02
城内を大きな箱を抱えて颯爽と歩く令嬢。その姿を見つけてアルフォンスは小走りに彼女に近づいた。
「ヒルダ」
「あら。どうしたの?第二騎士団の魔具は一昨日調整したわよ?」
小首を傾げてアルフォンスの為に足を止めたのはヒルダ・ノイ伯爵令嬢。
「うん。そっちは大丈夫。荷物持ちに来た。団長が馬車まで送れって」
「別にいいのに。眼鏡君もお仕事でしょ?」
「楽させてよ」
堂々とサボり宣言をしたに等しいアルフォンスの発言にヒルダは苦笑したが、素直に持っていた箱を彼に渡す。
蓋がしっかりと閉まっているので中身は分からないが、蓋に大きく魔具研究所の焼印が押されているので、中身は魔具であろうとアルフォンスは察した。
「新型?」
「研究所の試作品よ。改良点とかの意見欲しいんですって」
「今日はもう帰るの?昼食は?」
「さっさと仕事片付けたいのよねぇ」
王城で働く者に配布される身分証明書があれば食堂は自由に使えるのでヒルダもたまにそこに行くのだが、今日はやめておこうと思ったのだろう、そんな返事をする。それに対しアルフォンスは少しだけ考え込んだように眉を寄せて口を開いた。
「今日から週末までいちご系のデザートらしいよ」
「……え?ほんと?でもシーズンもう終わりでしょ?」
「うん。だから小ぶりのやつ大量に仕入れられたからって今朝食堂で言ってた」
「なんてこと……いちご……」
「好きだよね」
「好き」
アルフォンスの言葉に大きく頷くと、ヒルダは先程魔具研究所から預けられた試作品を頭に思い浮かべる。設計図や仕様書には目を通してきたのだが、これだけの数となると数日かかるだろう。
「明日に終わる?」
「流石に無理だわ。でも明後日……昼までに……大急ぎで片付ければ……」
「それじゃ食堂行くとき声かけて」
「え?」
「俺の分もデザートあげる」
「貴方もいちご好きでしょ?」
「嫌いじゃないけど、甘いもの食べすぎると午後から眠くなる。ヒルダは眠くなっても大丈夫なんじゃないの」
「私はね。そう。じゃぁちょっと頑張って片付けるわ。心置きなく楽しみたいし今日はさっさと帰って仕事はじめる」
「うん。待ってる」
僅かにアルフォンスの表情が緩む。ヒルダはそれに気が付かずブツブツと脳内で仕事の予定を立てていたのだが、黄色い悲鳴が突然聞こえて驚いたように彼女は顔を上げた。
視界に入ったのは王城で仕事をする侍女。名前までは覚えていないのだが、基本王城の侍女は貴族の令嬢が多い。
二人の侍女は顔を赤らめ互いに手を取り合い震えている。なぜ?とヒルダは不思議そうな顔をしたのだが、直ぐにアルフォンスの声が聞こえて彼の方へ視線を送った。
「気にしなくていいと思うよ」
「そう?ネズミでも出たのかしらね」
「さぁ」
興味なさそうにアルフォンスが話をぶった切ったのでヒルダはそれに苦笑して帰宅のためにまた歩き始めた。
それを見送った侍女二人は息を吐き出すとお互いに視線を合わせて、また手を取り合う。
「青狼様が笑ってたわ!!」
「運がいいわ!!」
髪の色が深い藍色であることからそう呼ばれるのはアルフォンス。学生時代からある渾名なのだ。
「あのきれいなお顔が緩むのはやっぱりヒルダ・ノイ様とご一緒の時だけね……」
「本当……目の保養になりますわぁ……」
顔がいい。背も高い。騎士団でも注目を浴びる強さを誇る。しかしながら、彼女たちはアルフォンスに対して憧れを抱いても、例えば彼に選ばれようとは思わなかった。学園で同級であった彼女たちは、アルフォンスが基本どんな令嬢に対しても冷ややかなのを知っているし、物言いが厳しいので蝶よ花よと傅かれていた貴族令嬢はポッキリ心をへし折られてしまう。あくまで観賞用としての人気なのだ。
