狂犬と王太子・前編
番外編不定期更新予定。
ネームドではなかったが人気のあった王太子からスタート。
側近より渡された書類を読みながらリーニエ王国の王太子であるミッテ・バウムレーベンは眉間にシワを寄せた。
元王妹であるクレイの輿入れに関する報告書。
結局側妃実家からの輿入れとなったのだが、南国との国交を深める為のものでもあるので道中の護衛に関しては近衛騎士団が一部担っていたのだ。
花園への輿入れ自体はつつがなくと、とりあえずの報告が南国第五王子であるサイイドからあったのだが、細かい報告書を同行した近衛騎士団長が提出してきた。
「……雷ねぇ……」
思わずミッテが眉を寄せてしまったのは、道中不幸な事故があったからである。
そもそも南国との国境沿いの森林地帯は単発的な豪雨がこの時期に発生することが多い。それもあって、ぬかるみに対応でき、更に砂漠でもそれなりに問題なく動くミュラー商会の馬車をミッテは手配した。しかしながら、ミュラー商会の馬車は人を運ぶのではなく荷を運ぶためのものであるために乗り心地はお世辞にも良くはない。避雷魔具も装備しているので、あの馬車に乗れば御者や馬、果ては馬車のすぐ近くを移動する護衛も落雷の被害から守れるのだが、乗り心地の一点が気に入らなかった元王妹・クレイは己の使っていた馬車を使用したのだ。
わがままだと突っぱねる事もミッテにはできたのだが、彼女の個人保有の馬車は趣味が良いとは言えないので残されても処理に困ると嫁入り道具の一つとして彼女の希望通り持たせ、乗るも乗らないも自由だと丸投げした。
その他の嫁入り道具や、今回迷惑をかけたサイイドに対する贈り物に関しては初期の予定通りミュラー商会の馬車に乗せての出発。
その道中豪雨に見舞われ、運悪く彼女の乗る馬車の側で護衛していた彼女の護衛騎士の内二名が雷にうたれた。
南国の関所にいた東雲国の薬師が応急手当をしてくれたお陰で命こそ助かったが、騎士としての復帰には時間もかかるだろうし、クレイの寵愛した美しい顔立ちも元には戻らないだろう事が文章から察せられる。
「……この薬師に謝礼は支払ったのか?」
「近衛騎士団長が謝礼を申し出た所、中央の霊廟まで乗せてくれればいいとの事で……」
側近の言葉にミッテは僅かに眉を寄せると、その旨報告書に追加で書きつける。
そしてその負傷者の名前を確認したミッテは、一瞬に瞳を見開いた後背もたれに体重を預けて天井を見上げた。
「あーーーーーーー!!コレは不幸な事故!!そう!!運がなかった!!星回りが悪かった!!」
そんな事を突然ミッテが言い出した事に側近は驚きもせず、寧ろ労るような視線を彼に送る。
「うん!!折角グラナートに怪我を治して貰ったのに運がないな!!可哀想に!!」
「そうですね。彼らは我が国に戻る事もできませんし、南国での治療が上手く行けばいいのですが」
落雷にて負傷した護衛騎士が、アルフォンス・ランゲ伯爵令息にのしかかり、ヒルダ・ノイ伯爵令嬢の風魔法の直撃を受けた二人であったのは名を見れば直ぐに分かったのだが、ミッテは速攻で落雷は不幸な事故だと片付ける。
「ヒルダ・ノイ伯爵令嬢が忙しい中、道中の魔物を自領の討伐部隊を率いて事前にある程度露払いをしてくださったお陰で、魔物被害はありませんでしたし。豪雨時の落雷事故はゼロではありませんからね」
「そうだね!!ヒルダ嬢も婚約が決まってミュラー小伯爵夫人と忙しくうっきうきで準備してるし!!あ、そう言えばタウンハウスももうすぐ完成だっけ??新築祝いでもだそうかな??」
彼女は忙しい、を強調しながらヤケクソのようにミッテが言い放つと、側近は苦笑しながら侍女が持っていきたお茶の横に小さな包を添える。それをミッテは慣れた手つきで開くと、粉を口に落としてお茶で流し込んだ。
「苦っ。もうやだーーーー。今日はスープだけでいい。食べれる気しない」
「王太子妃殿下が心配なさりますよ」
「心配かけるの不本意だけど、受け付けないんだよなぁ。グラナート位頑丈で神経太ければって思う……」
口の中に残った苦みを流すために再度お茶を飲んでいたミッテは、突然その動きを止める。その様子に驚いたように側近は口を開いた。
「殿下?薬に問題が?」
「あ、いや。グラナートの治癒魔法って元々は自己治癒だったっけ」
「そうですね。学生の頃に外部出力ができるようになって、神殿で判定を受けた結果例の副作用が判明して、結局治癒師としては登録されていませんが……」
