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ミュラー伯爵邸に担ぎ込まれたアルフォンスは、目を覚ませば苦い薬を飲まされ、ヒルダに散々怒られ、何とか手伝われながらヴォルフの準備した寝間着に着替え寝台に身体を横たえていた。
隣室には念の為にとサイイドの側近が控えているのだが恐らく問題なく薬は抜けるだろうとぼんやりとアルフォンスは考える。
そして夢を見た。
それは懐かしい故郷の夢。
けれど己には覚えのない記憶。
魔物に襲われていた時に魔術師に助けられた。それは黄金と白銀の瞳を持ち、東雲国から古い知人に会うために旅をしていると魔術師……否、自称・魔女。
礼に屋敷に招き食事と寝床を提供した所、その魔女は彼に本を一冊託す。
「いつかコレを気に入ったアンタの子孫のお守り代わり位にはなるわ」
素直にそれを受け取った男は読めない文字に苦笑しながらも、大事に大事にその本を保管した。
「……朱が伽藍洞の君を迎えに来る。その時にきっと役に立つ。まぁ、未来予知は朱の領分でアタシは得意ではないんだけどね」
そう言って魔女は笑った。
寝台から身体を起こしたアルフォンスは己の手を何度か握りしめ不調がないことを確認する。
「……魔女ね……」
父や祖父から聞かされていた話は通りすがりの魔女に助けられたという話だけ。そして一宿一飯の礼に託された本とお守り。
魔眼持ちであることが発覚した時は長生きできないのか、そうぼんやりと思っていたのだが、結局魔女のお守りが己を生かし、朱の姫と出会うまで命を繋いでくれた。そして朱雀の加護を貰っただけではなく、南国の王子に気に入られ白虎のお守りまで貰う。
黄金色の瞳をした赤いひよこと、白銀色の瞳をした白い猫を思い出してアルフォンスは瞳を細めた。
伽藍洞だった自分は、たくさんのものを今は持っている。
「起きた?大丈夫?」
心配そうな表情のヒルダが顔をのぞかせたのでアルフォンスは小さく頷く。すると彼女は遠慮なく部屋に入ってきて寝台の横に設置されていた椅子にぽふっと座った。
「一週間おやすみですって」
「……長くない?」
「王太子の判断みたいよ。王妹の護衛騎士が不祥事に関与してたせいで、騎士団もバタバタしてるみたいね。事情聴取の人間が来るかもしれないけど、基本ここで療養だそうよ」
恐らく第二騎士団もそれなりにバタバタとするのだろうと予想できたのもありアルフォンスは素直に頷く。
「まぁ、被害者の口封じ防止もあるんじゃないの」
「あぁ」
となればミュラー伯爵邸というのは鉄壁の防御を誇るとぼんやりとアルフォンスは考えた。無論何かしらあってもただやられる気は彼にはなかったのだが。けれど心配するヒルダの表情を見ればわざわざ危険を犯してまで寮に戻るという選択肢を取る気にはならなかった。
「王妹だけじゃなくて協力した侍女とか護衛騎士の処分もあるから、その実家周りをきちんと黙らせるまでは身辺に注意して欲しいって王太子が言ってたわよ」
「会ったんだ」
「今は狂犬と話してる」
そう言われて漸くアルフォンスは既に時間が昼を回っていることに気がついた。そして身辺に注意というのは、俗に言う逆恨み的な物や、減刑のための脅し的な物に対してだろうとアルフォンスは考える。
「あと、貴方の親御さんも近いうちにこちらに来るわ」
「何で?」
心底吃驚したようにアルフォンスが声を上げると、ヒルダは呆れたように彼の顔を眺める。
「そりゃスペアの次男坊とはいえ大事な息子害されたのよ?しかも王妹に。王家としても謝罪と賠償って話になるでしょ。安全面考慮してグラナートの判断でミュラー伯爵邸に滞在させる事になったわ」
中央に屋敷を持っていないランゲ伯爵家なので急な王家からの呼び出しで何かと大変だろうと、馬車の手配もミュラー商会が斡旋し宿泊も面倒を見る。そんな話になったと言われる。とはいえその費用等は王家が出し、グラナートの懐は痛まないので気にしなくていいとヒルダは付けたした。
「長生きする予定なかったからスペアですらなかったけど」
「……私と長生きするんでしょ?」
眉を寄せてヒルダはアルフォンスの顔を覗き込む。それに対し彼は藍の瞳を細めて笑った。
「そうだね。だから俺と結婚して」
「はぁ?」
「どうせ長生きするなら幸せになりたい」
「そりゃそうよね。私も貴方に幸せになってほしいわ」
「だから、ヒルダが俺を幸せにしてよ」
吃驚したようにヒルダの琥珀色の瞳が見開かれる。