それでも果敢に婚約者のいないアルフォンスを手に入れようと挑んだ令嬢もいたのだが、一度だけはお茶に付き合ってくれるが以降は一切関わらない。寧ろ何故一度だけはお茶に付き合ってくれるのか、それが学園内の謎として語り継がれている位である。爵位に関わらず……平民であっても学園に通っている間アルフォンスは声をかければ一度だけはお茶について来た。しかしながら基本話は弾まず、気まずい沈黙の中お茶をひたすら飲むという地獄のような時間を過ごす令嬢が大半。残り半分はひたすら綺麗な顔を近くで存分に鑑賞して終わる令嬢と言った所だろう。
この二人の侍女は後者の方である。
「ヒルダ・ノイ様とお二人の所も絵になるわぁ」
「今すぐ画家を!!画家を呼んで!!って心の中で叫んでしまいましたわ」
ヒルダといる時はアルフォンスの表情が僅かに緩むのに二人が気がついたのは食堂でのこと。年齢的に学園で共に学ぶことのなかったヒルダと、自分と同級のアルフォンスが一緒に食事を取っているのが珍しく、彼女らは果敢に近くの席を陣取ったのだ。
そこで、二人は年齢差こそあるものの、非常に気心知れた仲なのを知り、その上アルフォンスの雰囲気が少し柔らかいのに気がついた二人は、数少ないアルフォンスの友人である男を捕まえて話を聞いたのだ。
「あー、アルの眼鏡特別製でさ。ヒルダ様が作ってくれたって。割と二人で出かけたりもしてるみたいヨ。まぁ、魔物討伐だけど」
ヒルダ・ノイ伯爵令嬢といえば魔具を作成する事ができるというのも有名であるが、それとは別に、魔術師としても珍しい雷系の魔法を使えると有名であった。条件次第ではかなり広範囲の魔物を一人で討伐できる。ただ、魔具作成の方に時間を割きたいという本人の希望や魔具研究所が魔術師団に取られては困ると言い張ったために軍属にはならなかった。
そんな彼女も魔具の素材集めの為に自領の魔物討伐軍と共に各地を回ることがあるのも有名であった。
きっとそれにアルフォンスはついて行っているのだろうと侍女たちは察して、声にならない悲鳴を上げる。
女性ながら自立してバリバリと仕事をするヒルダはヒルダで、はしたないという評価と格好いいとあこがれを抱かれる評価と二分する中、伯爵家次男のアルフォンスとの組み合わせは後者の者たちからは評判がいいのだ。
「ヒルダ・ノイ様も麗しいし、今日はラッキーでしたわ……」
うっとりとした表情で侍女たちは上がった気分のまま仕事に戻った。
***
「戻ったか」
「ええ」
ヒルダを出迎えたのは赤い髪と青い瞳の男。辺境伯家門のヴォルフ・ベラーター子爵令息であった。
現在ミュラー伯爵家に婿入したグレンゼ辺境伯の四男、グラナートの侍従兼護衛をしている男で、彼はヒルダの足元にある箱に視線を落とすと、それは?と尋ねた。
「魔具研究所の試作品。明後日までに改良箇所のレポート作るわ」
「そうか。そんじゃ飯どーすんだ」
「んー、アリーセも留守だし離れで食べるわ」
「伝えとく」
ミュラー伯爵令嬢アリーセがヒルダの全てにおける基準だと知ってるヴォルフは、聞くまでもないかと思いながら箱を持ち上げた。
アリーセとヒルダは俗に言う幼馴染であり、アリーセが結婚して婿を迎えたというのにべったりとしている。そしてノイ伯爵家が中央に屋敷を持っていないのをいい事に、ミュラー伯爵家の中央の屋敷に学生の頃から住み着いているのだ。本人たちがいいのなら構わないのだろうが、本来なら未婚の女性を屋敷に置けば愛人かと疑われるだろう。しかしながらそんな噂が一欠片も出ないのは、グラナートとヒルダがアリーセ至上主義であり、アリーセが夫を愛していること、親友を大事にしていることをお互いに認識しているからであろう。もしもアリーセが相手を大事に思っていなければ抹殺するのではないかという関係。ヴォルフ個人的には同族嫌悪だと思っていた。
