ノイ一族とランゲ伯爵家・中編
貴族同士の婚約や婚姻は基本的に家同士の契約となる。
となれば婿が欲しいと言う家の方が頭を下げるのが道理だろうとヒルダが判断したのは、ミュラー家がそうであったからである。
辺境伯に頭を下げて末っ子を婿にとミュラー家が乞うたのだ。
「というわけで、おじさまに仲介と立ち会いをお願いしたいの」
「まぁ、ウチとしてはアルフォンス君がノイ家に入ってくれるのはありがたいし引き受ける分には構わないが……君は他に実家が用意した縁談とかはなかったのかな」
「好きにして良いと言われていたので、実家に来る縁談は断ってもらってました」
ミュラー伯爵の確認にアルフォンスがそう返事をすると、三白眼の瞳を僅かに細めてミュラー伯爵は小さく頷いた。
「ヒルダ嬢はランゲ伯爵と面識は?」
「始まりの夜会と終わりの夜会の時はいつも挨拶してくれるわ。真面目なご両親ね」
魔具をアルフォンスに渡した年から毎年ヒルダとヴォルフはランゲ伯爵夫妻の挨拶を受けている。律儀だなとヒルダは思っていたのだが、それだけ感謝してんだろとヴォルフなどは言っていた。
「それなりに繋がりはあるし、まぁ、ノイ伯爵家は新興とは言え国王陛下の覚えもめでたいから、ランゲ伯爵家としては反対する理由もないか……。ランゲ伯爵が明日来たら僕から婚約の話はしておこう。フレムデはランゲ伯爵からの了承を得た後の君たち含めた顔合わせで同席させる。彼はこの手の話には不向きだからね。大人しく座っておくように僕からも言っておこう」
大人しく座っているようにと言われないと座っていられないのかとアルフォンスは一瞬考えたのだが、初対面の時に、その眼をくれと言われたのを思い出して、流石に両親が対応に困るだろうなと思い素直に頷いた。
「お母様がいればおじさまの手を煩わせなくても良かったのだけど……」
「あぁ、気にしなくていい。ノイ伯爵家の貴族としての体裁を整えるのも僕の仕事だからね。あと、二、三代続いたらノイ一族はこんな仕様なのだと他の貴族達も覚えるだろうけど、まだ新興だからね。ある程度はこちらで整える」
気の長い仕事だと思いながらアルフォンスはミュラー伯爵の顔を眺める。黒髪黒眼なのはアリーセにそっくりなのだが、それ以外は全く似ていない。どちらかと言えば雰囲気はグラナートに似ているとさえ感じた。
「まぁ、今回の事件に関しては僕がランゲ伯爵に説明をするよう王太子殿下から仰せつかっているから、その時に婚約の話もしておくよ」
「あらそうなの?」
「流石に手紙には書ききれないだろう?王族がランゲ伯爵令息に多大な迷惑をかけたから謝罪の場を設けたい的な連絡をとりあえず入れたらしくてね。詳しくは滞在先にいる僕に説明させる的な感じかな。流石に托卵の件は伏せるけど」
「まぁ聞いても困るわよね先王の汚点なんて。興味もないだろうし」
中央に官職を持たないランゲ伯爵家なので、寧ろ巻き込まないで欲しいと言われる可能性もある。そんな事を考えながらヒルダが相槌をうつと、ミュラー伯爵は浅く笑った。
「先王派もざまぁない。僕は王妃殿下と念入りに地獄へ叩き落とす事にしよう。アリーセの幸せの障碍になったことを死ぬ程後悔すればいい」
「悪い顔してるわよおじさま」
アリーセ強火担多いな、そんな事を考えながらアルフォンスは胡乱な表情で二人を眺める。余程先王派とやらが気に入らなかったのだろう。
さておき、とりあえずノイ伯爵家からの婚約の打診という形で話を進めるということになったのでアルフォンスは安心したように息を吐き出した。
***
なるほど、ウチと似た感じか。そうミュラー伯爵が思ったのはアルフォンス・ランゲ伯爵令息は両親の顔の造形を受け継いでいなかったからである。ただ、髪色は父親、瞳の色は母親から濃い藍を受け継いでいるので親子であるのはわかるし、彼の長身は父親似なのだろう。
己の娘であるアリーセも容姿はどちらかと言えば己の父親に似ているなとぼんやりミュラー伯爵は考える。お世辞にも整っていると言えない己の容姿を受け継がず安心したのを思い出す。
「あの……」
「質問があればどうぞ」
王家の出した報告書を読んでいたランゲ伯爵が顔を上げたのでミュラー伯爵は促すように言葉を添える。
「あの子は……その、大丈夫でしょうか」
ランゲ伯爵夫妻がこの屋敷に来た時にアルフォンスが出迎えたので顔を見ている筈なのだが、何かしら気になることでもあるのだろうかとミュラー伯爵は不思議そうな表情を作った。
