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【本編完結】伽藍洞の君と朱の姫【番外編不定期更新】  作者: 蓮蒔
本編

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「先が欠けている」

「そこは使わないんじゃないですか?」


 剥ぎ取りまで第二騎士団で請け負ったので手間賃分上乗せしますとにこやかに言い放った第二騎士団長の発言に研究員は渋い顔をしたが、検品中に角の先が折れている事を指摘する。


「今回の剥ぎ取りの為に調べましたけど、基本一角うさぎの角は使用時に加工しますよねぇ。その時に先は落とすと聞きましたよ?加工時に落とした部分は、根っこがない場合に結着して擬似的に根っこ作るとか。今回の納品は全部根っこ付きですしいらないですよね」


 まさか勉強してくるとは思っていなかったのだろう、団長の言葉を否定できず研究員は思わず黙り込む。実際彼の言う通り擬似的に根を作るのには使用するが、逆を言えば根があるなら不要な部分なのだ。


「……団長、加工時にうっかり根っこ落とした場合は使用しますよ。まぁ、工房の下働きでも中々そんなうっかりはしませんけど」


 それでも食い下がるのならお前の腕は工房の下働き以下だと暗に含ませてアルフォンスは団長の横から口を挟む。援護射撃なのか煽っているのか、そんな事を考えながら団長は研究員に視線を送った。


「もしも欠けのない角を所望でしたら次回は発注書にそう書いてくださいな。ミュラー商会への発注書にもありますよね。まぁ、価格も当然上がりますが。その辺りはミュラー商会に合わせる事にしてます」

「我々は!!国のために!!」

「我々も国のために働いていますよ。ですので、我々もそちらの希望に沿うように納品をしたいですし、そちらにも気持ちよくお金を払っていただきたい。一方的なのは不健全でしょう?ですので、魔具の先駆者であるノイ伯爵家やミュラー商会の基準を採用しようと言うお話なんですが……まぁ買い上げていただけないならそれはそれでミュラー商会の方に買い取っていただきますので……」


 ちらっと団長がアルフォンスに視線を送れば、彼は納品する予定だった物品を箱にしまいだす。研究員は忌々しそうにそれを睨んだ後、乱雑に書類にサインをした。これで取引は完了である。


「……素人が分かった風に……」


 ぼそっとそう言葉を放ったのは隣の机で保温魔具を触っていた別の研究員。小声であるが乗せられた悪意にアルフォンスは僅かに眉を上げると、書類を懐に入れた団長に視線を送る。彼に聞こえなかった筈はないのだが、無視することにしたのだろう、変わらぬ笑顔を浮かべたままサインをした研究員に礼を言うとアルフォンスと視線を合わせた。


「では行きましょうか。アルフォンス君、他に何かありましたか?」

「……そうですね。その保温魔具ですけど、消耗部品の魔術刻印三つ目が間違えてるように見えます。そのままだと起動と同時に際限なく熱を放って周りの部品も破損します」

「だそうですよ。まぁ、素人意見ですが」


 瞳を細めて笑う団長はそのまま踵を返すと、アルフォンスを連れてさっさと研究所を出ていった。一同暫く言葉もなく唖然としていたが、サインをした研究員は隣の机に置いてある修繕中の保温魔具の魔術刻印を設計図と照らし合わせて確認する。

 勢いよく机を叩く様子を見れば、指摘通りだったのだろうと周りは察して視線を逸らした。


「消耗部品の魔術刻印は必ず設計図と照らし合わせろと言ったろ!!」

「申し訳ありません!!」


 慌てて頭を下げる研究員は焦ったように消耗部品を保温魔具から取り外す。そんな作業を見ながら、研究員は団長の出ていった扉に視線を送った。


***


「魔術刻印でしたっけ?ボクには全然見えなかったんですけど」


 隣を歩く団長が首を傾げて言葉を放つと、アルフォンスは己の左腕を団長に見えるように翳し、右手でバングルに触れる。すると淡い光が模様のような文字を浮かび上がらせた。


「可視化した場合はこんな感じですね」

「随分細かいんですね」

「これはそうですね。あの保温魔具は消耗部品部分で五文字なんで少ないですけど。慣れれば魔力を通さなくても見えます。それより団長はよく角の加工のしかたご存知でしたね」

