21
卒業試験も無事に通過し、自由登校になったある日。アルフォンス・ランゲは寮に届いた手紙に些か困惑していた。
差出人はグラナート・ミュラー小伯爵。
内容は三日後に屋敷に来るようにと言う呼出状のような物。
組手の稽古はしているが、それもヴォルフとの訓練をしている時にふらっとグラナートがやってきて気まぐれに相手をしてくれるということが多かったために、彼からの手紙自体が初めてのことであった。
その上三日後と言えばヒルダがヴォルフを連れて海沿いの魔物討伐に行くとアルフォンスは聞いていたので、正真正銘二人っきり、もしくは夫人であるアリーセ同席の話し合いの場となるだろうことが予想できた。しかしながら、グラナート自体は組み手の時に話はするが、基本的に自分に興味を持っている様子はなかった。ヴォルフなどはわかりやすく面倒を見てくれていたのだが、それに対しても勝手にやればいいという態度で、アルフォンスの進路に関してもこれと言って口出しはしてこない。
それもあって話の内容が全く予想できなかった。
けれど流石にこの呼出状を無視する事はできないアルフォンスは、大急ぎで了承の返信をしたためる。
そして当日。
いつも通り門番に声をかけると、彼は小さくお辞儀をして口を開いた。
「本日は本館の方だと伺っております」
「そのまま行っていい?」
「はい。館内は家令が案内しますので」
門から少々本館までの距離はあるのだが、目視できる道は綺麗に舗装されている。いつもであるのなら途中で分岐する離れに向かう道に入るのだが、アルフォンスはまっすぐ本館を目指した。
こうやって本館に一人で入るのは、初めてミュラー伯爵邸を訪れた時以来か、そんな事を考えながら扉が開くのを待っていると、あの時と同じように眼鏡をかけた家令が彼を出迎える。
「お忙しい中ご足労ありがとうございます。若旦那様がお待ちです」
「はい」
そして案内されたのはサロンでも応接室でも執務室でもなく、防犯が徹底された奥まったグラナートの私室。普通の貴族の家では夫婦が隣り合わせの部屋になることが多いので、アリーセの為なのだろうが。
「若旦那様。アルフォンス・ランゲ様がお越しです」
「入れ」
部屋自体は華美な装飾はなく、寧ろ物が少ないとさえ感じる。重厚な家具は本人の趣味だろうかと考えながらアルフォンスは頭を下げた。
「茶を入れたら人払いしろ」
家令とアルフォンスの後に茶器一式を持って部屋に入った侍女は軽く頭を下げた後、直ぐに茶の準備をして家令と共に部屋を出る。余りの素早さにアルフォンスも驚いてしまったのだが、すっかり座るタイミングを逸してしまい視線を彷徨わせた。
「そこ座れ。今は口調もかしこまらなくていい。面倒だ」
「はい」
流石に立たせたまま話をする気はなかったのだろう、グラナートが座るソファーの正面にアルフォンスは座るとグラナートに視線を送る。
アリーセが部屋に入ってくる様子もないし、準備されたお茶は二人分。このまま話が始まるのだろうと考えてアルフォンスは彼が話を切り出すのを待った。
「要件はいくつかあるんだけどよ。その前に確認してぇ事がある」
「はい」
「進路は第二騎士団。理由は魔物討伐に従事したい」
「そう」
学園で提出した書類にも書いているし、アルフォンス自身も聞かれればそう答えているので頷く。
「……早めの騎士爵狙いなら無難な選択か。手前ェの場合は中央にコネもねぇしな。でなきゃ、ノイ伯爵領の討伐部隊の方に行ったろ」
「……」
別に貴族の次男坊が騎士爵を狙うこと自体は珍しくない。けれど第一騎士団で騎士爵を得ようと思えば家の後押しがモノを言うところがあった。無論それなりに手柄を上げて真っ当に騎士爵に上がる者もいるのだが、中央の防衛を主とする第一騎士団は手柄が上げにくいのだ。それでも、第一騎士団所属というだけでステータスと見られ人気が高い。
そして魔物討伐を主とする第二騎士団は、泥臭い上に危険度が高いために不人気であるのだが、魔物討伐数というわかりやすい基準があり功績が目に見えやすい。腕っぷし一本でのし上がれるのが第二騎士団であるのを考えれば、たとえ伯爵令息であっても、中央へのコネがない以上第二騎士団のほうが早く騎士爵を得られる可能性が高い。