「医師の診断では薬の後遺症等もなく、現在仕事を休んでいるのは今回の加害者実家からの横槍を防ぐ為と聞いていますよ。何か気にかかることでも?」
「あの子は魔眼のせいで心的外傷を負いやすいと魔術師殿に聞いています。今回の事件の際魔具は装着していましたか?」
魔術師殿というのは恐らくアルフォンスの魔眼を抑えるために魔術制御を教えた魔術師のことだろうと察したミュラー伯爵は口を開く。
「えぇ。ヒルダ・ノイ伯爵令嬢の作った魔眼封じのバングルはきちんと装着していました。なるほど、そちらを心配されていたのですね。一応専門家の問診も王家に進言しておきましょう」
「ありがとうございます」
とはいえランゲ伯爵夫妻に渡された報告書には書かれていないが、フレムデ・ノイ伯爵の作った過去視を封じる魔具に関しては外している。そして証拠を王太子に丸投げした事をミュラー伯爵は知っていたが、そもそもアルフォンスが己の魔眼を映像記憶だけだと実家には言っているらしいのでミュラー伯爵は黙っている事にした。
「賠償金の総額等はまだ加害者への罰則が確定していませんので後日となりますが、何か希望があれば王太子殿下との面会の時に申し出て頂ければと思います」
「アルフォンスは……何か希望を口にしていましたか?」
「僕は彼からは何も聞いていませんね。この後ご子息とお話されては?」
王妹と関わらないならそれ以外はどうでもよさそうだったというグラナートの報告は聞いていたのだが、直接聞いたわけではないのでミュラー伯爵はそう伝える。親子で話合ううちに何かしら思いつく事もあるかもしれないと考えたのだ。
王家からランゲ伯爵家への賠償なので、極端な話当主であるランゲ伯爵が決めてしまってもいいのだが、息子の希望も取り入れるつもりと見える様子に、善良だな、とグラナートと同じ印象を抱いた。
この親からどうやったらあのアルフォンスができあがるのだろうか。魔眼が影響しているのだろうか、面白いな、そんな事をぼんやりと考えながら先程から青ざめて黙っている伯爵夫人に視線を送る。
学生時代から王妹に粘着され、その取り巻きから敵視されていた挙句、護衛騎士の打診を断った事を理由に一服盛られ貞操の危機があったなど普通に考えればショックだろう。鋼鉄メンタルの本人はケロッとしているのだが。
これは婚約の件は後回しにした方がいいかとも一瞬ミュラー伯爵は思ったのだが、どちらにしろこの後アルフォンスとの話し合いの時に話題になるだろうと思い口を開いた。
「本来この話はフレムデ・ノイ伯爵が直接すべきものなのですが、生憎現在国王陛下の招致に応じていて不在ですので彼の代理ということで」
「はい」
ノイ伯爵が国王の寵愛が厚いと言うことはランゲ伯爵夫妻も知っていたのだろう、大して疑う事もなく頷く。
実際は招致等ではなく、東雲国でお披露目した新型魔具の自慢に行っただけなのだが、王城にいるという事に関しては嘘はついていない。
「アルフォンス・ランゲ君をヒルダ・ノイ嬢の婿にと希望しています」
「は?」
「こちらは婿入りの際に締結する契約書の草案です。この条件になにかしら不満がある場合は柔軟に対応させていただく、との事です」
ずいっとミュラー伯爵が押し出したのは机の隅に詰んであった契約書。それを眼の前に押し出されたランゲ伯爵は驚きの余り固まる。
「あの……婿入りという事はヒルダ嬢がノイ伯爵家を??別の爵位は……持っていませんよね?」
高位貴族であれば別の爵位も持っている事もあるのだが、ノイ伯爵家はフレムデが初代の新興貴族であるので、それはないだろうと確認する様にランゲ伯爵は言葉を放つ。
「ヒルダ嬢が二代目ノイ伯爵ですね。まぁ、別にアルフォンス君が中継ぎの伯爵でも構わないと言う話ですが。中継ぎを引き受けて頂ける場合はその草案の……」
「あの!!」
それまで黙りこくっていた伯爵夫人が突然声を上げたので、ランゲ伯爵が嗜める様な視線を送ったが、ミュラー伯爵はにこやかに、どうぞ、と言葉を促した。
「この婚約は……賠償の一貫でしょうか」
「はい?」
「その……王家が斡旋した縁談でしたら……その……あの子に無理強いは……」
その発想はなかったな、そうミュラー伯爵は思わず瞳を細める。それと同時に、あの子は全く自分の事を親に話さないのだな、といつも遠慮がちだった幼い頃の己の愛娘を重ねて思い出した。