魔力相性によって副作用が変わってくる上に、グラナート曰く旧き神の加護持ちとはすこぶる相性が悪い。となると、神殿としては己の信徒に使えない能力者をわざわざ保護する必要性を感じなかったのだろうし、グラナートが辺境伯令息であったために神殿の後ろ盾がなくても何一つ不便がなかった為に治癒師としては登録されていない。平民であったり下位貴族であれば、一方的に周りから搾取される危険があるので、基本神殿が後ろ盾として保護しているのだが。
治癒魔法を使える者は数が少ない上に、能力にも幅がある。そして基本的に大量の魔力が必要なのもあり、治癒師は国に存在するのだがそれに頼り切りと言うわけにもいかないので医師や薬師もリーニエ王国では普通に活躍していた。
歴史を紐解けば、聖人や聖女と呼ばれる、かすり傷から欠損、重い病まで治療できる治癒師が存在したこともあるのだが、それは片手にも満たない。それを考えれば奇跡に頼らず医療に国として力を入れると言う判断は間違っていないだろう。
「……いや、私はてっきり神殿の加護持ちだと思ってたのだが、鵬の加護持ちだとサイイド殿下に言われてな」
「そうなのですか?」
思わず側近が瞳を丸くしたのもしかたないだろう。クレイもであるが、ミッテの弟である第二王子も神殿の加護持ちであったのだ。
国が神殿の神を信仰している訳ではないのだが、いわば提携状態であるので何かと行事などには参加しているし寄付なども行っている。神殿の奉仕活動などのも女性王族などは参加しているのもあり、漠然と加護があるのなら神殿の加護だとミッテは思い込んでいた。
それもあって王妃実家の土地神である鵬であると言われた時はミッテも驚いた訳なのだが、ふと、ならば試してみたいと思ったことがあったのだ。
「……ワンチャン、グラナートの治癒を受けれないだろうか……」
「それは……判断しかねますが……胃痛にも効くのですか?」
そう言いながら側近が首を傾げたのは、そもそも治癒魔法と言うのは基本的には術師の魔力を触媒に本人の魔力に働きかけて、自然治癒力を活性化させるものであるからである。
なので、擦り傷や骨折などの放っておいても治る怪我などは基本的に問題なく治癒できるが、欠損であったり重い病である場合は無理であるというのが大雑把な分類である。そして、術者だけではなく本人の魔力も消費して初めて治癒魔法はその力を発揮する。人間誰しも魔力を持っているし、血液同様最低限の容量が体内に確保されていなければ不調をきたす。食事や睡眠で回復はするものの、それでも一気に消費すれば昏倒する場合もあるし、即死はないが弱ってそのまま儚くなる場合もあるために、魔術師団等はまず自分の魔力容量を把握するところから訓練を始めるのだ。
要するに、傷は治ったが本人は死んだ。そんな事故が起こる可能性がゼロではないのもあり、治癒魔法を使う場合は慎重に怪我や本人の状態を見極めなければならない。万能ではないのだ。その上神殿への寄付も必要となれば余程のことがない限り、医師や薬師で事足りるのならばと敬遠される。
例えばグラナートの兄である辺境伯嫡男。彼は幼少の頃より身体が弱く、気管支系に疾患があった。神殿の治癒師の治療に耐えられるほどの魔力も体力もなく、結局海を超えた東雲国の薬師を招くことで体質改善を図り、現在は次期当主として問題はないと聞いていた。
ただ、側近がそこまで考えて思い出したのは、尋問時のグラナートの発言。
──無能な上司の命令に胃を痛めている者、ストレス性の肌荒れ、訓練時の怪我含めて、百%健康な人間はいない。素直に自白するならよし、そうでないのなら喋りやすいように順番に治療していく。
「胃痛……治癒できるかもしれませんね……」
「だよね!!薬で回復早めてるだけで、多分コレ長引くけど自然治癒でいける範囲だよね!?医師もストレス性の胃炎って言ってたし!!」
病と言っても一括りにはできない。自然に治る可能性があるのなら、治癒師でも治療できる事はあるのだ。ただそうは言っても治癒師本人の資質や魔力量によるのだろうが、あそこまで言い切ったのを考えればグラナートはかなりの範囲治癒できる可能性があった。
ミッテも神殿での治癒も考えたことはあったのだが、神殿との癒着を防止する為に余程の事がなければ王族は神殿の治癒師の治療を受けないのが慣例となっている。胃痛ぐらい……と言われてしまえば医師を頼る他ない。
「多少痛くても我慢するって一筆書けばやってくれるかな?無論手間賃は払うし。食事取れないのが辛い。こう、体力的にキツイ」
「そうですね。一度お時間がある時に頼んでみては?」
仕事をこなすのに体力はどうしてもいるので食事はきちんと取りたいが胃が受け付けない。だましだまし薬を飲みながら流し込む日々。王太子妃等は心配して胃腸に優しい食材などを何かと手配してくれているのだが、それでも毎日のことであるので申し訳ないとミッテは考えていたのだ。
