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まだ王妹に同行する侍女や護衛騎士の調整は終わっていなかったのだが、それでも正式に婚約が結ばれたことは発表するという事になり、王家主催の夜会が開催される。
社交シーズン締めの夜会での発表でも良かったのだが、サイイドがリーニエ王国に来れるタイミングの関係でそれより少し早い時期に決まった。王妹に泣きつかれて先王の気が変わるのを警戒して早めに発表だけでもしてしまおうという思惑もあるのだが、既に貴族の中では王妹の輿入れに関してはサイイドが何度も彼女のエスコートをしているのもあり、漸く話が纏まったのかという空気である。
そしてアルフォンスはというと、ヒルダのエスコートを今回もする事となった。朋友と己を呼ぶサイイドの晴れの舞台なのもあり、裏方の騎士団の仕事ではなくきちんと夜会に参加して言葉をかけた方が良いと周りに言われたのだ。
「今日はサイ様とヒルダは踊る?」
「さぁ。他にもこれを機にコドクと繋がり持ちたい貴族が殺到するんじゃないの?」
入場後会場の片隅でアルフォンスとヒルダは囁くように言葉を交わす。王族の入場は一番最後であるのでまだ夜会が始まるまでに時間はあるのだが、アリーセとグラナートは他の貴族に捕まり仕事の話をしているようなので二人は少し離れた所でそれが終わるのを待っているのだ。
南国との繋がりを持ちたいという貴族は多いのだが、サイイドは基本リーニエ王国の夜会に出る時は王妹に侍っているので他の令嬢と踊ることは殆どなく、精々他の王族の女性と踊る程度であった。ただ、正式に婚約が決まったとなれば、今後国同士の繋がりが深くなるのは目に見えているので、それなりに彼も対応するだろうとアルフォンスはぼんやりと考える。
基本ヒルダはと言えばミュラー小伯爵夫妻と一緒にいるのだが、魔具関係の話の時に話に入る位で然程他貴族との交流はない。そしてアルフォンスも実家が中央に繋がりが薄い貴族であるので特別に交流する必要のある貴族もおらず、他の令嬢に声をかけろと小突いてくるヒルダを適当に言いくるめて彼女のそばに侍り続けた。
そして王族の入場後に行われる開会宣言の際に、慶事として王妹・クレイと南国の第五王子であるサイイドとの正式な婚約が発表された。
輿入れ時期に関してはまだ未定とされたが、国王の後に挨拶をしたサイイドはにこやかに、早めの輿入れを準備していると発言し、望まれて輿入れするのだと言う流れをアピールする。
「……全然決まってないの?」
「ついていく護衛やら侍女やらが決まり次第とか言ってたけど」
小声でアルフォンスがヒルダに囁きかければ、彼女は興味なさそうな顔をしながらも王太子妃からちらりと聞いた話を彼に告げる。そのせいで王太子は多忙であるという愚痴をアリーセと共に参加した茶会で聞いたのだ。
そしてファーストダンスは今回の主役である王妹とサイイド。
「ホント、黙ってれば絵になるのよねぇアイツ」
「喋ったら煩ェけどな」
ポツリと呟いたヒルダの言葉にグラナートが同意をする姿をアリーセは苦笑しながら眺める。普段は仲が悪く見えるが結託すればとんでもなく厄介なコンビと言われている二人。アリーセはそんな二人を眺めながらアルフォンスに小さく声をかけた。
「アルフォンス君」
「はい」
「頑張ってね」
普段グラナートがべったりのために、そもそもアルフォンスはアリーセから直接声を掛けられることは少ない。けれど色々と彼女がアルフォンスに対してヒルダやヴォルフを通して融通を効かせてくれているのはうっすら彼も感じていた。
コドクが女神と呼ぶ人。狂犬が溺愛する妻。朱雀姫が親友と定めた娘。
「……星神の加護より、アリーセ様の応援の方が後押し感ありますね」
大真面目にそう言い放ったアルフォンスを見て、アリーセは黒曜石の様な瞳を細めて淡く笑った。
そしてそれぞれの交流が始まる中、アルフォンスは相変わらずヒルダに侍っていた訳なのだが、小走りに己のそばに寄ってくる騎士に気が付き彼は瞳を細めた。