それを知っているのでグラナートは無難だと言い放ったのだ。
「手前ェが第二騎士団に入ったらやってほしい事がある。対価は手付の前払いに手前ェに必要な情報。成功報酬はグラナート・ミュラーの後ろ盾。どうだ」
「正直怖いんで嫌なんだけど」
「手前ェなら難しい事はねぇよ。手前ェ以外の丁度いい人材がいねぇから報酬総取りってだけな話だ」
やだなぁ、そんな表情をアルフォンスが露骨に作ったのでグラナートは咽喉で笑った後にそう付け足す。ただ、大きめの報酬に飛びつかない事に対しての慎重な姿勢を見た彼はアルフォンスの評価を上方修正する。
「第二騎士団の連中に徹底的に魔物素材の扱い仕込め」
「それは剥ぎ取り?加工?」
「とりあえずは剥ぎ取りだけでいい」
そうしてグラナートが話しだしたのはアルフォンスにとって近々就職が決まっている第二騎士団の深刻な財政難。
副団長が辺境出身なのもあり、グラナートはいやいやそんな愚痴を聞くことがあった。しかしながら愚痴を聞くことはあっても、今までは対策まで講じることはない。
そんな中、アルフォンスが第二騎士団への内定が決まったと聞いたグラナートは己の利益込みで第二騎士団に提案を持ちかけたのだ。
それが魔具素材の売買である。
魔物素材が魔具の素材になるらしい事は第二騎士団も中央の魔具研究所から討伐の際に依頼が来ていたので知ってはいたのだが、彼らは依頼を出すだけで、例えばどの様な状態で魔物素材を剥ぎ取り、加工して納品すればいいかまでは指定も指導もしてこなかったのだ。
不運だったのは、とりあえず魔物の死体を持ち込めば研究所にいるヒルダが解体や加工をやってしまっていたので不便がなかった事だろう。
けれど、例えば一角うさぎの角だけでいいのに、一角うさぎ自体を持ち込めばそれだけ運搬にコストがかかるし、運べる数も限られてしまう。物によっては討伐のしかた自体が素材を傷つけてしまい、使い物にならず徒労に終わることさえあった。それでも微々たる金を稼ぐために帰りの馬車に魔物の死体を積んで帰ってきていたのだ。
その話を聞いた時にグラナートは自分の故郷である辺境にしたのと同じように、ノイ伯爵領の魔物討伐部隊を指導のために派遣しようかとも思ったのだが、あれは元辺境伯令息であるグラナートの口添えがあってようやく叶ったことであった。平民の指導など貴族が聞くはずもない。けれど、恩義があり、辺境伯令息の婿入り先であるミュラー伯爵家の為と、父親である辺境伯も、その嫡男である彼の兄も全面的に受け入れた。
一度受け入れてしまえば現金なもので、魔物素材は金になると、今では珍しい魔物が出れば進んで指導を受けたりもしている。
魔物素材というのは辺境が扱い始めるまでは、ほぼノイ伯爵領の討伐部隊が自前で狩りに行って、自分たちで消費していたのだ。一部ギルドに依頼などを出しているようだが、それでも微々たるものである。
これからも魔具は国に広がっていく。そうなると生産するために必要な魔物素材が不足する。それを補うためにグラナートは手を打つことにしたのだ。その一つが財政難である第二騎士団への依頼。
「……第二騎士団は平民や下位貴族が多いから、ノイ伯爵領の討伐部隊の指導も受けそうだけど……」
「第二騎士団自体はな。けど周りが反対する可能性がある」
栄えある騎士団が、と難癖をつけられる可能性もあるし、ミュラー商会への利益誘致と言われる可能性もある。魔具の専売権を握っているミュラー伯爵家を妬む人間もいないわけではない。
けれど、第二騎士団が財政難を解決するために、自力でというならば話は変わってくるのだ。
「内側からか外側からかって話なだけなんだけどよ。貴族ってのはその辺が面倒臭ェ訳だ」
「……寧ろミュラー商会は売ってくれるなら買うけどって言う立ち位置?」
「そうだな。他に買う商会なんざねぇだろうけどよ。建前ってやつだ」
瞳を細めてグラナートは笑う。あくまで請われて買い取りをしている。己の利益を出すために第二騎士団を私物化していると言われないようにとの予防線。
