狂犬と王太子・中編
「元は自己治癒能力。それを外部出力できるようになったと聞いている」
「そーだな。魔具の魔術刻印刻む練習してたらできるようになった。とはいっても知っての通り魔力相性が悪ィと副作用が酷いんで使い所が難しい。神殿での判定ん時は、三人の司祭が一分足らずで泡吹いて倒れた。怪我は治したけどよ」
「私の方の魔力消費がないのは何故だ?」
「手前ェ自分で言ってたろ。根本的に違うってよ」
「それはそうなのだが……。質問を変えよう。自己治癒の場合はどの程度まで治せる?」
「怪我は手前ェも学生時代に見たことあんだろ。一日寝りゃ治る」
「そうだな。あれはちょっと引いた」
切り傷だけではなく、骨折なども一日で治る。意味がわからないと初めて見た時はミッテも思ったのだが、意識的に魔力の循環をさせればその場で直ぐにでも自己治癒が完了すると言われれば、本当に同じ人類なのかな?とさえ思った。
「原理は俺にも詳しくわかんねぇよ。ただ、俺の身体は自分の魔力を通せば元に戻る」
「気を悪くしないで欲しいのだが……君を殺そうとした場合はどんな方法なら可能だ?」
「毒物は効かねぇな。病気も無理。腕位ェならぶっ飛んでも戻せる。鳥女が一瞬で全身消し炭にしたらワンチャンじゃねぇの。まぁ、そんな事アイツがしてきたら先に心臓に氷ぶち込んで殺すけどよ」
グラナートの氷結魔法は然程強くはないのだが、魔力制御が抜群に上手いのでピンポイントで他の人間の心臓に氷塊を作ることができる。
「うん。それ前も聞いたことあるけど実際心臓に氷塊ってできるの?」
「魔物で試した時は上手く行った」
「試したんだ!!上手く行ったんだ!!怖っ!!絶対心臓発作とかで片付けられちゃう暗殺向きの能力だよね!!」
「人間のほうが魔力耐性低いし簡単にできるんじゃねぇの」
「やだー!!聞きたくないーーー!!何で神様はグラナートにヤバい能力ばっか与えてるの!?」
耳を抑えてブンブンと頭を振るミッテを見てグラナートは呆れたような表情を作ったのだが、側近のほうが顔色を変えて恐る恐ると言うように言葉を放った。
「お話中ですがよろしいでしょうか」
「なんだ?」
ミッテの許可を得たので側近は小さく息を吐き出した後にじっとグラナートに視線を送った。
「貴方は欠損も修復できるのですか」
「自分の腕位ェならいけるってさっき言ったろ。首は試したことねぇけど」
「病にもかからない」
「そーだな。麻酔や薬の類も受け付けねぇから面倒な事もあっけどよ」
痛み止めの類を受け付けないのでそういう意味では不便だとミッテは考えたのだが、直ぐに治るのなら痛みは長く続かないかもしれないとぼんやり思う中、はた、とある思考に至り身体を乗り出す。
「待て。欠損修復や病の治癒は他人にも可能なのか?」
「魔物に食いちぎられた他人の指は治したことあっけど、出力すっ時に相性次第で魔力ロスが出っからどの程度までいけるかは断言できねぇな。俺の魔力との相性次第。つーか、今手前ェの穴あいた胃治したろ」
魔力量の問題で制限があるが治せる。それを聞いてミッテは頭を抱えた。側近が何を聞きたかったのか理解したのだ。
「治せないモノは?」
「老衰は無理だな。あと俺の兄貴みてぇに先天的な病は無理。コドクの味覚障害や手足の麻痺みてぇに後天的なもんなら魔力容量や相性次第だけど大概なんとかなる」
「……条件付きか……だから私の胃痛が慢性的なのか聞いたのか」
先天的な胃腸の不具合があるのならば無理ということだろうと思いながらミッテは思考を巡らせた。
怪我の治癒以外に、欠損修復や病の治癒ができる場合は国として聖人や聖女認定を行うという事を思い出したのだ。特別な存在。国家が保護すべき能力者。
迷ったように黙り込んだミッテを眺め、グラナートはソファーの背もたれに体重を預けると、面倒臭そうに口を開いた。
「何度も言うけどよ。俺の能力は人を選ぶ。平等に人に配分できる奇跡じゃねぇんだ。それを全面に出して認定見送れ。神殿も絶対認定反対するだろうしよ」
神殿の加護と相性が悪いのは証明されているので、神殿は絶対にグラナートに聖人認定など降ろさないだろう。元々治癒師としても否定されているのだ。しかしながら国としての認定は別問題である。
「君は……聖人認定されたくないという事か?」
「面倒事増えんだろ。アリーセとの時間が減る」
