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【本編】伽藍洞の君と朱の姫  作者: 蓮蒔


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01

おひさしぶりです。はじめました。

 リーニエ王国第二騎士団の執務室を訪れた近衛騎士団長の言葉にあっさりと第二騎士団の団長は拒絶の言葉を吐く。

 アルフォンス・ランゲ伯爵令息の異動打診の件。

 魔物の跋扈するこの世界、王族を守護するために城での勤務がメインとなる近衛騎士団とは違い、第二騎士団といえば各地に魔物討伐に行くのがメインの仕事となる。

 いわゆるエリートと言われる近衛騎士団とは逆の実践重視の叩き上げ集団。


「いやしかし……元々学園での武術大会で二年連続優勝の実績のある彼は近衛に入るには十分な……」

「本人の希望で第二騎士団配属となってますよ」


 貴族の子どもが通う中央の学園で創立祭に行われる武術大会は騎士団の青田買いの場所となっており、この大会で優秀な成績をおさめた生徒は本来騎士になるために受けなければならない入団試験を免除される。そして、学園に通って武芸の授業を受けている場合は、正式配属前の基礎訓練・下積み期間と言われる予備期間も免除なのである。

 その枠で入団したアルフォンス・ランゲ伯爵令息に第二騎士団正式配属三ヶ月で、近衛騎士団から声がかかったのだ。どんなに優秀であっても近衛騎士団へ入るには最低半年は別部署での実務が必要と規定があるので今回はいわば打診。

 中央防衛を司り、高位貴族出身の多い第一騎士団の人間ならともかく、下位貴族や平民の多い第二騎士団の人間にこの速さで打診してくるのは異例の事であるのだが。


「それは……いや、しかしそれはあくまで第一騎士団ではなく第二騎士団がいいと希望したのであって、近衛への出世となれば……」

「彼は魔物討伐がしたくて高位貴族子息であるのにもかかわらず第二騎士団を希望したのですよ」


 近衛騎士団長が絶句したのもしかたがないだろう。魔物討伐は命がけである。無論近衛騎士は命がけで王族を守り、第一騎士団は命がけで中央を守る。しかし、常に前線に配備される第二騎士団とは危険度が全く違うのだ。


「そして第二騎士団長としても彼を今手放すことは無理ですねぇ」

「……理由を聞いても?」

「彼は書類仕事ができるので」

「それは!!第二騎士団の他の団員でなんとかできるだろう!!」

「そう怒りなさんな。それは一つ目ですね。それで二つ目は予算の問題」

「予算?いや、確かに第二騎士団の予算が常に厳しいのは承知しているが……」


 例えば王族に侍る近衛騎士がみすぼらしい格好をするわけにはいかないので装備一式含めかなりの予算を割かれている反面、第二騎士団は常に予算カツカツであった。予算会議の時など魔術師団とむしりあいになっている。

 遠征が多く、その為に食料費だけでも馬鹿にならないし、前線で怪我をした団員の治療費も嵩む。そして装備品の修理費に関しても満足に確保できず、だからといって修理しないまま遠征に行けば死ぬと泣く泣く自腹を切っている状態なのだ。


「食料運搬用馬車の幌すら団員が下手くそな裁縫で縫い合わせて、独身寮は雨漏り。酷いですよねぇ」

「……」


 潤沢な予算を与えられてる近衛騎士団では考えられない話なのだが、予算というのは限りがあるのでしわ寄せが完全に第二騎士団に来ているのも近衛騎士団長は承知しており思わず口を噤む。予算会議の度に紛糾する所なのだ。


「……いやそれが彼になんの関係が……」

「魔具って魔物素材からできるんですよねぇ」


 魔具といえばフレムデ・ノイ伯爵が開発したものである。擬似的に魔法を発生させる道具。例えば浄水魔具等は名前の通り水を浄化する事ができ、これを国に広げたために一気に疫病の発生率が減った。他にも保冷魔具などの便利な道具を専売権を持っているミュラー商会が国内に広めている。そして中央も魔具研究所というものを作り、魔具開発に乗り出すなど、国の文化レベルを押し上げるもの。


「あぁ。魔物の大規模討伐の際には飛竜など珍しい魔物の素材は魔具研究所が買い上げると聞いている」


 例えば翼膜が必要であるからできるだけ傷つけないで討伐して欲しい等と言われたときは、こちらは命がけだというのに無茶を言うと近衛騎士団長は思ったのだが、それでもできるだけ希望に沿うようにはしていた。


