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嵐のようにヒルダが部屋を出てゆくと、残った王太子は渋い顔をしてサイイドへ視線を送る。今後の対応をどうするか国王に判断を仰ぐ時間が欲しかったのだが、満面の笑みを浮かべたサイイドの様子に薄ら寒いものを感じて言葉を探した。
「うむ!!では我が同盟者よ!!これから尋問を行うので部屋を貸して欲しい」
「尋問……こちらにお任せいただくわけには……」
「我が名を騙ったという事実がある以上こちらも何もしないわけにいかぬ」
ですよねー、と心の中で考えながら王太子は拘束されながらもまだ座り込む王妹に視線を落とした。
そして尋問と聞いて流石にまずいと思ったのか、涙を浮かべ王妹はサイイドに言葉を放った。
「サイイド殿下……私はただ……輿入れ前に彼に護衛騎士にならないかと打診をしたかっただけで……彼が急に気分が悪くなったようですので介抱を……」
「あんだけ薬盛りゃ具合も悪くなんだろ」
冷ややかなグラナートの言葉に一瞬王妹は眉を上げたが、無視する事にしたのだろう言葉を続けた。
「私から申し上げられるのは……これだけです……」
悲しげに眉を下げ、哀れそうに震える姿を見て絆される者は残念ながらおらず、彼女の子飼い達も流石に他国の王族相手に声を上げられないのだろう、王妹を庇う言葉も出ない。そんな中、グラナートが僅かに眉を上げて王妹に近寄ると、彼女を拘束する近衛騎士に小さく言葉を放った。
「ちょっと手ェ放せ」
流石に王太子の命令で拘束しているのもあり、助けを求める様に近衛騎士は王太子に視線を送る。すると王太子が小さく頷いたので掴んでいた王妹の腕を放した。
「赤くなってんな」
「……少し痛むだけです……」
弱々しく言葉を放つ王妹が次に上げたのは悲鳴。そして腕を抑えてうずくまった。
それを見下ろしたグラナートは小さく舌打ちをする。
「やっぱ旧き神の加護持ちは駄目だな。こんなん五分で発狂すんだろ」
「グラナート!!お前!!暴力は問題になる!!」
「ちげぇよ。赤くなってたから治してやったんだ」
「は?」
そう言われた王太子は王妹に駆け寄り彼女の腕を確認する。先程まで拘束の際に近衛騎士が掴んでいた場所が赤くなっていたのは王太子も確認していたのだが、それが綺麗になくなっている。
「うむ。やはりダメか。では王妹殿下の方は揉めないように同盟者に頼む事にしよう」
「治癒魔法ですって!?あんなに痛かったのに!?」
思わずと行ったように弱々しい演技をかなぐり捨てて王妹がグラナートを怒鳴りつけると、彼は口端を上げた。
「魔力相性が悪ィと治療の時痛むんだ。こればっかはどうにもできなくてよ。不可抗力だ」
「そんな馬鹿なこと!!」
「うむ。非常に治癒能力は高いのだが痛むな。私も大変な目にあったが今はありがたい事に狂犬のお陰で健康体だ」
満面の笑みでサイイドが太鼓判を押してしまえば王妹はそれ以上文句を言うことができない。そしてその笑顔のままサイイドは王太子に言葉を放つ。
「先程我が朋友が言った言葉は覚えているな。そちらの裏付けも頼む」
「あれは……一体何だったのだ?」
聞いていいのか迷った様に王太子が言葉を放つとグラナートがつべこべ言わず動けと言う様に睨みつけてきたので、しかたなく返事を待たずに指示を出す。そして王妹は一旦貴族牢へ。他の侍女や護衛騎士に関しては今この場にいないものを含め、王妹付きの者を尋問室へ連れて行くように指示を出した。
「……グラナート」
「何だ?」
「知っていると思うが、暴力行為を伴う自白強要は基本禁止されている」
「知ってっけど。ついでに言うなら南国で王族の騙りは縛り首だな。心配なら書記官の他に監視人つけろ」
グラナートの提案にサイイドが頷いたので、そちらの方の人員も王太子は手配した。そして国王への報告、その他、一ヶ月前に辞めた侍女への事情聴取や、クビになったらしい護衛騎士への事情聴取。やることが山積みである事を考えて、思わず王太子は胃の辺りを押さえた。
***
一通りの指示を出したあと王太子は夜会会場に戻り、当事者不在を上手く取り繕いながらあれこれと走り回った。
そして漸く散会となったので、重たい身体を引きずって自室へ戻る。そこには己の側近とサイイドにつけた書記官が待っていたので驚いたように声を上げた。
「もう終わったのか」
「はい。こちらになります」
流石に早すぎないかと眉を上げたあと書記官の差し出した分厚い紙に目を通して王太子は頭を抱える。
「何でこの人と同じ血が流れてるんだろう私……というか、本当に早いな。尋問の際暴力行為などの問題は?」
「暴力行為はありませんでしたね」
「は?」
書記官の言葉に王太子が不思議そうに声を上げると、彼は少しだけ視線を彷徨わせたあと口を開いた。
