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剣砥魔具を譲ってくれた工房の親方に連絡を入れた所、まだ使ってたのかと驚かれ、寄付に関しては使ってくれたほうが魔具も喜ぶと快く了承してくれた。
アルフォンスの部屋でかなり場所をとっていた魔具は第二騎士団の方へ移動され、随分と部屋は広くなる。
「うん。あのデカさの時点で個人所有じゃないの気が付こうなアルちゃん」
「ヒルダの作った温室魔具もかなり大きかったんで」
「アレも持ってるとか言わないよね!?」
「ミュラー伯爵邸の温室でいちご育ててるの見ただけで持ってませんよ」
団員たちが協力して剣砥魔具を運ぶのを眺めならアルフォンスと副団長はそんな会話をする。因みに使用方法に関してはアルフォンスは文字と絵の取り扱い説明書を作成して設置場所に貼ることとなる。下位貴族の面々はともかく、平民の団員は入隊前の予備期間で一応の読み書きは習うのだが心もとない者も多いのだ。
それもあって、第二騎士団の事務能力というのは非常に低い。前線に常に立つ副団長は明確に団員を取りまとめているのだが、団長はといえばどちらかと言えば事務の方で第二騎士団を支えている。折角事務ができる人間を育てても、怪我で退役してしまうので中々団長の補佐を務めるモノが育たず、結局彼が一人で請け負っているのだ。
今年の新人も事務作業を教わっているのだが、育成の目がありそうなのは三、四名程度。その辺りが目下の悩みである。
「そう言えば団長はあんまり討伐出ませんよね」
「ダンチョーが怪我したら誰が書類仕事やんのよ。まぁあの人フツーにツエーし、指揮も上手いから後ろに据えるの勿体ないんだけどさー」
「強いんですね」
「あの人あんま怒ったりしねーし、いっつもにこにこしてっけど、その笑顔で相手ボコボコにすっからな。狂犬より性質悪ィーぞ。まぁ、狂犬も黙ってりゃ色白で華奢だから良家のお坊ちゃんに見えっけど、性格も口も悪ィからなぁ。今日の合同演習はでるんじゃねぇの。いつもなら書類仕事に追われて出ねぇけど」
先月の書類仕事は新人も手伝ったのでかなり負担が軽かったというのは団長自身が言っていた事である。アルフォンスもいくつか仕事を引き受けた。
そして今日はといえば月に一度の合同演習。近衛騎士団、第一騎士団、第二騎士団が一同演習場に集まる公開演習は騎士団の事を知ってもらう為に一般公開されているのだ。そして他の部隊の演習を見て互いに刺激を、等と言うのが建前なのだが、ここで活躍できれば近衛騎士団への勧誘もあるとアルフォンスは聞いていた。
ただ、魔術師団は別枠での公開演習となる。これに関しては、魔術師団用の演習所でなければ魔術の暴発などの事故が起こった場合他に被害が広がるという理由で、観客席も騎士団の演習場より狭く毎度抽選となっている。
心底面倒だとアルフォンスは思っていたし、副団長も第一騎士団の気位の高い連中に絡まれるのだが面倒だと余り気乗りはしていない。元々第二騎士団から近衛騎士団に上がるものなど少ないので、ほぼおまけ扱いなのだ。
「そんでもアルちゃんは人気あったなぁ」
「学園の同級が俺のこと覚えてただけじゃないですか」
普段なら第一騎士団や近衛騎士団に令嬢からの応援や差し入れが殺到するのだが、第二騎士団に珍しく黄色い声援が投げられたのは副団長の記憶に新しい。
「王妹殿下も来てたしよー」
「暇なんじゃないですか」
不敬な物言いだと副団長は思ったのだが、そもそもこの国に不敬罪という曖昧な罪は存在しない。例えば貴族同士の傷害罪より平民からの貴族の傷害罪の方が罰則は厳しいなど、身分によって適応される罰則が変わる事はあるのだが、王族に対して不敬だからという曖昧なものでだけで罰せられることはない。それをしてしまえば、王の独裁を許してしまう。貴族が王に意見をすることが許されず、王の過ちを正せないのなら貴族は何のために存在するのか。他国では適応されることもあるが、この国に罰則はなく、あくまでマナーレベルの話になるのだ。己より高位の人間に対して失礼がないように。たとえ失礼があっても、それは本人の資質が問われるだけである。とはいえ、不快に思った高位貴族が圧力をかけた等はよく聞く話なので、好き勝手にしていればあっという間に干される事もあった。
