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【本編完結】伽藍洞の君と朱の姫【番外編不定期更新】  作者: 蓮蒔
本編

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「変わりはないか」

「……始まりの夜会はつつがなく開催予定です」


 深々と頭を下げた近衛騎士団の団長を眺めて、老齢の男は鷹揚に頷いた。先王陛下と敬われる存在である彼は、息子である今の国王が即位した後に王城内の王族が生活する区画のうち、西の離宮と呼ばれる場所に住まいを移していた。最後の娘を生んだ彼の側妃が賜っていた離宮である。

 先王の正妃は既に亡くなっているのもあり、気兼ねなく年の離れた側妃と末の姫を可愛がって余生を過ごしていたのだが、末の姫に関しては学園に入ると同時に西の離宮から離れている。卒業すれば戻って来るかとも先王は考えていたのだが、息子の国王から勧められている縁談の絡みもあり戻る気配はない。

 父親として良き縁談をと思っていたのだが、実際問題として国内の高位貴族に降嫁するのは難しいということも先王は正しく理解していた。例えば女性でも爵位を継げるという法があるので、彼女自身に空いている公爵位でも渡す方法はあったのだが、彼女自体がそもそも領地運営ができる程の能力がなく、婿とりをしたとして実権をそちらに握られてしまえば国内の政治バランスが崩れる。恐らく王妃辺りはそれを嫌って爵位を渡すという話を持ち出さないのだろうと先王は考える。そして先王としても、父親としての心境はともかくとして、国が乱れるのは避けたいと無理にそれを推し進める事はなかった。

 そんな中、かつてこの国に留学していた南国の末の王子が花園にと王妹である娘を乞うた。

 愛想の良い男で、季節の贈り物は欠かさず、王妹だけではなく先王やその側妃にもまめまめしく贈り物をしてくるし、時間があれば挨拶もしに来る。

 国教の問題で南国とは長く国としての取引はなく、商人達が細々と行き来する程度であったのだが、王太子がその末の王子と交渉の末に正式な国交が成立したのは数年前。それに伴い王妹の輿入れの話がでたのだ。

 末の王子である上に、正妃でないのが先王としては不満であったが、それでも南国の花園と言えば囲われた娘に政治的発言権は与えられていないが、美姫が揃い寵愛を得られれば生涯花園で大事に愛でられると聞く。彼が在位の時に国交があればぜひ一度は行ってみたいなどと思ったこともあった。

 例えば今の王妃のように政治・経済の分野で剛腕を振るうタイプの娘であれば物足りないと思うかもしれないが、己の娘が自分に似て美しいものに囲まれるのを好むことも先王は理解している。

 南国の王太子からの寵愛も厚い第五王子。王太子の花園から美姫を下賜される程ならば、地位は安泰だろうと、国外に出したくないという気持ちとは逆に、己という後ろ盾がいなくなった後の事も先王は考えだし、近々婚約をまとめる様にと国王に話をしたところである。

 うだつの上がらないと思っていた息子であるが、彼に寄り添う友人や王妃との相性が良かったのだろう、無難に国内をまとめ上げ、失点らしい失点もない。王太子も南国との公益を足がかりに辣腕を振るっている上に、賢い王太子妃は子をすぐに生んだ。

 息子の性格上年の離れた妹を邪険にはしないだろうが、それでも王族が他国への同盟の証として嫁ぐのは誉なのだと他から言われれば先王の力だけでは拒否もできない。無理矢理は忍びないと、渋る自分相手に息子は何度も辛抱強く説得に来たし、南国の末の王子も嫌な顔ひとつせずに顔を出す。

 潮時かと先王は考える。

 磨き上げられた美しさが花盛りのうちに高い評価をしてくれる所へ出してやるのが親としての最後の仕事だろう。


「……我が娘の専属護衛のリストは?」

「はい。こちらに。専属侍女の方も侍女頭より預かってまいりました」


 団長を呼び出したのは娘の専属護衛と専属侍女を確認するためであった。婚約が決まったと聞いたのだろう、先日彼の娘は離宮を訪れ泣いて彼に縋ったのだ。けれど国王の口から決定事項として出されたものを覆すことはできないし、覆す気も先王にはなかった。

 できるのはならばせめて専属侍女と専属護衛は連れてゆきたいと泣きながら訴える娘の為に南国の末の王子に手紙をしたためるぐらいである。

 早馬で届いた返事には、かの花園では侍女や護衛を連れての輿入れは珍しくないので、姫のお望みの通り、というものであった。

 ただ、彼らの給金に関しては割り当てられた花園の予算内に収める事など条件はあった。多く連れていけば給金以外、例えば生活費などを圧迫するのでその辺りは注意するようにと丁寧に書かれている。持参金に関しては全て自由に使ってよいので、そこから捻出しても問題はないらしい。しかしながら持参金も当然ながら国から出るもので、恒久的に引っ張れるものではない。輿入れの際持たされるもののみなのだ。例えば追加で小遣いを渡すように嫁いだ娘へのプレゼントや送金等を花園は規制していないのだが、それをしようと思っても先王の予算内で個人的にということになるだろう。

