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翌日に帰国を予定している北国の外交官夫妻を迎えての夜会。
一度はあわや断絶かと言われていた北国との国交を結び直したのは当時まだ子爵であったミュラー伯爵。今では商会を運営すると共に北国と海を超えた国東雲国との国交を担当している。
そしてその後継である一人娘、アリーセ・ミュラーに婿入りしたのは辺境伯四男であるグラナート。愛妻家であり、商才もあるこの男は外交部分でも商会部分でも義父を妻と支えている。
そんな飛ぶ鳥を落とす勢いであるミュラー伯爵家と懇意にしているのは魔具の本家とも言えるノイ伯爵家であるのだが、基本夜会などには当主代理としてノイ伯爵令嬢のヒルダが参加していた。
そんな彼女は基本グラナート・ミュラーの護衛である男が担当している。婚約者を持たない者同士で、入場のエスコートはしても、ダンスを踊るわけでもなくそのままミュラー小伯爵夫妻に侍るのがいつもの光景であった。
しかしながら、今日の夜会でヒルダ・ノイ伯爵令嬢をエスコートするのは若い長身の男。いつもエスコートする男の様に辺境によく見る赤い髪とは逆の深い藍。
整った顔立ちは眼鏡のせいもあって文官のようにも見えたが、細身ながらしっかりと体躯を鍛えているのが分かった。
ざわめく会場内で二人は涼しい顔で入場をすると、そのままミュラー小伯爵夫妻の元へ行く。
「アルフォンス君。お疲れ様。どう?緊張したかしら?」
「ヒルダとだったので大丈夫です」
柔らかに微笑んでアリーセが問いかければアルフォンスは小さく返事をする。
「練習いらなかったんじゃないの?」
小さくヒルダがそう言い放ったのは、今回の夜会のエスコートをアルフォンスがする事になった理由にある。
学生時代に親について夜会に行く機会もなく、騎士団に入ってからは会場警護でこの日までアルフォンスはまともに夜会に出たことがなかったのだ。会場警護も夜会に出たければそちらを優先していいと言われていたのだが、特別手当も出るのでアルフォンスは進んで警護の方に参加していた。通常学園で婚約者を定めなかった場合、一、二年は集中的に夜会に出て相手を探すことが多いと言うのに、一度も夜会にアルフォンスが出ていないことが第二騎士団内で発覚し、今回は必ず出ろと言われる。無論、王城での夜会以外の貴族主催の夜会もあるので、警護任務のないそちらに出る者も多いのだがアルフォンスはそれすら顔を出していなかったのだ。
しかしながらいざ出るとなるとエスコート相手がいない。未婚の女性の場合はエスコート役に親族等がつくこともあるのだが、そもそもエスコート自体が必ず必要なものでもないので、独身男性は一人で参加することも多いのだが、親族が中央にいないので練習として誰かエスコート相手を見繕って欲しいとアルフォンスはグラナートに頼みに行ったのだ。
それを聞いたグラナートは、誰か等と言っているがヒルダを指名して欲しいという見え見えの建前に乗ってやり、自分をエスコートしていたら婚約者探しがしにくいのではないかと渋るヒルダをアリーセに説得させた。
元々ヴォルフがいつもエスコートしていたのは余り者同士だったからで、いなければいないでお互いに一人での入場に躊躇する性格でもなかった。
普段から親しい人で慣れたほうがいい!と言うアリーセの力説にヒルダが頷いたのは説得開始から僅か五分。
衣装合わせなどは婚約者ではないのでしなかったが、元々アルフォンスは琥珀色の石がはまった魔具を装着しているし、ヒルダはアルフォンスが贈った飛竜の鱗で作ったお守りの花飾りを身につけていたのもあり、会場内がざわめいたのもしかたないだろう。互いの色をまとっているのだ。
「ダンスは大丈夫なのか」
グラナートの言葉はアルフォンスではなくヒルダに投げかけられる。それに彼女は眉を寄せたが、直ぐにアルフォンスに視線を送った。
「眼鏡君はダンスの成績よかった?」
「悪くはなかったと思う」
「じゃぁ大丈夫かしら……練習したけど赤狼相手だと三回ぐらい足踏むわ。コドク相手なら大丈夫だった」
「相手のリード次第ってこと?」
確認する様にアルフォンスが尋ねると、ヒルダはどちらかと言えば男性パートのほうが得意なのだという。学生時代にアリーセの練習に付き合っていたためだ。女性パートは一応学園で合格点をもらえたレベルである。刺繍といい、ヒルダは芸術関係で点数を稼げない。ただし座学と魔術実技で抜群の成績を収めて上位を保っていたのだ。