現在の国王はよく他の意見を聞くタイプなのもあり問題なく運営されている。
「今日も来るかねぇ」
思わず副団長が眉間にシワを寄せてそう零したのは、グラナートから王妹が学園時代にアルフォンスをしつこく護衛騎士にと言っていたと聞いたからである。もしかしたら近衛騎士団への引き抜きがあるかもしれないと。
実際二ヶ月近くアルフォンスはよく働いていた。遠征も自ら手を上げて積極的に参加をするし、魔具素材の剥ぎ取りも問題なく指導している。欠点といえば愛想のなさであるのだが、これは第二騎士団の方がそんなもんだと慣れてきている。口数は少ないし表情の起伏も平坦であるのだが、高位貴族にありがちな高圧的な態度は取らないし、平民団員が文字を読むのに不安があると言えば、バカにすることなく絵で魔具の説明書を作る。書類仕事も嫌がらない。これに関しては団長がかなり評価していた。
ただ、基本周りに興味がなさそうに過ごすのに、例えば以前舐めた態度を取ってきた魔具研究所などには当たりが強い。グラナート程ではないのが救いであるとぼんやりと副団長は考えた。
そして始まった合同練習。減るかと思ったアルフォンスの応援は増えており、副団長は感心したのだが、当の本人はこれと言って興味がないのか淡々と準備運動をしている。
とはいってもやはり近衛騎士団や第一騎士団の面々の応援のほうが多い。
そんな応援席に王妹・クレイの姿を見つけて副団長は眉を寄せ、団長の所へ小走りで近づいた。
「やっぱ来てるわー」
「暇なんですねぇ」
アルフォンスと同じ物言いに思わず副団長は吹き出したのだが、団長は僅かに瞳を細めるとつまらなさそうに口を開いた。
「近衛志望の人もいませんし、適当にお茶を濁しましょうか。予定通り弓の訓練で」
「おう」
露骨に手を抜くわけではないが、程々に、そんな団長の指示に副団長は頷いた。
そもそも第二騎士団は対人を基本とする他の騎士団と根本的に役割が違う。一対一の模擬戦などを基本訓練とする彼らとは違い、体力づくりと基礎訓練に重点を置いているのだ。魔物を追いかけ回し、時には追われという仕事の第二騎士団にとって体力がないというのは死と直結する。公開訓練で不人気なのは訓練の地味さもあるのだ。けれど、それでも例えば故郷の魔物被害を目の当たりにしたり、第二騎士団に助けてもらったからと希望する者も少なくない。ありがたい話だと思いながら団長はチラリとクレイに視線を送った。
「道楽に可愛い部下を差し出す気はありませんよ」
「何?」
「いえ。貴方も今日は無理しないで下さいねぇ。遠征から戻ったばかりなんですから」
団長の言葉に副団長は僅かに眉を上げる。
「いいのか?先月も模擬戦断ったけど」
「そもそも何でよその新人の躾をうちがしないといけないんです?ちゃんと言い聞かせるなりするのが上の役目でしょうに」
公的に第一と第二の上下関係はない。魔術師団を含め共に独立した組織であり対等の関係なのだが、平民や下位貴族の多い第二騎士団を下に見る者は多いのだ。外からそう言われる分には無視すればいいのだが、高位貴族の子息が多く所属する第一騎士団……その新人等に絡まれるのは季節の風物詩とも言える。第二騎士団の団長や副団長にさえ舐めた態度をとるのだから困りものなのだ。
なので新人が入る季節には合同演習の際副団長が徹底的に第一騎士団の新人の鼻っ柱を折るのだ。大概それである程度は弁える。とはいえ、内心は見下しているのかもしれないが、可愛い団員が絡まれなければ団長はそれで良かった。
ただ今期に関しては合同演習の日程が遠征のすぐあとと、第二騎士団の疲れが溜まっている状態だったので、模擬戦に副団長を参加させることを団長は控える。元々体力が有り余っているタイプではあるのだが、それでも疲れていると手加減がおざなりになる傾向にあるのを考慮しての団長の判断であった。
面倒臭ェからちょっと痛い目にあってもらう、のちょっとが中央基準ではなく辺境基準になる。