「その話はどこまで通ってるの?」
「第二騎士団長と副団長は了承済み。そんで、ソイツらに命令されて手前ェは魔物素材の剥ぎ取りを仕事のついでにする。できる限り指導もしろ。期間は最低二年。今いる奴らが次の新人に指導できる位ェ仕込め」
「まぁ、それくらい別にいいけど……っていうか、今まで納品を丸ごとしてた事に驚く」
「鳥女が研究所にいたからな。丸ごとでも問題起こらなかったんだよ。何でも自前で処理しちまうアイツの悪いとこが出た感じだな。その上鳥女もずっと研究所にいるかどうかわからねぇしよ」
「あ、そうなんだ」
「あくまで臨時講師だ。基礎的な部分に問題なきゃ契約更新はしねぇよ。いまんとこ泣きつかれて渋々更新してる状態だ」
「渋々……」
「指導なんざしてる暇あったら手前ェで魔具触りてぇだろあの一族」
それはわかる、とアルフォンスが思ったのは嘗てノイ一族直系組は完全に感覚で魔具を作っていると討伐部隊の面々が言っていたからである。
彼らは工房を持ち弟子をとるので、教科書的なものはないものの指導自体はきちんとするのだが、ヒルダは余りその辺りが得意ではないのだ。アルフォンスのように見て覚えることに特化しているタイプならともかく、それ以外だと厳しいのも魔具を少し扱うようになれば彼にも理解できた。
それでもなんとか講師として指導しなければならないと、文句を言いながらリストづくりなどもしているのだからヒルダはまだ優しいのだろう。恐らくフレムデなら、何がわからないのかわからないと大真面目に言い放つような気がした。
「魔具の設計図だって引かねぇしよ。商品化する時に初めて描いたとか言ってた」
「それは工房の人も言ってた。思いついたものをそのまま形にすることが簡単にできるのが頭領の本家筋だって」
「そういうこった。鳥女は改良特化の能力だから一応設計図引いたりもしてたらしいけど、伯爵の方は全部ここなんだと」
そう言いながらグラナートは人差し指で己のこめかみを軽く叩く。天才。奇人。好き放題言われるが、貴族として規格外なだけではなく、人としても規格外なのではないかとぼんやりとアルフォンスは考える。
「で。引き受ける気はあるか?」
前払いに関してはどんな情報が渡されるのかわからないが、成功報酬に関しては悪くないとアルフォンスは考える。中央にコネのない実家に別に不満はないのだが、グラナートの後ろ盾というのは破格の報酬である。辺境家門への強いパイプ、ミュラー商会という看板。
しかも魔物討伐後の解体作業はアルフォンスの得意分野であるし、腕を鈍らせない為に続けていけるのは寧ろプラスである。その上就職先の財政難が解消されるのならその恩恵はダイレクトにアルフォンスに降りてくるだろう。
「やる」
「そうかそんじゃココにサインしろ」
そう言われて差し出された契約書にアルフォンスは目を通す。先程の話との相違点はないのだが、念の為にとアルフォンスは口を開いた。
「成功とみなされる基準は?」
「今の連中が新人に指導できるようになるまで。……そうだな、最低ラインの魔物の種類も一応指定しとくか」
第二騎士団が狩っている魔物でも比較的数が多いもの、そして飛竜などの珍しいもの。いくつかリストアップして書きつけたグラナートはそれをアルフォンスに確認させる。
「珍しいやつに関しては手前ェが二年所属してる間に出る保証はねぇからな。討伐対象になった場合って注意書きつけとく」
「……これならいける」
「そうか。そりゃよかった。最低ラインでこれだ。多ければ多いほど追加報酬だしてやる。追加報酬に関しては指導料って形で金でいいか」
「そっちが都合いいようにして」
金に困っている訳ではないのだが、あって困るものでもないし報酬としてはわかりやすい。そう思ったアルフォンスは了承して書類にサインをした。
「話はそれだけ?」
「……とりあえず前払いの情報渡しときてぇんだけどよ、その前に確認いいか?」
先程も進路の確認をしたのにまだ確認することがあるのかとアルフォンスは思いながら頷いた。