「アレは以前食堂でヒルダ嬢にお会いした時に聞いたんですよ。三十分位みっちり講義してくれましたねぇ」


 副団長がヒルダの解体の手伝いをした時に、角の先は欠けてもいいが根は残してくれと言われたという話を聞いて不思議に思ったのだと笑いながら団長は瞳を細める。


「なのでボクのは完全に素人意見ですよ」

「結局然程フォローも必要ありませんでしたね。いちゃもんは予想通りでしたけど」

「新型をパトロンから期待されてるのに結果出してませんからねぇ……まぁ、我々の知ったことではないですけど」


 そこで団長が足を止めたのでアルフォンスも釣られて立ち止まる。視線の先にヒルダの姿が見えた。


「ヒルダ嬢」

「あら、団長さん。もう納品終わったの?」

「はい。今回は剥ぎ取りをして納品しましたのでヒルダ嬢の解体の手間はありませんよ。まぁその分金額は手間賃上乗せしましたが」


 驚いたようにヒルダは瞳を丸くすると、ちらりとアルフォンスに視線を送った。それに気がついた団長は咽喉で笑う。


「彼が頑張って他の団員に指導してくれましてね。どうぞ、ボクに気兼ねなく褒めてあげてください」


 するとヒルダはちらっと辺りの様子を伺うように視線を巡らせ、他に誰もいないのを確認したあとにアルフォンスを見上げて笑った。


「頑張ったわね!!皆と仲良くなった?」

「普通だと思うけど。フランツが手伝ってくれるから大丈夫」

「怪我はない?」

「うん」

「団長さん、いい子だから気長に見てやってね」

「既に貢献してくれていますよ。予算の補填も彼のお陰でできそうですし、書類仕事も嫌がらないので重宝しています。ヒルダ嬢が大事に育ててくれたお陰ですかねぇ」

「私は育ててないわ。自発的に頑張ってるの」


 胸を張るようにヒルダが言い放つ姿を眺めてアルフォンスは思わず口元を緩める。アリーセを褒める時と同じ様子なのが嬉しいのだろう。


「申し訳ないのですが、アルフォンス君はこれを副団長に先に渡しにいってくれますかね」

「はい」

「ミュラー商会の方にも合流できるなら合流して下さい」


 ミュラー商会に納品する数は多いので急げばまだ検品中だろう。そう考えたアルフォンスは小さく頷くとヒルダに視線を送った。すると彼女は瞳を細めて笑う。


「いってらっしゃい。頑張ってね」

「うん」


 そして早足で第二騎士団の詰め所に向かうアルフォンスの背中を見送りながらヒルダは小さく首を傾げた。


「私に何か話?」

「ちょっとお聞きしたいことがありまして」

「何?」

「アルフォンス君が持っていた飛竜のお守りの件です」


 副団長から聞いた飛竜の翼膜刈り取りの件。それ自体はアルフォンスがやってみたいと言うのならやらせてみようかと団長は考えていたのだが、飛竜のお守りに関してはフランツから防御壁をはるらしいという曖昧な話しか聞けなかった。


「アレを流通させることは可能ですか?」

「……少なくともノイ伯爵領の工房は依頼を受けても作成しないわね。他……例えばミュラー商会の工房が作成するには勝手にすればいいけど」

「理由をお伺いしても?」


 もしも流通可能であれば大型魔物の討伐の時に団員に渡したい。そう団長は思っていたのだが、アルフォンスにその話をしてみた所、難しいと言う返事だったのだ。彼の持っているものは個人で作成しているものなので、少数を個人的に渡すのならともかく第二騎士団に対しての販売は無理だと言われたのだ。