「走り込み終わったら弓の訓練すっから準備しろー」
副団長の指示に野太い声で返事をする団員たちは、準備していた弓の的などを設置し始める。
「久しぶりにボクもやりますね」
「そりゃいいことだけど、珍しいな」
「アルフォンス君が飛竜の翼ぶった切る目標立ててるって聞きましてね。じゃぁボクは飛竜の眼でも撃ち抜くのを目標にしようかと思いまして」
「……マジでアレやらせんの?俺ヒルダちゃんや狂犬に吊るされるのヤだよ?」
「雨漏りもですが、馬車の異音煩いですよねぇ。ボクあの甲高い音嫌いなんですよ」
「何かあったらダンチョーに丸投げすっからな」
「後始末が上司の仕事ですからねぇ。どうぞ丸投げしちゃってくださいな」
瞳を細めて団長は笑うと、ほてほてと弓の準備をする団員の元へ歩いていった。
「先輩!!アレなんっすか!?何であんな芸当できるんですか!?」
休憩中にアルフォンスが顔を上げたのは、フランツが先輩の団員に声をかけていたからである。相手はアルフォンスがひっそり青蛙先輩と呼んでいる五年目の団員。
「アレって?」
「団長が撃った矢全部ど真ん中!!」
「あー。書類仕事ばっかだけど、あの人めちゃくちゃ弓上手いんだよなぁ。たまに弓兵組に指導してんだろ?」
先輩団員の声にフランツはこくこくと頷く。ただそれはどちらかと言えば副団長が弓を不得手としているので代わりに指導しているだけだと思っていたのだ。
「アルも上手いけど、団長の命中率意味わからない」
「俺は普通だと思うけど」
話を振られたアルフォンスは小さく首を傾げてそう返事をする。的を外しはしないが、あそこまで真ん中に集めることはできない。
「午後から馬上射撃もするって言ってたし、そっちもよく見とけよ」
「……それも外さない感じですか?」
「俺は団長が外してるの見たことない。馬の扱いも上手なんだよなぁ。ホント、書類仕事ばっかで前線でないの勿体ない」
それは副団長も言っていたなと思いながらアルフォンスは演習場に視線を送る。このあともう一度射撃訓練をすれば昼休憩となるのだが、昼食に関しては各自自由にと言う事になっていた。
家族や恋人など見学者からの差し入れがある者がいるので、遠征の時のように皆で纏まって食事とはならないのだ。
既にタオルや飲み物の差し入れを受けている者も、近衛騎士団や第一騎士団には多い。
「そう言えばアルは昼飯どうする?」
「食堂行くけど」
「差し入れ断っちゃうの勿体ないでショ」
「何入ってるかわからないから知らない人からの差し入れは怖いんだけど」
「……は?」
吃驚したようにフランツは間の抜けた声を上げたのだが、先輩団員は苦笑しながら口を開いた。
「学生時代嫌な目にあったクチか?まぁ、年に数回そういうのあるけどな」
「怖い!!」
「話に聞いてるだけですけど……」
サイイドが口にするものに気を使っているのを見ればなんとなくそういう習慣がついた。彼の場合は解毒魔具を装着しているのだが、あれはあくまで身体に変調をきたした時にその成分を分解、もしくは排出させるもので、グラナートの治癒魔法をかけた触媒を使っているために回復にも苦痛が伴う。ならば普通の治癒魔法を使えばいいのではないかとアルフォンスは思ったのだが、毒を盛られたと気が付かないのも問題なのだとサイイドから説明された。
全く効かないのなら、相手が暗殺方法を変えて更にわかりにくくなる恐れがある。なのであえてわかりやすいスキを見せているのだと。毎度毒物を上手く回避できず、のたうち回りながらも運良く生き残る末の王子。運が悪ければとっくに死んでいた。その様に見られる方が逆に安全なのだと。
アルフォンス自体は王族ではないのだが、流石にそんな話を聞けば口にするものに慎重になってしまったのだ。
その上心配性なヴォルフが、先輩団員のいう年に数回あるらしい異物混入事件を小耳に挟み、気をつけるように助言をしてくればいくら図太いアルフォンスでも知らない人間からの差し入れを口にする気にはならない。精々団員の家族からの差し入れをお裾分けを皆で貰う時に一緒に口にする程度である。