「まぁ、運動神経いいから踏まれそうになったら避けんだろ」
投げやりなグラナートのコメントにヒルダはムッとしたような表情を作ったのだが、ありがたい国王の話と開会宣言が始まったので言い返さずにいた。
北国から来た外交官の挨拶もあり、アルフォンスは外交官の横に立つ男に視線を送った。小柄であるのだが三白眼の目は鋭い男。何度かミュラー伯爵邸ですれ違い挨拶だけはしたことがあった。こうやってじっくり顔を見るのは初めてなのだが、アリーセに驚くほど似ていない。似ているのは黒髪黒目であるところだけだろう。
時折外交官に耳打ちをしているので、通訳も兼ねているようだ。
この国の言葉は西国とは多少の違いがある程度なのだが、山岳地帯を超えなければならない北国、砂漠を超えなければならない南国とは言語形態はそれなりに近いのだが、俗にう訛が強く、聞き取りとなると格段に難易度が上がる。ミュラー伯爵が外交担当として抜擢されたのは、言語能力が優れていたからだ。東方の海を超えた東雲国の文字すら違う言語も難なく取得し、国内で初めて東雲国言語の辞書を作ったのだ。
サイイド等は留学のためにこの国の言語を取得していたし、発音も綺麗なのだが、側近はたまに訛が出ていたし、サイイド自身の単語のチョイスが時々おかしいこともあった。それでも日常会話は十分できるので、サイイドなら胸を張って、驚いたことに!私は言語能力も優秀だったのだ!という所だろう。
そんな全くありがたい話と関係ないことを考えているうちにダンスが始まる。一番最初のダンスは主賓や主催が踊るのもあり注目度が高いのでスルーする事は打ち合わせで決めていた。
そして外交官夫妻と王太子夫妻がダンスを終えて移動したのを確認し、アルフォンスはヒルダに手を差し出した。
「一曲お願いします、ヒルダ・ノイ伯爵令嬢」
そんなアルフォンスの言葉にヒルダは淡く笑うと手を取った。
「貴方上手ね」
「そう?ありがとう」
複雑なステップの部分は危うくヒルダが足を踏みそうになったが、アルフォンスがそれを避け、半拍遅れた部分を彼女の腰を抱き強制的に移動させる事でテンポを取り戻すフォローをやってのける。つま先が掠ったのはセーフ、そんな事を考えながらヒルダは漸く顔を上げてアルフォンスを眺める。
視線が合えば彼は嬉しそうに表情を綻ばせ、ダンスのリードを続けた。
アルフォンスを知る者は表情筋を動かせたのかと驚愕し、ヒルダを知る者は公式の場で初めてダンスの申込みを受けた事に驚愕する。
「これならきっと本番でも大丈夫ね」
「今も本番だけど」
「……まぁそうだけど。いい子いた?」
「ヒルダがいい」
「手近な所で妥協しようとしない」
「妥協するほど可愛い性格してると思ってるんだ」
「素直で可愛いわよ?」
「俺の性格褒めるのヒルダぐらいなんだけど」
何を考えているのかわからない。無表情で怖い。顔は綺麗なのに勿体ない。思っていたのと違う。さんざん勝手に期待されて、裏切られたような顔をされるのは多かった。けれど、フランツ等はアルっぽいと笑い、第二騎士団の面々はいい方に裏切られたと笑う。それもあって、職場は思ったよりやりやすかった。
公開演習で声援を貰っても、王宮務めの侍女に差し入れを貰っても、考えるのはヒルダの事。降りさせないとグラナートには言われたのだが、降りる気はサラサラない。愛が重いノイ一族。その癖に死ぬほど無神経で残酷で。己が搾取される事に無頓着で、アルフォンスにはそれが許せなかった。王立研究所もさっさと潰れればいいし、魔具の利権目当てでヒルダに求婚する男は抹殺したい。
執着なのか愛情なのかわからない己の感情を抱えてアルフォンスはヒルダとの初めてのダンスを終えた。
何とか無事に終わったと己の役目を全うしたことに満足気なヒルダの手をとると、アルフォンスは掌にくちづけを落とす。
「次もまたよろしくお願いします」
「……七つ目の世界で待ってる」
聞いたことのない返しにアルフォンスは瞳を丸くしたのだが、どこかサイイドが好みそうな言い回しに聞こえたので、星神関係の言い回しなのだろうかと思いながら、そのままアルフォンスはヒルダをエスコートしてミュラー小伯爵夫妻の元へ戻った。