「伽藍洞の男は嫌?」
「……もう伽藍洞じゃないでしょ貴方」
「そうだね。ヒルダや他の人たちから沢山貰った。アリーセ様みたいに」
初めて出会った時にアルフォンスは昔のアリーセに似ていると言われた。けれどアルフォンスから見ればアリーセは幸福の象徴そのものであった。彼女の歩んできた道を彼は知らなかったが、愛し、愛され、きっと彼女は満たされたのだろうと思う。己と同じ様に。
「俺の残りの人生、ヒルダと一緒に生きていたい」
「ホント、困った子ね。手、出しなさい」
素直にアルフォンスが手を出すと、彼女はその掌に指輪を乗せた。琥珀色の石が嵌った物。映像記憶の魔眼封じの魔具。
「ここまで小さくできたんだ」
「そうね。流石にピアスまで落とし込むにはもう少しかかるわ。それあげる」
「折角だからヒルダが俺に嵌めてよ」
ねだるような言葉をアルフォンスが吐き出す。すると彼女は瞳を細めてその指輪をつまみ上げると、彼の左手を取った。
「竜種に導かれた君を朱の加護と白銀の祈りが守るでしょう。ホシに愛され、愛する子。貴方の旅路が良きものでありますように」
柔らかな声色は彼の幸せを願う祈り。
「ヒルダと一緒なら歩いていける」
「なら一緒に歩きましょうか」
左手に嵌められた指輪に視線を落とした後、アルフォンスはヒルダの言葉に笑う。すると彼女は彼の手を取って、掌にくちづけをおとした。
「朱雀の愛は魂を灼くわよ」
「とっくに灼かれてる。手遅れ」
手遅れとアルフォンスが言い放ったのが可笑しかったのだろう、ヒルダは口元を僅かに緩めると、嬉しそうに瞳を細めた。
「となれば。私の可愛い子に心的外傷を負わせた馬鹿どもに制裁を加えないと」
「心的外傷?」
「大きな男二人にのしかかられて怖かったでしょ?不能になっちゃったらどうするのよ!!」
ぷんすこ怒るヒルダを眺めてアルフォンスは例の事件をぼんやりと思い出す。寝床に連れ込まれたのであろう事は察していた。しかしながらのしかかられた云々は余り覚えていないので過去視でもしようかと思ったが、ヒルダに怒られそうなのでやめた。
「大丈夫だけど」
「私が大丈夫じゃないの!!ホント腹立つ。電撃だと貴方にまで流れちゃうから風魔法でふっとばしたけど、あの時ほど自分の風魔法がへなちょこなのを恨んだことはないわ。あ、うそ。跳躍補助練習した時に少し恨んだわ」
「そもそも、王妹と一緒に何かしらの罰があるんじゃないの?」
「そりゃあるでしょうけど」
不服そうな顔をするヒルダ可愛いなと思いながらアルフォンスは思考を巡らす。過剰な制裁は私刑だとヒルダが非難を受ける可能性があるのが心配なのだ。
どうやってヒルダを止めようか、それとも話を変えてしまおうか、そんな事を考えていると扉がノックされた。
そして扉を開けたのはグラナートと王太子。
ヒルダは心底嫌そうな顔をしたのだが、アルフォンスが招き入れると彼らは部屋に入ってくる。それに伴いアルフォンスも流石に寝台の上は失礼だろうとソファーに移動して王太子に頭を下げた。
「この様な格好で申し訳ありません」
「いや、こちらこそ無理をさせて済まない。王家より謝罪と賠償、そして今後のことを早めに被害者である君には伝えておこうと思ってな」
王太子の言葉に不機嫌そうにヒルダは眉を寄せ、アルフォンスは小さく頷いた。
「この度はアルフォンス・ランゲ伯爵令息には迷惑をかけることとなって申し訳なかった。給与の補填以外にも賠償金の支払いを国王陛下が決定した。金額に関しては王妹以外の関与者の件が落とし込みきれていないのでこの場で確定金額を伝えられないのだが……」
真っ先に謝罪を口にし王太子が頭を下げた事にアルフォンスは驚く。おいそれと王族は頭を下げるなどできるものではない。もっとも、サイイド等は以前ヒルダやグラナートに土下座をしたらしいのだが。
「きちんと罰せられるならそれで構いません」
「それに関してなのだが……これから私が話す事は他言無用で頼みたい。王家のゴタゴタに巻き込むのは心苦しいのだが、きちんと話しておかねば、アルフォンス・ランゲも、ヒルダ・ノイも納得しないだろうと思い、君たちには全てを話す許可を国王陛下から頂いてきた」
面倒臭いことは余り聞きたくないとアルフォンスは思ったのだが、全部話して当然ではないかと言う様な表情をヒルダが作ったので黙ることにする。ここでヒルダが納得しなければ先程言っていた様に過剰な報復に走るかもしれないと思ったのだ。
そして語られたのは今朝の出来事。




