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「どっちよ!!もう!!」
王城で開かれた夜会であるために、探そうと思ってもやたらと広い。休憩室を含めればかなりの部屋数が解放されているのもありヒルダは分かれ道で足を止めて苛立ったように声を上げる。
それに対しサイイドは、ふむ、と小さく息を吐き出したあと側近に視線を送った。
「恐らくこちらの方向です」
「分かるの!?」
側近の指さした方向に視線を送りながらヒルダが声を上げると、サイイドは己の側近が元々は霊廟の薬師であったと言う。そのお陰か、白虎の加護に関しては識別能力が極端に高いのだと。それ以外の加護の識別は己のほうが優秀だと付け足したのは余計だとヒルダは思ったのだが、そもそもアルフォンスの加護は朱雀ではないのかと首を傾げた。
「青狼様は本日も殿下のハンカチをお持ちのようですので」
「コドク偉い!!素敵なプレゼントありがとう!!」
「うむ!!こんな事で役に立つとは何が起こるかわからんな!!」
そう言いながら二人がまた駆け出したのでサイイドの側近や護衛は慌ててまた二人を追うのだが、先行していた二人が足を止めたので彼らは速度を緩める。
「こちらは王族専用区画ですので立入禁止です」
「アルフォンス・ランゲを迎えに来たわ。呼んできなさい」
余りにも堂々とヒルダが言い放ったのでその場を守る近衛騎士は一瞬怯んだのだが、また同じ言葉を繰り返す。それに苛立ったヒルダの手元に一瞬火花が見えたサイイドは、満面の笑みを浮かべて口を開いた。
「我が名はサイイド・メテオール。知っての通り南国・メテオール王国の第五王子である。我は王族ではないと?」
いつも朗らかなサイイドが冷ややかな視線を送り近衛騎士に言葉を放てば、彼は息を飲み迷ったように視線を彷徨わせる。
「我が朋友が先にこちらに来た筈だ。なんせ、我が名で呼ばれたらしいのでな。では我を通さぬ道理はなかろう?」
「……それは……」
「通るぞ」
押しのけるようにサイイドが先陣を切り、それにヒルダが続く。他国の王族相手に無茶もできず近衛騎士は結局彼らを見送る羽目になった。
「絶対アレ誰も通すなって言われてるわ!!あの王妹が命令してる!!」
「うむ。腹立たしいな」
「あの部屋です殿下」
これみよがしに部屋の前に人立っているのもありヒルダは側近の言葉に頷く。
そして慌てたのは部屋の前に立つ護衛騎士だろう。区画入口担当には誰も通すなと言い含めていたはずなのにと慌てたように声を上げた。
「ここは立入禁止だ」
「煩い。死にたくなければどきなさい」
「何!?」
ヒルダの声に護衛騎士は剣に手を掛けたのだが、それより早く背後から強い熱と木の爆ぜる音がして慌てて振り返る。黒焦げになった元重厚な扉がその形を崩してゆく。
「貴様!!」
「朱雀姫に剣を向けるのは我に剣を向けるのと同じだと思え」
「サ、サイイド殿下!!しかし!!」
「我が名を語る不届き者を成敗しに来た」
「こちらにはその様な不届き者は……」
「コドク。コイツがあの子連れてった」
「うむ。捕らえよ」
二人いた護衛騎士のうち一人をヒルダが指さしたので、サイイドの指示で速やかに彼の配下に拘束される。そしてサイイドとヒルダが部屋に踏み込めば、侍女が突然黒焦げになった扉に驚いたのだろう、部屋の隅で数名震えていた。
部屋自体は王族用の休憩室で、ソファーやテーブルが設置されており、突然の侵入者に侍女の一人が声を上げた。
「無礼な!!」
「無礼なのはどっちかしら。うちの子迎えに来たわ。……奥の部屋ね」
ヒルダが素早く部屋に視線を滑らせ、奥へ続く扉を見つけたのでそれに向かって歩き出そうとしたのだが、慌てたように侍女はそれを止める。
「あの扉みたいになりたい?」
一旦足を止めて己に触れようとした侍女に冷ややかな視線を送れば、彼女は恐怖に青ざめ手を引っ込めた。
「……睡眠薬と筋肉弛緩剤です殿下」
「はぁ?」
そして部屋に入るなり、テーブルのしたに潜ったサイイドの側近は、床のカーペットのシミに布を当ててそれを確認する。そして彼の放った言葉にヒルダは声を上げたあと、奥の扉を開けようとするが、鍵がかかっているのか開かない。苛立ったようにヒルダが手を上げたので、サイイドは素早く側近とヒルダのそばから離れた。