今まで縁談を断り続けていたとアルフォンスは言っていたが、恐らく心に決めた人間がいると言うような事さえ伝えていなかったのだろう事を察する。
「……王家は関係ありませんね。端的に言えば、アルフォンス君の粘り勝ちでしょうか」
「はい?」
今度はランゲ伯爵夫妻が間の抜けた声を上げる。
「詳しくはご子息にお聞き下さい。この縁談はアルフォンス君もヒルダ嬢も前向きというか、寧ろ前のめりなので上手く調整してやって下さい。ノイ伯爵家に関しては合わせさせますので」
「……本当に?」
「こんな事で嘘はつきませんよ」
「あの子……いつも私たちに遠慮して……何一つわがままも言わない大人しい無口な子で……」
ポツポツと話をするランゲ伯爵夫人の言葉を聞きながら、遠慮と大人しいは余りイメージに合わないなとミュラー伯爵は考える。遠慮する人間はヒルダやヴォルフが甘いのをいい事にこの屋敷に入り浸らない、大人しい人間は公開演習で自分にちょっかいを掛けてきた人間をボコボコにしない。
「あの子の魔眼を封じることができて、長生きできると言われた時は本当に……ありがたくて……ずっとあの子に私は申し訳なかったんです……」
突然懺悔が始まったなと思いながらミュラー伯爵は口を開く。
「申し訳ない?」
「普通の生活をさせてやれなくて……」
「……魔眼というのはいわば突然変異の様なもので、ご両親に責任はありませんよ」
「それは魔術師様も言っていました。けど、あの子のハンデになるのが心苦しくて……。だからせめてあの子の好きに生きてくれればと……。あの子が婿入りを望むのであれば好きにさせてやりたいと思います……。もしかしたら我が家はあの子には窮屈だったのかもしれません……」
萎れるように項垂れたランゲ伯爵夫人を眺めミュラー伯爵は少しだけ思考を巡らせた後に口を開いた。
「アルフォンス君が窮屈だと言っていたのですか?」
「いえ!いえ!あの子は決してそんな事をいいません!!心配を掛けないようにと気を使ってくれていたのか、いつも手紙にも問題ないと……」
「夫人。実に申し上げにくいのですが……」
流石に可哀想になってきたミュラー伯爵はランゲ伯爵夫妻にとりあえずの言葉をかける事にした。家庭内のいざこざなど自分の仕事ではないが、ひたすら申し訳なさそうな表情をする善良な夫婦をそのままにするのもなけなしの良心がほんの少しだけ痛んだのだ。
「魔眼云々ではなく、恐らくアルフォンス君は元々そういう性格です」
「……は?」
「まぁ、魔眼に多少引っ張られて人格形成されているかもしれませんが、本気で彼は問題がないと思って手紙にそう書いていたし、不満がないからあえて何一つ希望を出さなかったのかと」
「え……」
大げさに両手を広げミュラー伯爵が言い放ったのをランゲ伯爵夫妻はぽかんとした表情で眺める。
「彼は非常に強靭な精神を持っていますし、実に努力家です。ヒルダ嬢を射止めるために魔具の作成技術やら魔物の討伐技術を尖らせて、何年も掛けて彼女に自分を認めさせた。ウチの婿殿といい勝負だ。あの子があそこまで素直に育ったのは貴方方が大事に育てて来たからですよ」
「……強靭な精神ですか……努力家なのは……はい、わかりますが……」
勉強も武芸も先が短いと腐らずにきちんと習得していたのは息子の努力の賜物だと言うことは分かっていたランゲ伯爵が同意すると、ミュラー伯爵は満足そうに頷く。
「辺境からワザワザ退役軍人を探したり、神殿と断絶したりと、貴方方は十分に彼を守った。神の祝福だと神殿に差し出していたら使い潰されていたでしょうしね」
今まで泣き出しそうな表情をしていたランゲ伯爵夫人が驚きの余り涙も引っ込んだのか、ハンカチを握りしめたままミュラー伯爵の言葉を聞いていた。
「その上学園に送り出したお陰で、彼はヒルダ嬢に出会えた。一度彼に正面切って聞いてみて下さい。自分たちは君を守れていたのかと」
怖くて聞けなかった事はランゲ伯爵夫妻も自覚していた。何故まともな身体に生んでくれなかったのかと、罵られたら、泣かれたらと。その不安を打ち消すようにせめてこの子が好きなように、幸せであるようにと行動した。行動したつもりであった。もしかしたら、一方的で、彼にとって窮屈だったかもしれないが、そうせずにはいられなかったのだ。
「まぁ、夫人がおっしゃるように彼は多弁な方ではありませんが、聞かれたことにはちゃんと答える素直な子ですよ」




