけて痛めつけようとした人間は徹底的にやり返されたらしい。それが文章から察せられた。
これがグラナートなら容赦なく血祭りに上げただろうが、あくまで授業中の怪我と言い張れるレベルに留めている。
「グラナートも自分からはふっかけなかっただろ。アリーセ様が学園に来てからは割と聞き分け良かったしよ」
「アリーセ・ミュラー小伯爵夫人を拝んでた人多いよ?」
「まじかよ。まぁ、坊主はあんま問題なさそうだな。許容範囲だろこんなん。やり返さねぇほうが問題だろ」
「辺境ルール怖いんだよね。ほんと。とりあえず魔具はいつできる?」
「明日」
「早い!!」
「まぁ、学園につけてくんのは明後日じゃねぇかな。明日には申請書埋めてまた来るわ。時間取れるか?」
「暇だから大丈夫」
「なんで学園長そんなに暇なんだよ」
「基本ややこしい政治関係からは切り離されてるからね。平民も貴族も共に学ぶ仲間であれ」
「お綺麗な理想だな」
「掲げておく事に意味がある。多分ね」
それでも学園内は平等であるわけではない。身分差はあるし派閥闘争もある。ヴォルフとて学生であったときは中央の人間とは折り合いが悪かった。
けれど、この学園は基本学校の定めた規則に関しては身分関係なく適応される公平さはあった。規則に違反していれば高位貴族でも容赦なく罰則適応される。王族も例外はない。それもあって、辺境伯子息であるグラナートは、辺境を馬鹿にした第二王子の側近をボコボコにしたと謹慎処分が嘗てくだされたのだが、事情聴取の際その側近の言動が相手の尊厳を著しく貶めるものであったと認められそちらにも処分が下ったのだ。
ある程度は生徒会などを据えて生徒の自主性に任せているが、学園長は学園長できちんと生徒の動きは把握している。年中学園に詰めているのはその為なのだ。
「まぁ、実際魔具もちゃんと動くかわからねぇけどよ」
「できれば彼を助けるものであって欲しいよ」
「そーだな。流石に寝覚めが悪ぃし」
ヴォルフの顔を眺め学園長は相変わらず面倒見がいい、と浅く笑った。