一瞬で塵となった扉。先程よりヒルダのぶちこんだ雷撃の威力が強かったのだろう、床まで焼け焦げている。
「何!?」
防音性の高い部屋の構造が災いして外でのやり取りが聞こえていなかったのであろう、奥の部屋にいた者たちは驚いたように一瞬で消し飛んだ扉に驚き視線をヒルダに送る。
そして中の光景を見たヒルダは、寝台の上でアルフォンスを拘束するようにのしかかる男二人を風魔法で吹き飛ばした。
上がる悲鳴はそれまでその様子を眺めていたであろう、サイイドの名を語った不届き者……王妹・クレイ。
「何をしてるの!!この女を早く拘束しなさい!!」
声を上げるが吹き飛ばされた男たちは動かない。慌てた王妹は外にいる護衛騎士を呼ぼうとしたが、扉の前に立つサイイドと、息を切らせて部屋に飛び込んできた王太子を視界に捉えて言葉を飲み込んだ。
「朱雀姫様。一旦下がってください。換気をします」
寝台に駆け寄ろうとしたヒルダはサイイドの側近の声に舌打ちをしたが一旦足を止める。そして彼は動けない王妹の横をすり抜けると、寝台そばに設置されていた香に水をかけ、窓を開けた。
「どうだ」
「俗に言う媚薬の類の香です。青狼様は……睡眠薬と弛緩剤の影響を受けていますが呼吸などは正常です」
脈を確認したりとサイイドの側近がする中、王太子は青ざめる王妹に視線を送る。
「叔母上。輿入れ前に男を無理矢理連れ込む等先王陛下が嘆きますよ」
「違うの!!私は薬なんて知らなくて!!」
この状況でまだ言うか、そんな白けた気持ちになりながら王太子はサイイドの表情を伺う。これは花園行きはなくなるか、アレだけ苦労したのにと胃の腑が捻れる様な不快感に思わず王太子は顔をしかめた。そして己が連れていた近衛騎士に侍女含め王妹を拘束するように命令を下す。
「死んではねぇみてぇだな」
「雷魔法だとあの子にも流れるから風魔法でふっとばした。コイツらあの子にのしかかって服脱がしてたのよ!?それ眺めるとか変態趣味過ぎない!?この子の心的外傷になったらどうすんのよ!!」
壁にもたれかかり倒れている護衛騎士の脈を確認してグラナートが言葉を放てば心底不快そうにヒルダは言い捨てる。そしてグラナートが部屋に入ったので換気は問題ないのだろうと判断したヒルダは寝台に横たわるアルフォンスに声をかけた。
「眼鏡君!!アルフォンス・ランゲ!!大丈夫?起きなさい」
僅かにアルフォンスの眉間にシワが寄ったのにヒルダもサイイドの側近もホッとする。
「アルフォンス!!アル!!しっかりしなさい!!」
「……ヒルダ?」
「そうよ」
身体を起こそうとしたアルフォンスにヒルダは無理しないようにというような表情を作ったのだが、結局上半身を起こすのを助ける。弛緩剤のせいで身体が上手く動かせないのだろう。アルフォンスは不快そうに顔をしかめた。
「……ホント酷い目にあった」
「薬やら媚薬やら盛られまくってたわよ」
「腹立つ……」
ぼそっと言葉を零したアルフォンスは近衛騎士に拘束された王妹に視線を送ると、忌々しそうに言葉を放つ。
「護衛騎士も愛人もお断りします王妹殿下。二度とお目にかかりたくないので……サイ様……助けてください」
「うむ。星神の盟約果たそう」
青ざめる王妹とは逆にサイイドは嬉しそうに笑顔を浮かべると胸に手を当てて頭を垂れる。それを見たヒルダは瞳を丸くしたのだが、次にアルフォンスが発した言葉に怒りの表情を浮かべた。
「グラナート様、ヒルダの拘束おねがいします」
「はぁ!?」
あっという間にヒルダを後ろからグラナートは羽交い締めにしたのだが、彼女が電撃を放とうとしたのに彼は口元を歪める。
「電撃放ってみろ。あの手前ェのお気に入りの坊主殺す」
唖然としたのはヒルダではなく、王太子含めた周りの面々。拘束を頼んだアルフォンスを殺すと言い放ったグラナートの言動に困惑したのだ。
けれどアルフォンスはそのグラナートの発言に満足そうに笑う。そう言えば絶対ヒルダは動けないと思ったからだ。そして予想通り動かなかった。
「……このクソ犬……」
「ごめんヒルダ。後で説教は聞く」
そう言いながらアルフォンスがピアスを外したので、ヒルダは悲鳴のように声を上げた。
「やめなさいアル!!」
「……ヒルダと長生きしたいし無茶はしたくないけど、ホントその人邪魔だから」
「待て。アルフォンス・ランゲ。何をする」
「王太子殿下。できればこれは他言無用でおねがいします」