「そうそれ。今まではノイ伯爵領の魔物討伐部隊や辺境討伐隊、ギルド登録の冒険者辺りが魔物狩りならぬ素材狩りで材料確保してたらしくてね……素材を手に入れたらミュラー商会に買い上げて貰える用に交渉しました」

「それは……」

「流石に大型狩る時はそこまで余裕はないんですけど、まぁ、小型ならそれなりにね」


 とにかく第二騎士団としては国民を守るために魔物を狩るのが最優先である。けれど余裕がある時はそうやって素材を剥ぎ取り売っぱらっているらしい。そんな話を聞いて近衛騎士団長が思わず第二騎士団長に同情の眼差しを送ってしまったのもしかたないだろう。


「……彼ね、魔物に詳しいんです。もうマニアってレベルでしてね。生態から弱点、素材の特徴まで全部頭に入ってるんです」

「そうなのか!?」

「彼って魔眼持ちでしょう?魔眼封じの眼鏡をヒルダ・ノイ伯爵令嬢に作ってもらったのが縁で、学生時代からノイ伯爵領の魔物討伐部隊に参加してたらしいんですよねぇ。どうやって殺せば効率的に素材が取れるかとか、魔物の弱点はどこかとか、どの素材が魔具材料として需要があるかとか頭に入ってるみたいですよ」


 彼の持つ魔眼というのは映像記憶というものだった。一度見たものを絶対に忘れないという特異体質とも言えるモノ。前にこの体質を持っていた者は五十年近く前に記録されている希少種。

 ただ、この体質のものは総じて長生きしなかった。

 便利な能力だとはたからは思われがちだが、忘れられないという事は脳や精神への負荷が凄まじいらしく、目を潰してしまったとか、発狂したなどろくな死に方をしていないのだ。

 そんな彼にノイ伯爵令嬢が魔眼封じの魔具を作ったのだと言われれば、近衛騎士団は城に出入りする令嬢を思い浮かべる。

 絶望的に社交性のないノイ伯爵の代わりに城に出入りし魔具の保守点検・修繕作業などをしているヒルダ・ノイ伯爵令嬢。

 王城で使用されている魔具などの調整以外にも、魔具研究所へ講師として招かれているので近衛騎士団長も顔を知っていたし、話をすることもあった。

 基本魔具を作るために領地に引きこもっているノイ一族の中で、比較的社交性がある。しかしながらその社交性も、親友の家業であるミュラー商会の為にというものであり、例えば国が魔具の専売権をミュラー商会から取り上げればあっさり引きこもるだろう。

 とは言え、今やミュラー商会は会長であるミュラー伯爵が北国と海を超えた東雲国との国交の鍵となる人物であるので、余程のことがなければ魔具の専売権を取り上げるということもないだろう。魔具研究所とてまだ独自魔具は開発できないのだ。ここで始祖たるノイ一族の機嫌を損ねる真似はできない。


「彼の記憶力は多分魔眼に引っ張られてのものだとは思うんですけど、本当膨大でしてね。しかも彼は全部実践で試してその知識を更に精査してる。彼の能力はね、魔物討伐特化なんでしょうねぇ」


 そう言われてしまえばどんなに強くても近衛に引き抜くのは彼の特性を潰してしまうような気がして近衛騎士団長は視線を彷徨わせる。

 しかも苦しい予算でやりくりする第二騎士団としては救世主のような存在だったに違いない。


「あとねぇ。彼、性格にクセがあるから近衛は無理だと思いますよ?」

「学園の資料では成績優秀者だとあったが?」

「うーん、吃驚するぐらいマイペースでしてね。もう周りの人間どうでもいい的な?いや、ボクなんかは上司だしそれなりに丁寧に対応してくれますけど、多分あんまり人間に興味ないんじゃないかなぁ。その上顔もいいし腕も立つから妬まれやすいし……妬む位ならいいんですけど、学園時代嫌がらせしてきた相手を同級生上級生構わず武芸の授業でボコボコにしてたらしいですし。まぁ、余計なちょっかいかけなきゃ周りに興味ないから自分から手は出さないんですけどねぇ」