「優遇措置は山ほどある」
「アリーセとの時間以上に大事なもんなんざねぇよ。ここで手前ェらの口封じんぞ」
「ヤメテ。私も君を聖人認定する気はない。ないと言うか、え、聖人?君が?口封じするとか物騒なこと言う聖人とか無理。怖い」
「そうか。まぁ、俺の能力は隠してねぇし、奇人みてぇに気が付くやつは気が付くだろうけどよ」
「フレムデ・ノイ伯爵が?君を聖人だと言ったのか?」
そもそもグラナートは体質的に魔術師よりであるのにも関わらず、性格が物理至上主義である上にデタラメに武芸能力が高いので、寧ろ魔法が使えたのかと思う人間も多い。辺境の人間は知っているモノの方が多いだろうが、ミッテとて、学園で初めてグラナートが魔法を使えるのを知ったのだ。
「聖人とは言ってなかったな。限定的な虚空接続者なんだと」
「なにそれ」
「詳しくは俺にもわかんねぇな。説明聞いてもピンとこなかった」
「あー、まぁ、あの人自分が理解してる事を人に説明するのちょっとアレだからなぁ……」
「どっちかってとアルフォンス・ランゲの能力に近い」
「……彼は映像記憶以外に過去視もできると考えていいのか」
「未来視もできる。使えばジャンクだけどよ」
「わー。国が国なら聖人以上に霊廟で大事に保護される存在じゃないですかー。やだーもー」
例の事件の際に恐らくそうだろうと察してはいたが、実際グラナートの口から肯定されればミッテも頭を抱えるしかない。聞きたくなかったが、聞かなければならない事でもあった。とはいえ、この国に南国のように未来視や過去視の魔眼持ちを保護する法律はないので、心の小箱にしまってスルーすることにした。
「俺の能力は虚空の記録を魔力を代償に上書きするんだと」
「なんて?」
「だから詳しくはわからねぇって言ってんだろ」
聞き返したミッテにグラナートは呆れたように言葉を放つ。そもそも虚空の意味がわからない。これはフレムデ・ノイ伯爵に聞いてもきちんと自分が理解できる説明をしてくれるのかも怪しいと思いながらミッテは胡乱な表情をする。
「雑に言うなら、虚空にある手前ェの健康な頃の胃袋の記録を参照して、穴があいた胃袋っていう現在の状況に上書きする感じなんじゃねぇの。なんつってたか……人体限定の改変能力。厳密に言えば治癒じゃないんだと」
「だから健康であった虚空とやらの記録のない先天的疾患を持つ君の兄上には使えなかった」
「多分な。俺の魔力で置き換えっから、他人の身体に俺の魔力を流す必要がある。けど、基本他人の魔力ってのは異物だ。そんで痛みが伴う」
「言われてみれば、他人からの魔力供給は痛みが伴うから基本はやらないな」
「魔力は飯食ったり寝たりで回復すっしな。魔術師でも緊急時にしかしねぇだろ。ショック死すっこともあっから」
普通の治癒魔法が不便なのは外部からの魔力供給手段が確立されていないというのもある。消費したはしから外部供給していけば理論上は際限なく治療できる筈なのだが、その外部供給が難しいのだ。
「それにこの改変とやらも肉体年齢に引っ張られっから年齢的な不調にはあんま上手く効かねぇんだ。そんでもマシにはなんだろうけど」
「老衰は無理なのはそのあたりか」
「……でなきゃ俺は死なねぇし成長しねぇって話になる。俺の場合は魔力を自分の身体に循環させる事で肉体年齢に合わせて常に健康である状態に情報を上書きし続けてるって事なんだと」
「意味がわからない」
「俺も完全に理解してる訳じゃねぇよ」
一応フレムデ・ノイ伯爵の説明はグラナートも真面目に聞いたのだが、完全に理解はできなかったのだ。けれど、後天的な不調であれば魔力が足りさえすれば治せる。それだけは把握した。
「過去聖人やら聖女認定された人間が普通の治癒能力の延長で欠損や病を治せたのか、俺みてぇに別の能力者だったのかは知らねぇけどよ。奇人が言うにはこれは元々赤狼の権能なんだと」
「土地神の?」
驚いたようにミッテは顔を上げる。土地神というのはそれぞれ得意と言われる分野がある。例えば八咫烏は知恵の加護を与えると言われているし、以前フレムデ・ノイが言っていたように朱雀は未来を司る。白虎は過去。辺境家門が赤狼を祀っているのは、赤狼が戦いの神だからだ。常に魔物の脅威に晒されている過酷な土地の闘神。
その赤狼と同じ赤い瞳を持った男は口元を歪めて嘲笑った。
「戦い続けるための能力」