「アレは大切な人を守る為に作るお守りなの。我が一族の祈りの形。売買するものじゃないわ」

「……なるほど。それでアルフォンス君は販売は無理だと……確かに金銭で受け渡しするものではありませんね」


 食い下がられなかった事にヒルダは安心したのか、僅かに表情を緩めると更に言葉を紡いだ。


「だから、私じゃなくてミュラー商会か研究所の方に言って」

「他が販売するのはいいのですか?」

「そこまで口は出さないわ。あくまでうちの一族の矜持の話ですもの。狂犬や赤狼も作れるからそっちが指導すればいいわ」


 飛竜の鱗に守りの魔術刻印を刻むだけのシンプルな作りなのだ。言ってしまえば、ノイ一族であれば一番最初に練習用に刻む。

 アルフォンス等は、ヒルダの魔具作成の手伝いをした時に駄賃代わりに鱗を持ち帰りコツコツと練習している。恐らくそれなりに溜め込んでいるだろう。けれど彼が売買はしないと言ったことが少しヒルダは嬉しかった。


「詳しくありがとうございます」

「……あの子には無理強いしないでね?」

「ええもちろん。アルフォンス君にはこれからも気持ちよく働いて頂きたいですからね」


 団長の言葉にヒルダは安心したように瞳を細めた。


***


 場所は第二騎士団の独身寮食堂。

 既婚者や実家が中央に屋敷を持っている者はそちらから仕事に通うことが多いのだが、平民や下級貴族の多い第二騎士団は第一騎士団に比べて寮を利用している者が多い。

 そして今日はと言えば寮を利用している面々以外にも普段他から通っている者も寮の食堂に集まっている。


「はい。無事に今月のお仕事は終了しました。細かい経理関係は少し残っていますが、ボクが把握してる範囲ですと、無事にミュラー商会への魔具素材売買のお陰で、鍛冶屋への支払い補填に関しましては五割だったのが満額となりました」


 団長の穏やかな声による報告であったのだが、一同わっと声を上げる。

 予算不足により鍛冶屋での防具や剣の修復に関しては半額しか隊で見てもらえていなかったのだ。だからといって削ることのできない部分なので泣く泣く自腹を皆切っていた。


「はい。お陰様で給与計算も格段に楽になりましてボクも嬉しい限りです」


 鍛冶屋からの請求書を元に誰がどれだけの金額で修復したのかをチェックし、半額分を給料天引きにするという恐ろしく手間のかかる作業から開放された団長の表情は明るい。


「皆さんの剥ぎ取り技術が上がればそれだけミュラー商会の買取価格は上がります。来月が例年通りの魔物の出現率であれば馬車の幌の新調にも手が届きそうです。来月もがんばってくださいね。では皆で幸せになりましょう、乾杯」


 しめはあっさりとした言葉であったが、一同グラスを掲げて乾杯をする。そして食堂に並ぶのは普段の夕食より豪華な食事と酒。酒に関しては団長から団員への労いとして差し入れされたものだ。

 そして一度食堂を見回した団長はグラスを片手に、アルフォンスとフランツの側へよっていく。


「アルフォンス君、フランツ君。少しいいですか?」

「はい!!」

「はい」


 酒を飲むより食べる方に集中していた若い二人だが、団長が声をかければ手を止める。それに対し団長は、食べながらでいいとは言うが流石にそれは失礼だろうと二人は彼に視線を送った。


「お二人は防具の請求はありましたが、剣の修復請求がありませんでした。自分で研いているんですかね?」


 流石に防具を自分で直す人間は稀であるのだが、剣に関しては刃こぼれ程度ならば自分で砥いで鍛冶屋には出さない人間も珍しくはないし、こだわりがあり自分で手入れをしたいという人間もいる。


「自分で手入れはしてます」

「はい。でしたら砥石等も経費請求できますので遠慮なく出してくださいねぇ」


 アルフォンスが頷いたのでそうだろうと思った団長は手入れ道具で消耗品である砥石の方の請求も回すように指導する。


「……やっぱ普通は鍛冶屋にだしますよねぇ」

「普段の訓練中の刃こぼれは自分で手入れする人も多いですが、遠征後等は鍛冶屋に出すことのほうが多いんじゃないですかねぇ。気に入った職人がいる鍛冶屋固定の人もいますし。けど、普段自分で手入れしてても年に一度位は玄人に手入れしてもらう事をおすすめしますよ。気が付かない不具合が蓄積している場合もありますから」