ただ、アリーセの幸せのためにお互いに協力関係にある組み合わせなのだ。
そんな中に放り込まれているヴォルフはといえば、どちらかといえば侍従や護衛という仕事よりお目付け役という役割のほうが大きかった。
辺境の狂犬等と学生時代に言われていたグラナートが無茶をしないようにと辺境伯と実家に口酸っぱく言われ、ストッパー役として働いている。そんな実家の思惑など気にせずに、グラナートはといえば、ヴォルフをヒルダの護衛につけることが多かった。
周りに使用人を侍らすのを嫌うノイ伯爵家の家風を受け継いでいるヒルダは護衛もつけずふらふらと出歩く事が多かったし、出歩くだけならともかく気軽に魔物を狩りに行ってしまう。それを愛する妻であるアリーセが心配するので一応ヴォルフをつけるのだ。ヴォルフにしてみればそれでいいのかと思わないでもないのだが幼馴染であり現在の主人の命令なので仕方がない。そうすることでアリーセが安心すればグラナートも満足するのだ。
流石に城に仕事に行くときは馬車移動であるし安全だとヴォルフが侍ることも少ないのだが、たまにこうやって大荷物を持ち帰るのでなんやかんやで面倒見のいい彼は顔を出す。
「双子ちゃんは?」
「昼寝してたな」
元々あった離れを改造した魔具工房に住み着いているヒルダ。そこに向かいながら彼女はミュラー伯爵家の可愛い双子の様子を確認する。
一番最初は可愛い男子。そしてその後男女の双子をアリーセが出産したのでミュラー伯爵家の未来は安泰である。ただ、四歳頃になるまでは病気の心配があるので余り貴族の子供は外に出ない。最近漸く一番上の子が親と出かけるようになったのだ。なので双子の方は留守番が多い。
「寝る子は育つ!」
「まぁ、ちいせぇうちは寝てばっかだよな」
そしてたどり着いたのは離れの一つ。商会を営んでいる関係で、客人が使用人を連れて宿泊する時にその使用人を泊める為にと敷地内に建てられた離れの中で一番小さい場所。
元々は王家に魔具を献上する際にノイ伯爵が宿泊できるようにとミュラー伯爵が彼のために改装したのだが、今はその娘であるヒルダが占拠している状態である。
そしてそれも長く続けばミュラー伯爵家に仕える使用人もヒルダの事を客人としてより、ミュラー伯爵家の身内として仕えている状態。ミュラー商会をここまで大きくしたのはノイ伯爵が魔具の専売権をミュラー商会に渡しているからであり、厚遇してもお釣りが来る。
離れには簡易的なものであるがその建物で過ごせるように設備が整っているのだが、食事だけはアリーセがいればヒルダは本館の方に赴く。だがあいにく現在はアリーセとグラナートは息子を連れてミュラー伯爵と商談に出ている。
「そういえば眼鏡君に会ったわよ」
「元気にしてたか坊主」
「えぇ。相変わらず仏頂面だったけど、お仕事は問題なさそうね。荷物も運んでくれてね。気遣いできるようになったの大成長じゃない!?」
紳士としては当然の行動であるのだが、それをヒルダが褒め称えるのをヴォルフは胡乱な表情で眺める。確かに成長はしているのかもしれないが、それはヒルダに対してだけなのをこの男は知っているのだ。
しかしながら出会って三年程か。そんな事をぼんやりとヴォルフは考えた。




