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【本編完結】伽藍洞の君と朱の姫【番外編不定期更新】  作者: 蓮蒔
本編

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「手前ェ、爵位は鳥女娶るためにほしいのか?」


 ストレートに聞いてきたな、そう思いながらアルフォンスは返答の言葉を選んだ。この場合は濁さずにはっきり言ったほうがいいだろうと考えて口を開く。


「そう。もしもヒルダが俺の伴侶になってもいいと了承してくれた場合、今はともかく兄が爵位を継げば俺は平民だから。ヒルダがアリーセ様に侍るのに障りがあるかと思って」


 騎士爵夫人は貴族としてはお世辞にも位が高いとは言えない。けれど、平民では伯爵夫人と付き合いを続けるのは難しい事を考えれば雲泥の差である。本人たちは無論身分差など気にしないだろうが、アリーセがミュラー伯爵夫人である事を考えれば、周りが余計なことを言うだろう。


「アリーセ様の迷惑になるのはヒルダの本位ではないと思ったから、とりあえずって感じだけど。そのうち魔具作成の功績でヒルダ自体が爵位持つかもしれないし」

「……鳥女が手前ェとの結婚断った場合はどうするつもりだ」

「とりあえずヒルダの助手として就職」

「雑だな。番犬志望か」


 呆れたようにグラナートは言葉を零したが、アルフォンスは浅く笑う。


「俺の事それなりに便利だと思ってるし気にかけてくれてるから、殊勝な顔して、騎士団に馴染めなかったって言えば可能だと思う」


 余りにも図太く言い放ったアルフォンスにグラナートは僅かに瞳を細めると口を開いた。


「そんで本題だ。手前ェ方針の二つ目は修正しろ」

「修正?助手はグラナート様に不都合がある?」

「そっちは別にねぇよ。鳥女が適当に結婚相手決める方が都合悪い」

「……え?アリーセ様が心配するとか?」

「それもあっけどよ。ノイ伯爵家の当主問題が出てくる」

「ヒルダに兄さんいたよね。会った事ないけど」

「フレムデ・ノイ伯爵は後継に鳥女指名して届けだしてんだよ」

「は?」


 女性も爵位は継げるとはいえ、圧倒的に少ない上に男子がいればまず優先される。例えばアリーセのように一人娘の場合にはじめて女性が爵位を継ぐことを検討されるのだ。

 とはいえ、婿を取った場合はその婿が中継ぎで爵位を継ぐ事が多いので、女当主はごくわずかである。無論家の乗っ取りを防ぐために、婿が爵位を継ぐ場合は後継や財産に関する細かい契約が交わされる事となる。


「ヒルダが婿取りするって事?」

「そうだな。まぁ、結婚しなくても兄貴んとこに子どもいりゃそっちに継がせばいいとかゆるく考えてんだろうけどよあの家」

「……ヒルダの兄さんは反対しなかったの?」

「初代がフレムデ・ノイの家だしよ、貴族面倒って空気なんだよあそこ。諸手を上げて妹に譲ったそうだ」


 普通の貴族では考えられないが、恐らくあの家にとって貴族としての仕事は面倒なのだろう。けれど貴族をやっているのは、友人である国王に頼まれて、狩り場を提供され、工房を建てる土地も準備してくれたので、まぁいいか、といついているだけなのだとグラナートに説明されれば、アルフォンスも納得した。


「んで、手前ェの言う通り、アリーセに侍るのに貴族籍があったほうが便利だって鳥女も気がついたんだろうな、書類仕事は死ぬほど面倒だと思いながらも後継引き受けたってわけだ」