 そして何より、後宮に輿入れした娘について行った使用人は簡単に出国許可が降りない。他国に情報を漏らされては困るという向こう側の理由にも先王は納得できたし、寧ろその規制がない方が驚く。手紙や贈り物の検閲なども当然だろう。

 そうなれば連れて行く使用人達は本人の意志も当然だが、家の方からも許可を得る必要が出てきたのだ。

 一時的に輿入れのために道中のみ護衛する者は問題ないが、家の財産とも言える令息や令嬢を差し出すのだから、本人だけではなく家の方にもそれなりのものを準備せねばならなかった。


「……しかし、どれだけの家が頷きますか……」


 渋い表情で団長が零したのもしかたないだろう。国内に留めておけば、王族の元専属侍女、元専属護衛騎士などの肩書はステータスになるし、政略結婚の駒としては極上である。それを手放せというのだ。とはいえ、家によっては子を王妹に差し出す事により、王家よりの信頼が厚いのだと家自体の評価を上げる方を選ぶ者もいるだろう。

 その辺りは家格であるとか、裕福度によって変わってくると思われた。


「幸い嫡子はおらんようだな」

「はい。家を継ぐものは箔付けに爵位を継ぐまで騎士団に所属する事はありますが、近衛騎士に上がるまで腕を磨くものは稀でして……」


 それ一本で食べていくのならともかく、将来は領地運営となればそこまで本腰を入れないだろう。そして全体的に娘の専属は若い様に見えた。見目麗しいモノを侍らせているのを先王は察する。


「……うむ。輿入れまでにはまだ時間がある。つつがなく選定するように」

「はい」

「婚約発表が始まりの夜会に間に合えばよかったのだがな」


 残念そうに先王が零したのは、可愛い娘の婚約発表が始まりの夜会という王家主催の夜会に間に合わなかったことだろう。社交シーズンの開催を宣言するその夜会と、シーズンの締めに行われる終わりの夜会は大規模なものとなるし、普段は領地にいる貴族も参加することが多い。そのままシーズンの終わりまで社交のために中央にとどまるか、一旦戻るかは各家の判断に任される。無論外交関係や、王族の誕生日などそれ以外にも王家主催の夜会はあるのだが、めでたい発表は始まりの夜会でのお披露目が多かった。

 ギリギリまで渋ってしまったので、今からでは準備も間に合わないし、末の王子も都合がつかないと渋い顔をしたのは孫の王太子だっただろうか。南国の末の王子に関しては、都合がつけられず申し訳ないと丁寧な詫び状と、是非始まりの夜会で着て欲しいと娘にドレスと装飾品が贈られていた。

 それもあって別枠で婚約お披露目の夜会を段取りする事となった訳なのだが、これに関しては王妃が南国の末の王子の公務と調整をしている。


「それでは任せたぞ。何かあればこちらへ相談にこい」

「はい」


 深々と頭を下げた団長を眺め、先王は満足そうに頷いた。


***


 一方王妹・クレイの心境は荒れに荒れていた。

 泣きつけば何でも望みを叶えてくれていた父親がついに輿入れに頷いてしまったのだ。

 父親と離れたくない、他国へ嫁ぐのは嫌だと泣いて縋っても今回ばかりは国交を樹立したばかりの南国との友好の証でもあると逆に諭される。

 正妃としてならばともかく、末の王子の後宮と言われれば己の格が低いのだと言われているようでクレイは不満であった。

 侍女の入れた紅茶を飲みながらクレイはハラハラと涙を零す。すると護衛騎士が足元に跪き、口々にクレイに慰めの言葉を紡いでゆく。

 クレイは美しいものが好きである。

 父親が美しいものを好み、育った離宮はクレイの目を楽しませた。その延長で彼女は専属の侍女も護衛も美しいモノを選んで侍らせているのだが、ふと思い浮かべたのは学園時代に己を袖にした男の顔。

 はじめは見た目だけであったが、武芸の才能もありどうしても欲しくなった。

 けれどその男は冷ややかな表情で己を見るだけで傅くことはない。そしてどうしてもあの美しい顔を自分に跪かせてやりたいという歪んだ欲望だけが膨らんでいったのだ。

 騎士団に入れば早々に近衛騎士になり己の護衛騎士に任命できると思っていたのに、事もあろうか高位貴族令息であるのにも関わらず第二騎士団に入団した。あの腕なら勝手に近衛に上がるだろうと思っていたクレイは慌てて近衛騎士団長に彼を近衛にと話をしたのだ。

 けれど近衛騎士団長は本人の強い希望と騎士団の方針で第二騎士団へ残留が決定したという報告を上げてきた。

 そして腹立たしい事に、第二騎士団は今期から本腰を入れて魔具素材を扱う事となり、魔具研究所との付き合いが密になる。

 ヒルダ・ノイ伯爵令嬢と共にいるのを目にするようになると、あれだけ王太子に関わるなと言われたというのに、彼女の欲望は膨れてゆく。

 それでも夜会では相変わらずヒルダ・ノイ伯爵令嬢はミュラー小伯爵夫妻と共に参加し、男は騎士団員という役職上警備担当なのか参加を見たことがなかったのがせめてもの救いである。救いであった。

 そして欲望は膨れ、捻じれ、歪む。

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