「少々よろしいですか」
「はい」
服装からして近衛騎士だろうと思いアルフォンスが姿勢を正して返事をすると、男は彼に小声で耳打ちをした。
「サイイド殿下がお呼びです」
「は?」
思わず間の抜けた声をアルフォンスが上げてしまったのもしかたないだろう。わざわざ呼び出される理由が分からなかったのだ。
それに対しヒルダは僅かに眉を寄せると男に問う。
「この子を?グラナート・ミュラー小伯爵じゃなくて?」
今まででも商談の時間が捻出できず、しかたなくこの手の集まりの時にグラナートと別室で話をすることはあったので、一緒にいたアルフォンスとグラナートを呼びに来た男が間違えたのではないかとヒルダが確認するが、男は小さく首を振る。
「アルフォンス・ランゲ伯爵令息と個別でのお話を希望されています」
「何だろ」
「さぁ。とりあえず行ってきなさい」
「そうする。ヴォルフ様。ヒルダの事よろしくおねがいします」
「おう」
他の貴族と話をしていたグラナートがアルフォンスが席を外す事に気がついたのか、小さく許可するように頷いたので、そばに侍っていたヴォルフは夫妻のそばからヒルダのそばへ移動する。それを確認したアルフォンスは男に連れられて会場を後にした。
それを眺めていたヒルダは小首を傾げて口を開く。
「あの子に何の話かしら」
「つーか、話ありゃ押しかけてくんのに珍しいな」
忙しくしているミュラー小伯爵夫妻相手ならともかく、例えばヒルダやアルフォンス相手であるなら押しかけてくる方がサイイドは多かったのもあり、ヴォルフも不思議そうな表情を作った。
「坊主どうした」
「コドクが呼んでるんですって」
「はぁ?」
漸く話を切り上げたグラナートはヒルダの話を聞いて思い切り不審そうな顔をする。それに気が付き彼女は思わず眉を寄せた。
「何?」
「今アイツ別室で王太子と話してんだろ」
「はぁ??え?あの子そんな場所に呼ばれたの?」
「普通は呼ばねぇだろうな……」
そこまで言うとグラナートは言葉を切り、会場の一角に視線を送る。それに釣られてヒルダが視線をそちらに向けると、談笑しながら会場に戻ってくる王太子とサイイドの姿を捉えて愕然とした表情を作った。しかも、ひらひらとサイイドが手を振りながらこちらにやってきたのだから、言葉も出なかったのだろう。
「おい」
「む、どうした狂犬」
余りにも不穏な雰囲気をヒルダが出しているので、些か驚いたようにグラナートの声にサイイドは返事をする。
「手前ェ、うちの坊主呼び出したのか?」
「青狼を?」
不思議そうな顔をしてサイイドは小さく首を振った後に、己の側近や護衛に視線を送ったのだが、彼らも首を振る。
「はぁ?近衛が呼びに来たのよ!!」
「近衛?いや、私は基本子飼いの者しか使いには出さない」
命を狙われ続けた王子として間に人を挟むのは余計なものを挟まれる恐れがあるので基本避けているのを思い出したヒルダは、慌てたように走り出そうとしたのだが、それをサイイドが引き止める。
「待て。どういうことだ朱雀姫」
「そのままよ。アンタの名前で呼び出された」
「何!?我が名を語る不届き者が!?」
ヒルダが声を抑えたのもあり、サイイドも一応は声を落としていたが、それは一緒にいた王太子の耳に届き彼は顔色を変える。
「それはけしからん!!我が朋友はどこへ拐かされた!?」
「行くわよ!!」
ドレスだと言うのに猛ダッシュをするヒルダと、それに続くサイイド一行。それを一同唖然と見送ったのだが、グラナートは舌打ちをするとアリーセに視線を送る。すると彼女はグラナートを後押しするように小さく頷いた。
「ヴォルフのそば離れんな」
「気をつけて」
「あぁ」
アリーセのこめかみに小さくくちづけを落としたあと、グラナートは冷ややかな視線を王太子に送り小声で言葉を落とした。
「鳥女は一応抑えてやる。そんでも限度はある。王城灰にされたくなきゃ覚悟決めろ」
小さく頷いた王太子は合図を送り数名の護衛を呼び寄せてグラナートと共にヒルダ達のあとを追った。