 学園に通って、アリーセが生きる世界を知って、そこで自分が彼女の側にいるために必要なものをヒルダなりに考えた結果だろう。


「……え、俺、騎士団に入らなくても良かった?」

「二年は頑張れよ」


 だから先に契約書にサインをさせたのかとアルフォンスは苦々しく思うのだが、グラナートは悪びれもせずに笑う。


「ヒルダが爵位を継ぐって情報が前払い?」

「んなもん前払いになんねぇだろ。国に届け出てっから調べりゃわかるしよ。けど、魔具の利権だけじゃなくて爵位狙いの求婚が増えるの面倒だって、大っぴらにもしてねぇ」

「あぁ。そういう……」


 大々的にノイ伯爵家当主代理と名乗って社交はしているが、恐らく殆どの人間が彼女を後継だとは思っていないだろう。

 後継は誰だなど普通は息子がいればわざわざ確認しない。余程のやらかしがなければ長男が継ぐのが貴族の常識なのだ。


「こっからが本題で報酬の助言だ。あの一族は気に入った相手がいなけりゃ別に結婚しなくてもいいと思ってるし、自分が気に入った人間の利益になるなら、適当な人間と結婚してもいいと思ってる」

「……」

「惚れた相手と結婚できりゃ一番だが、そうでないなら自分の結婚なんざ自分の大切な人の幸せと比べりゃどうでもいい」

「……まぁ、そんな気はしてた」

「だから、もしも鳥女が手前ェの伴侶になるのを渋ったら、契約を持ちかけろ」

「契約?」

「くっそ面倒臭い貴族としての書類仕事を全部引き受けるから自分を側におけってな」

「……」

「魔物討伐や魔具作成の手伝いは、ありゃ便利だがなくてもアイツは困らねぇんだ。けど、書類仕事に関してはアイツは不得手だからな、喉から手が出るほど欲しがる。くっそつまんねぇ書類仕事してる暇があったらアリーセと茶でも飲みたい。アリーセの手伝いをする時間を取りたい」

「……あぁ、なるほど。苦手な分野をフォローできるっていう売り込みをする感じ?」


 その発想はなかったとアルフォンスは思わず感心してグラナートに視線を送る。同族嫌悪であるとか、天敵であるとか言われているのだが、それ故に相手の弱点もよく知っているのだろう。

 ヒルダ自身が後継としての仕事をしている事もアルフォンスは知らなかったので、情報と言うのは大事だなと改めて思う。


「そうだな。これを他の爵位目当てのやつにやられてアイツが頷いたら俺の面倒が増える。鳥女が惚れてるならともかく、そうじゃないなら徹底的に潰せ」

「……ノイ伯爵家をいいようにされる可能性がある?」

「鳥女自身に惚れて求婚ならマシだけど、魔具の利権目当ての縁談ばっかでよ。ウチとしてもやりにくくなる。アリーセに不利益になるって言やぁ、鳥女も躊躇するだろうがそんでも可能性は全部は潰しておきたい。鳥女が気に入って伴侶選ぶ分にはいいんだけどよ。あの一族人見る目だけはあっから」

「俺が伴侶になるのはいいの?」

「手前ェは実家の領地運営も安定してるし兄弟仲も悪くねぇ。強すぎる出世欲もねぇし、ノイ伯爵領の工房の連中にも気に入られてる。俺から見りゃ優良物件だよ。まぁ、鳥女にとってであって、手前ェは望めばもっとイイ女いるかもしんねぇけどな」

「ヒルダがいい。ズブズブに俺のこと甘やかしてヒルダ以外無理ってなった責任取ってもらう」


 即答するアルフォンスを眺めて呆れたようにグラナートは息を吐き出した。


「ヴォルフの野郎が麻疹みてぇなもんだろとか言ってたけど、降りるんなら今だぞ。後で降りてぇっつっても降りさせねぇから覚悟しろ。あの愛情がくっそ重たいノイ一族相手にすんだ」

「麻疹って年取ってからかかるとこじらせるって言うよね」

「そーだな。俺もそのクチだけどよ」


 それを自分で言うのかと些かアルフォンスは呆れたのだが、グラナートと言う男の性質を考えれば別におかしなことではない。ヒルダ同様アリーセ至上主義なのだ。サイイドの言う通り、狂犬が忠犬になる。