一気に意識が拡散して己が薄くなるのをアルフォンスは感じる。そして順番にホシの軌跡をたどる。
そんな中、寄り添うのは白い猫。ふわふわとした己の毛をアルフォンスに擦り寄せて白銀の瞳を瞬かせる。成る程、これが過去視と相性が良いという白虎の加護かと考えながらアルフォンスは素早く必要な情報を拾い集めた。
「表の侍女。眼鏡の人のポケット。あと、王妹の部屋のクローゼット。靴を入れている棚の左端・上から三段目。城下三番路地・小さな青い看板の店」
「アル!!」
そこまで言葉を放つとアルフォンスが僅かに顔を歪めたのでヒルダは彼を静止する様に声を上げる。しかし彼は必要な情報を更に拾い集めた。
「あぁ、ホント……クソだな……一ヶ月前にやめた侍女、薬の手配断って護衛騎士に腕折られてる」
「何!?どういうことだ!?」
思わず王太子は声を上げたのだが、逆に王妹や侍女などはアルフォンスの言葉に何かと心当たりがあるのだろう、顔色が青を通り越して白くなっている。
「毎晩気に入った護衛騎士をとっかえひっかえ寝床に呼ぶとか、本当にサイ様の花園に入れて大丈夫なの?断った護衛騎士はクビ」
「我が花園は処女性は求めていないからな。孕んでいないか花園に入る前に確認はする」
「あ、でも一線は超えてない?ちょっとそこははっきり……」
「アル!!それ以上はやめなさい!!」
拘束するグラナートの足を踏み、一瞬だけ力が緩んだのでヒルダは彼の手をすり抜けてアルフォンスに駆け寄る。そして彼の握りしめているピアスを回収する為にアルフォンスの手をこじ開けようとした。
「グラナート様。ワザと拘束といたでしょ」
「あとはコドクと王太子に投げろ。手前ェを俺との契約終わってねぇのにジャンクにできねぇしよ」
足を踏まれた位でグラナートは拘束を解くほどやわでないのを身を以て知っているアルフォンスは、小さく息を吐き出すと漸く握り込んでいた手を開いた。
「もう!!もう!!頭痛くない!?吐き気は??」
涙目になりながらアルフォンスのピアスをつけるヒルダを眺めながらグラナートは声を発する。
「とりあえずそこの侍女のポケット」
「はい」
素早く動いたのはサイイドの護衛。一瞬だけ侍女は抵抗したが、流石に言い逃れは無理だと素直に取り調べに応じる。
そんな中、漸くピアスをつけたアルフォンスは大きく息を吐き出して小声で呟く。
「ちょっと……限界……」
そのまま正面にいたヒルダにもたれかかるように意識を失ったので、王太子は宮廷医師を呼ぶように声を上げたが、ヒルダが心底嫌そうに言葉を放った。
「うちに連れて帰るわ。近衛騎士も信用できない所に置いておけない」
「それは……」
王妹の護衛騎士も所属としては近衛騎士団となる。王城の侍女や近衛騎士も今回の騒動に関与しているのを考えれば、無理矢理留めるのも無理かと王太子は迷ったように視線を彷徨わせた。
「睡眠薬と弛緩剤ですが、この種類なら私でも解毒薬は作れます。睡眠薬は後遺症などは残りにくいタイプのものですし、時間経過で問題ありませんが、弛緩剤の方は下手に残らないように解毒薬を投与しておいたほうがいいかと」
「うむ。では手配せよ。同盟者よ。我が朋友は一旦ミュラー邸へ。うちの薬師をつけよう。私を何度も救ってくれた凄腕ゆえ安心して欲しい。朱雀姫も狂犬も構わないか」
ヒルダとグラナートが頷けば王太子も無理に王城に彼を留めることは諦める他ない。貴族令息への監禁及び薬物投与も問題なのだが、サイイドの名を使った事が国交上重く、下手をすれば南国の法に照らし合わせて極刑、賠償等の話にもなってくるのだ。少しでもサイイドの心象を和らげなければならないと王太子は判断した。
そんな事を考えていると、ヒルダが己より背の高いアルフォンスを俗に言うお姫様抱っこで抱きかかえたので驚いて王太子は声を上げる。
「大丈夫なのかヒルダ嬢」
「平気よ。風魔法で補助かけてるし」
「そうか……では裏口から。その方が馬車止めに近い。案内させる」
それに素直にヒルダが頷いたことに王太子はほっとした様な表情を作ったのはあの状態で会場を通って戻られたら騒ぎになると思ったからだ。しかしながら、猛ダッシュでヒルダとサイイドが会場を出たことに気がついた者もいただろう。
「アリーセとヴォルフも一緒に連れて帰れ」
「うむ。その方がいい。二人への伝言を頼む」
グラナートの言葉にサイイドは大きく頷くと己の配下をアリーセの元へ走らせた。