「……それは初耳だ。いや……そう言えば合同演習の時に第一騎士団の新人相手に勝ち抜き戦をしたのは彼だったか?」

「ボクも彼と同級生で入った子から聞いたんですけどね」

「あぁ、準優勝の子か」

「そうそう。あの子は子爵令息ですから上位貴族の中に入るの無理!ってうちに来たのわかるんですけど。まぁ、アルフォンス・ランゲはその子とうちの副団長辺りがそばにいないとちょっと扱いにくいと思いますよ?」

「緩衝材が必要か」

「そう。二人共人懐っこい方ですから、それなりに上手く間に入れる感じですかね。近衛にはちょっといないタイプなのわかりますよね?」


 そう言われて近衛騎士団長が思い浮かべたのは第二騎士団の副団長。明るく人に好かれやすい性格で、平民を多く含む魔物討伐隊を抱える辺境の貴族出身ということもあり平民への差別意識もない。その上腕っぷしも強いので、兄貴!!等と冗談めかして呼ばれているのを見たことがあった。


「……まぁそちらも立場的に上からの希望を無視できないのはわかりますけど、わがまま姫の要望を通したければ彼の代わりになる人材よこしてくださいな。ついでに予算も」


 わがまま姫等と呼ぶのは不敬だと注意すべきところだったのだろうが近衛騎士団長が言い返せなかったのは文字通り、わがまま、による人事打診だったからだろう。とはいえ、流石に王族が希望したからと言って実力のないものを近衛にはできない。けれどアルフォンス・ランゲ伯爵令息は近衛としてやっていけるであろう能力があった。


「アルフォンス・ランゲです」

「入ってくださいな」


 そんなことを考えていると、扉の向こうから声がかかる。一応今回の打診に対し本人の意見も聞きたいと近衛騎士団長が言ったので第二騎士団長はアルフォンス・ランゲを呼んでいたのだ。

 第二騎士団長が返事をすれば部屋に入ってきたのは濃い藍の髪を持った長身の青年。眼鏡のせいで文官のように見られがちだがその制服の下はしっかりと鍛えられている。

 そんなアルフォンスは近衛騎士団長の姿を確認すると神経質そうに眉を上げた後に頭を下げた。この辺りの態度がクセがあると言われるゆえんだろうと近衛騎士団長は考える。


「異動の打診ですか?」

「あ、知ってたんですね」


 頭を上げたアルフォンスが心底嫌そうな顔をしながら言い放ったので近衛騎士団長は唖然としながら第二騎士団長と彼のやり取りを眺めた。


「先程王妹殿下に護衛騎士に引き抜くと言われましたので」

「それボクら以外言っちゃだめなんですけどねぇ」


 呆れたように第二騎士団長が言ったのもしかたないだろう。人事や査定に関しては基本関係者以外に漏らしてはいけないのだ。不正防止の為である。


「辞表を書いてきました」

「いや、心配しなくてもうちとしても困るから断固反対しますよ?」

「辞表!?せっかく入った騎士団を辞めるのか!?」


 思わずと言った様に近衛騎士団長が声を上げると、アルフォンスが本当に内ポケットから辞表を出してきたので助けを求める様に第二騎士団長に視線を送る。


「ちゃんと辞表準備するだけお行儀いいですよね君」

「笑い事じゃない!!やめてどうするのだ?」

「ちょうどヒルダ・ノイ伯爵令嬢もこちらに来ていますし、ノイ伯爵領の魔物討伐部隊に入れてもらおうかと。あそこなら好きなだけ魔物が狩れますから」

「……いや……しかし……名誉ある近衛騎士になれるというのに……」

「護衛騎士は魔物狩りに行かないのでは?」


 近衛騎士の中でも護衛騎士というのは常に王族に侍るのが仕事であるので、大規模魔物討伐への出征も免除されているのだ。魔物を狩りたいアルフォンスにとっては名誉などどうでもいいのだろう。その空気を察して思わず近衛騎士団長は口ごもる。


「ノイ伯爵領の魔物討伐部隊でしたら、最悪怪我で現役引退をしても一定年数の貢献実績があれば領内での生活や仕事の保障もしてくれますし、事務仕事が壊滅的なノイ伯爵家から引退後はそちらの手伝いをしてくれるなら一生養うと言質を貰ってますので、今すぐやめても困りません」


 福利厚生下手すれば中央勤めよりいいのでは?と近衛騎士団長は一瞬思ってしまったのだが、流石にここまであっさりと騎士団を辞めると言われれば、下手に近衛に異動させようとして辞められるより、第二騎士団で貢献してもらったほうがいいと判断する。