 昔学園に通っていた頃、狂犬が無理矢理アリーセを囲っている等と言われていたとヴォルフの話を聞いたことがあったが、実際は主従が逆なのだ。もっとも、穏やかな気質のアリーセがグラナートを上手く手なづけたことに対してはヴォルフ含めたいそう喜ばれたのだから、この男がどれだけ扱いにくかったのかアルフォンスにも察することはできる。


「グラナート様の提案はヒルダ口説く時に使う」

「……好きにしろ」

「二つ目の方針助言するのに、俺が口説き落とすのは無理だって笑わないんだ」


 意外そうな表情をしたアルフォンスとは逆にグラナートは口元を引き上げると瞳を細めた。


「手前ェの不運は鳥女がアリーセと先に会った事だろうよ。でなきゃ手前ェは何の苦労もなくあの鳥女の伴侶になれた。手前ェ自身もそれわかってんだろ」

「そうだね」


 ヒルダという人間は根底の部分はノイ一族であるのだが、アリーセという人間に執着する過程で、彼女と共にいる事で貴族社会の常識と良識を学習していった。彼女に迷惑をかけないように。彼女が幸せになる手助けができるように。


「ヒルダは俺が貴族令息として真っ当に生きることが幸せだと思ってる。アリーセ様がそうだったから。だから第二騎士団に入るのをすすめるし、年頃の令嬢との縁をすすめる」

「……」

「そういう死ぬ程無神経で残酷な所好き。俺の事大事にしたいって思ってるのがわかる」

「手前ェも大概歪んでんな。まぁ、外れちゃいねぇだろうな。ノイ一族は好きか無関心しかねぇからよ。利害関係の一致もなく世話焼いてるってだけで破格の扱いだ」


 珍しい被験体を目の前にして魔具を作る位ならあるだろう。機会を逃せないという気持ちが強く出る。けれどその後もヒルダは何かとアルフォンスを気にかけていた。

 苦手な刺繍もやって、彼が望めばノイ伯爵領へ連れて行って。


「俺の方はともかく、ヒルダが俺のこと特別だってグラナート様はいつ気がついた?」

「俺と組手してっと鳥女作業中でも出てくんだろ。アイツは俺が嫌いだからな。手前ェが俺にいいように利用されないか監視してんだよ」

「今まさに利用されてるんだけど」


 契約書にサインをした後だ。そう思いながらアルフォンスが呟くとグラナートは意地悪く口元を歪めた。


「利害関係の一致だろ。俺はミュラー商会を富ませたい。手前ェは鳥女を口説きたい。アイツだってアリーセの為なら俺と手ェ組むんだ。文句言われる筋合いねぇよ。ほかはそうだな……手前ェの話すっ時早口になる」

「グラナート様は俺にあんま興味ないと思ってたけどそうでもない?」


 小さく首を傾げてアルフォンスが問うと彼は咽喉で笑った。

 ヴォルフは面倒見が良く何かと可愛がってくれていたが、グラナートは組手の相手をするぐらいで会話もあまりなかったので自分には興味がないのだと思っていたのだ。けれど、ミュラー商会の利益の為とはいえ、破格の報酬と協力を申し出てきているのが不思議だったのだ。


「ようやく俺の可愛いアリーセから鳥女引き剥がせそうな男がいたんだ。贔屓ぐらいする。死ぬ気で口説き落とせ。アイツの鳥頭に手前ェの幸せが貴族令息のそれと違う事を徹底的に叩き込め」

「結構頑張ってるんだけど、その辺かたくなだよねヒルダ。アリーセ様が完全に基準になってる」

「アリーセはまともだからな。まぁ、鳥女が親友で、俺が伴侶って時点で多少感性はアレだけどよ」

「サイ様は女神って呼んでる」


 なぜ必ず女神アリーセと呼ぶのか。誰も突っ込まなかったので聞きそびれてそのままであったその奇妙な呼び方。


「アイツも大概イカれてんだよな。話長ェし」

「俺、そのイカれた王子様に朋友って呼ばれてるんだけど……」

「手前ェ自分がまともだと思ってたのか?」


 呆れたようなグラナートの言葉にアルフォンスは瞳を細めて笑った。

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