集まった面々の前で一番最初にグラナートがヒルダの魔法の直撃を受けて腕を折っていた護衛騎士の治療をやってみせたのだと。
屈強な護衛騎士が泡を吹いて気絶するのを見た者は震え上がったのだが、そこで吐き出されたグラナートの言葉。
無能な上司の命令に胃を痛めている者、ストレス性の肌荒れ、訓練時の怪我含め、百%健康な人間はいない。素直に自白するならよし、そうでないのなら喋りやすいように順番に治療していく。そう笑いながら言い放った。
「……それは……酷い……」
侍女に関しては立ち会ったサイイドへの心象を少しでも良くしようと言う気持ちもあったのだろう、全員素直に喋ったのだが、数名沈黙を選んだ護衛騎士は彼の治療を受けて結局すべて吐いたと言われれば王太子は遠い目をする。
「以前奥方が襲撃された際の調書がやたら早かったのこれかぁ」
ミュラー伯爵家が拘束した面々の調書がやたらと早かったので、辺境の狂犬が拷問でもしたのかと言われていたが、中央の役人の立会もあり、拘束時の怪我の治療のみで暴力行為はなしとの発言があったためにその調書はそのまま裁判で採用された。
確かに治療のみである。死ぬ程痛いのだがそれはあくまで副作用。
「えっぐい……神殿に登録断られる訳だ……」
優秀な治癒魔法持ちであるが治療の際、魔力相性によっては痛みが伴うために登録を断られたと王太子も聞いたことはあったのだが、流石にここまでとは思っていなかったのだ。というのも、グラナートの愛妻アリーセ等は相性が良いのか全く痛まないし、ヴォルフも痛いと言うより痒いと言っていたのを聞いていたためであった。それもあって周りも副作用に関しては軽く考えていた。
「あ、五分で発狂って、叔母上とは相性が悪かったのか」
「恐らく……運がいいのか悪いのか……」
相性が悪すぎて自白をとる前に発狂すると判断したグラナートとサイイドは彼女を王太子の方に投げてきたのだろう。
「それで叔母上の方は?」
「サイイド殿下への弁明と同じ事を繰り返しているようです」
「はぁ……図々しい。子飼いが自白するとか考えていないのか?」
そう言いながら王太子は調書に視線を落とす。
アルフォンス・ランゲを文字通りはめて花園行き回避。そして、次男であるアルフォンスは爵位を持たないので、先王へ頼んで爵位を獲得させてそこへの嫁入り。杜撰すぎると王太子は呆れたのだが、書記官も同じ事を思ったのだろう。
「一ヶ月程前……ヒルダ・ノイ嬢の件で謹慎処分を受けた辺りから計画していたようですね。弛緩剤に関しては医療目的以外の売買は禁止されていますが、三番路地の店で非合法に手に入れたようです」
「……アルフォンス・ランゲの言葉通り証拠が出たか」
「はい。……恐らく彼の魔眼は映像記憶だけではなく過去視もできるのかもしれません」
「過去視?」
「はい。白虎の霊廟には未来視と過去視ができる者が保護されています。ノイ伯爵が魔眼封じを南国におさめたのを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ。南国からたんまり礼を貰ったな」
「元々はアルフォンス・ランゲの為に作った物なのかもしれません。南国では未来視や過去視ができる者は星神の加護の元尊ばれます。サイイド殿下が彼を特別扱いする理由の一つかもしれません」
一介の地方伯爵令息を特別扱いする理由としては妥当かと王太子は考えながら、ならばなおさら尊ぶべき人間相手に凌辱目的で薬物を盛った等サイイドは許さないような気がして頭を抱える。
「あーーーーーー!!!出荷取りやめかぁぁぁぁぁぁ!!」
情けない声を上げて王太子はのけぞる。こんなことならば無理をしてでも卒業後に花園に出してしまうべきだったと死ぬ程後悔するはめになったのもしかたないだろう。
「それで、殿下とグラナートは?」
「サイイド殿下は滞在している離宮へ。ミュラー小伯爵はノイ伯爵の乗ってきた馬車で帰宅されました」
「え?ノイ伯爵?夜会にいなかったよね」
側近の言葉に驚いたように王太子が確認すると、彼は言葉を重ねる。
「夜会が終わる直前にいらして、そのまま国王陛下を待つといつものお部屋に……」
「あぁ、父上の趣味部屋」
ノイ伯爵から送られた魔具を飾るために作られた部屋。二人が会う時は大概その部屋であるのは王太子も知っていたし、たまに同席して延々とノイ伯爵から魔具の説明及び、国王から友達自慢を聞かされる事もあった。
「このタイミングで魔具説明会??」
「流石にそこまでは……」
「失礼します」
扉の外から声がかかったので王太子は姿勢を正す。そして側近が王太子の許可の元扉を開けると、近衛騎士団長が折り目正しく礼をする。
「王太子殿下。国王陛下がお呼びです」
「わかった。すぐに行く」
サイイドの取った調書と、王妹の調書を纏めると、小さくため息をついたあと王太子は背筋を伸ばして部屋を出た。