 確認するようにフランツが尋ねると丁寧に団長は返事をする。そして年に一度はきちんと調整をしてもらったほうが良いと言われればアルフォンスもフランツも素直に頷いた。


「実際、仕事で疲れてるのに砥ぐの大変とかあるじゃんー。俺は砥ぐの下手だから鍛冶屋に出しとけとか言われるしさー」


 会話に割って入ってきたのは副団長。それに団長が苦笑していたので、剣を砥ぐのが下手だというのは本当なのだろう。魔具素材の剥ぎ取りも下手だったので細かい作業自体が苦手なのかとぼんやりとフランツは考える。魔物を討伐する技術は高いのに不思議なものだと。


「……誰でもできるように作ってるんじゃないですか?」

「何を?」


 心底不思議そうにアルフォンスが副団長に尋ねたので、彼は驚いたようにアルフォンスを眺める。


「剣砥魔具」

「……アレはそーだろ。鍛冶屋で量産の剣はそれで砥いでる所多いし。安価でやってくれるからありがてーけど」

「ほら!!やっぱ普通持ってないんだってばアル!!鍛冶屋用だって!!」

「そうなんだ。砥石の在庫毎回取り寄せだから流行ってないだけかと思ってた」

「え、待ってアルちゃん。今の話の流れだと、アルちゃん剣砥魔具個人で持ってんの??」

「はい」

「はぁ!?くっそ高いのに!?」

「ノイ伯爵領の魔物討伐部隊の人がくれました。あの領地だと一家に一台あるから渡す人いないし、置いてても邪魔だって」

「……フランツも使ってた?」

「アルが学生時代から使ってたんで、砥石折半で使ってました。売ってるの見たことないんでおかしいなぁとは思ったんですけど、気前よく使わせてくれるんで中央では一家に一台なのかなぁって……」


 田舎子爵の出であるのもあり、アルフォンスが一家に一台と言っていたのを不審に思いながらもありがたく借りていたのだろう。


「うん。辺境でも一部隊に一台程度だな。個人では持ってねーわ。まじかよ」

「じゃぁ第二騎士団に寄付しますからそっちで管理して下さい」

「なんでそうなんの!?高いって俺言ったよねアルちゃん!!資産扱いされるレベルよ!?」

「寮の部屋に置いておくと場所とるんで」

「……えぇ?マジで?マジでいいの?後で返せとか言わねぇ?」


 流石にポンと寄付する金額の魔具ではないと副団長も躊躇する。けれど、周りの団員はそれがあれば剣の整備が楽になると皆手を止めて様子を伺っていた。


「俺が学生時代使いこんだんで中古ですし、ヒルダが改造した小型の剣砥魔具も持ってるので」

「ヒルダちゃんが改造したんだ」

「正規品じゃないんで使用は自己責任ですけど。だから返せとはいいませんよ」


 例えば何かしら不都合があっても改造品なのでミュラー商会に修理に出すことはできない。とはいえアルフォンスの場合はヒルダの所へ直接持ち込めばいいので問題はないのだ。可愛い赤いひよこ印の魔具である。

 あっさりと言い放ったアルフォンスの言葉に副団長はちらっと団長に視線を流す。すると彼はいつも通りの笑顔を浮かべながら口を開いた。


「それでは念の為にそれを君に譲ってくれた方に第二騎士団へ寄付していいか確認して下さい。騎士を目指す君のためにと贈ったものでしょうから」

「……はい」

「譲ってもいいと許可が降りたらありがたくうちの備品にします」

「わかりました」

「はい。君はノイ伯爵領の人に好かれているんですねぇ。いいことです」


 ピンと来なかったのだろう、不思議そうな顔をアルフォンスはしたのだが、団長は瞳を細めて笑った。

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