「あくまでまだ確定ではない……。早まらないように」

「そうですか。折角書いたので一応渡しておきます」

「破って捨ててくださいな。辞表ぐらい君ならすぐ書けるでしょうに。副団長なら三日ぐらいかかるでしょうけど」


 事務仕事が壊滅的であるのはノイ伯爵家だけではなく第二騎士団もである。副団長等一応学園を出ているというのに、申請書など全く書けないのだ。とは言え細かい規定の多い書類はもう少し簡略化すればいいのにと、アルフォンスが来るまで一人で書類仕事をしていた第二騎士団長などは思うのだが、そこまでの改革提案をする暇もなかった。


「話はそれだけですか?」

「そうそう。君は異動受けないよ、って言ったのに一応本人に話したいっていうからね。あ、そろそろヒルダ嬢がメンテ終える時間じゃないですかね?済まないけど馬車まで送ってあげてくださいな」

「はい」


 そう言うとさっさと部屋を出てゆくアルフォンスを眺め、近衛騎士団長は胡乱な表情をする。


「……確かに無理そうだ」

「ですよねぇ。やりたい事に対しては貪欲なんですけど他に興味が向かないタイプでしてね」


 運が良かったのは、副団長とアルフォンスと同期の男が上手く緩衝材として彼と他の団員との間に入れたことだろうと第二騎士団長は考える。

 メンタル、フィジカルともに問題はないのだが、対人関係の技術が壊滅的であるのだ。万人受けしない。そして本人がそれでもいいと思っている。例えばこのまま第二騎士団で出世を重ねたとしても、人を率いて纏める団長という役職には据えないほうがいいとさえ第二騎士団長は考えていた。おおらかな団長の下での、規律に厳しい二番手辺りが無難。幸い本人が余り出世欲もないようなので、そのポジションで終わっても文句は言わないだろう。


「……何とかお姫様を宥めておいてくださいな。先王陛下が甘い顔をしそうなら、王太子殿下辺りに相談するのがいいと思いますよ?」

「王太子殿下は王妹殿下に甘い顔はされないからな」


 王太子からすれば関係的には年下の叔母。先王が引退後に生まれた王妹は、老いてからの娘である事と、男児ばかりだった先王にとっては溺愛の対象であったのだが、王太子はそんな彼女にも、先王に対しても冷ややかな対応をしている。しかしながらその溺愛っぷりを近くで見ている面々としては、あれくらいの冷ややかさで丁度いいとさえ思ってしまう。

 容姿は非常に愛らしい。けれど近衛騎士団長に言わせれば言動が軽いと感じることがしばしばあったのだ。

 王族の発言というのは一度発してしまえば取り消すのは難しい。それを幼少の頃から叩き込まれている王太子などは、気安い口調のせいで言動が軽く見られがちだが、おかしな言質を取られるような事は絶対しないし、逆に相手を油断させて言質をもぎ取る強かさがあるのだ。

 そして王妹はといえば、彼女の言動で周りが振り回されることもしばしばあった。その度に王太子等は注意をするのだが、悲しげに目を伏せて叱られる姿を見れば、周りはそんなに厳しく言わなくても……等と思ってしまうらしく、結局他のものが傅いて慰めてしまうので台無しである。

 正直その点に関しては近衛騎士団長も苦々しく思っていた。

 近衛の中で護衛騎士に選ばれるのは基本ベテランが多い。経験を積み重ね、精神的にも安定し、職務を全うできる人間。王太子等は側近兼護衛となる気心知れた者を数名そばにおいているが、それ以外に関しては基本ベテランの人間を侍らせている。それに関して文句を言うこともない。

 けれどそんなベテラン勢を圧迫感があって怖いと泣いて嫌がり、見目麗しい若手を希望する王妹。流石に一番最初にそんな話を聞いた時は唖然としたし、それでは任務を全うできないと反論もしたのだが、結局王妹に関しては他の王族のように国内外での仕事があるわけでもなく、城から出るのは精々中央の孤児院慰問や、城下散策程度なので、外出時には遠巻きにベテランを配置するという条件の元、王妹の希望を渋々近衛騎士団長は通した。

 そんな事を考えながら近衛騎士団長は小さくため息を付き部屋を出ていく。その背中を見送った第二騎士団長は、結局アルフォンスの置いていった辞表は引き出しの奥へ放り込んだ。

全40話

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