「よし!!ダメ元で頼んでみよう!!無理なら奥さん経由でミュラー小伯爵夫人に泣きつく感じで!!」
きっと愛妻の頼みなら聞いてくれるだろう。そう思いながらミッテは手持ちの書類を処理し始めた。
***
「手前ェの胃痛は慢性的なもんか」
「慢性的?」
「ガキの頃からかって聞いてんだ」
結局思ったよりすっとグラナートが了承してくれた事に肩透かしを食らったミッテであったが、医師の診断書と治療同意書を持ってウキウキとミュラー伯爵邸を訪れた。
そしてその口調は王族に対してどうなの?と思わないでもないが、今更グラナートに丁寧に扱われても怖いのでミッテも側近も注意することはない。公的な場所ではグラナートとてきちんとするのだ。これは私的な場。そう割り切ってミッテも対応する。
「いや、幼少の頃は寧ろ胃腸は強かったな。王太子に決まった辺りから徐々に……という感じか?」
「ならいけんだろ。痛ェかもしれねぇけどよ」
そう言うとグラナートはミッテの首に片手を伸ばす。思わず仰け反って避けそうになってしまったのは、グラナートが人の首位ならば片手で簡単にへし折るからである。けれどその恐怖をねじ伏せてミッテがじっとしていると、グラナートの指が探るように彼の首を撫でる。
「ここか。ちょっと魔力流すぞ。無理そうなら早めに言え」
「わかった」
一応ミッテの側近と護衛はそばに控えているのだが口出しも手出しもしないように言い含めていた彼らが動かない。
そしてチクリと首に痛みが走り、血管を異物が転がるような不快感にミッテは襲われる。
「……穴あきかけてんじゃねぇのコレ」
「マジで!?もーやだー!!無理?治療無理っぽい??そこまで行ったら流石に治癒師の範囲じゃないよね!?」
半泣きになりながらミッテが言葉を放つと、グラナートは面倒臭そうに口を開いた。
「治せっけど時間かる。痛ェぞ」
「我慢するから!!」
「そうか。そんじゃ治療すっか」
大したことではないと言うようにグラナートが言葉を放つと、側近がその前に……と確認するように口を開いた。
「治療にあたり殿下の魔力欠乏による昏倒などの恐れは?」
「ねぇよ。まぁ、痛みで気絶はあっかもしんねぇけど。心配なら後ろで支えられるようにしとけ」
ひっくり返って頭でも打ったら大惨事だと側近が心配したのを察してグラナートが言い放つと、側近と護衛は頷きあってミッテ両側に控えた。
「え、待って。逆に怖い」
「手前ェの加護は鵬だったか。まぁ、コドクよかマシだろ」
「怖い怖い怖い怖い!!」
まだ治療も始まっていないのにミッテは涙目になってきたのだが、それでも逃げ出す気はないのだろう、ひとしきり騒いだ後に唇を噛み締めて頷いた。
過去一度だけ治癒魔法とはどんなのもかと体験するために神殿で治療を受けた事があったのだが、その時は直ぐに怪我は治ったが魔力消耗のためか酷く身体が怠かったのを覚えている。コレは確かに多用できなさそうだ。神の奇跡というのは代償を伴うものなのだなと当時思ったのをミッテは良く覚えていた。
しかしながらグラナートの治癒は根本的に別物だと身をもって体験する。
血管や神経に小石を流し込まれるような痛み。それが全身に広がるのを暫く堪えていると、胃の当たりにそれが集まっていくのを感じる。
クレイや護衛騎士よりは恐らくマシなのだろうと考えるが、悲鳴を上げないのを褒めて欲しいと思いながらミッテは唇を噛み締めた。
瞬間。
氷が溶けるように胃に集まった違和感が消える。
それに驚いてミッテが顔をあげると、グラナートは口端を上げた。
「王妃殿下に感謝しろ。鵬と相性は悪くなかった。俺が八咫烏の加護もあっから他の奴よか痛みはマシだったんじゃねぇの」
元々グラナートは辺境伯の祀る赤狼の加護持ちであるが、ミュラー伯爵家に婿入りした際に八咫烏の加護も貰っている。
鳥か!!鳥系だったのが良かったのか!!ありがとう鵬!!ありがとうミュラー小伯爵夫人!!とミッテは心の中で今度母親の実家に行った際には鵬の霊廟に寄付をたんまりしておこうと決めた。
「殿下。魔力の方は?」
「……」
心配そうに側近が声をかけると、ミッテは暫く自分の手を眺めていたが、顔色を変えてグラナートに視線を送る。
「グラナート」
「何だ?」
「この治癒魔法は何だ?神殿のモノと根本的に違う」
「だろーな」
「人払いをできるか?」
「手前ェの子飼いしかこの部屋にいねぇよ」
呆れたようにそう言い放ったが、グラナートはソファーから立ち上がると執務用の机のそばへ行き、その机の角を二回指で叩いた。
小さな音と共に僅かに部屋の空気が変わる。
「防音魔具起動した。これでいいか」
「あぁ。手間をかける」
そして再度グラナートがソファーに座ったのを確認してミッテは口を開いた。




