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【本編】伽藍洞の君と朱の姫  作者: 蓮蒔


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 結局アルフォンス・ランゲとヒルダ・ノイの関係に関してははっきりとわからない。それが王妹であるクレイの取り巻き子息や護衛騎士の調査結果であった。

 調査と言っても学園内の噂や、王城内の噂をかき集めたものであるのだが、公的行事にそもそもまだ学生であるアルフォンスがでる事はない。

 ランゲ伯爵家自体が中央に官位を持たない完全地元密着型の貴族であるのもあり、始まりの夜会、終わりの夜会という王家主催の夜会以外には出ることがないし、出たとしても嫡男を伴って出ている。

 そしてヒルダに関してはノイ伯爵家当主代理で夜会に出ることはあるのだが、基本ミュラー小伯爵夫妻が出るもの以外に足を運ぶことはないし、出てもミュラー小伯爵夫人にべったりで男の影など微塵もない。


 痺れを切らせたクレイが、アルフォンスが出入りしているというミュラー伯爵家への探りを護衛騎士に命令したのだが、これは無理だと渋い顔をされる。そもそも護衛騎士の仕事ではない。侍女に金を握らせて探らせてみたが、使用人の口は堅いらしく、寧ろ産業スパイかと疑いをかけられ危うく投獄されるところであった。


「……以後余計な事はしないように」


 苦言を呈したのは王太子。投獄されそうになった侍女が王妹の命令だと吐いたので話が王太子の所まで上がって来たのだ。


「ちょっと貴族の家探っただけでしょ」

「ミュラー伯爵家は無理だ。余計な手間をかけさせないで欲しい」

「一介の貴族に大げさな」

「あの家は今他国とのパイプの上に、魔具の専売権を握っている。産業スパイを疑われる」


 実際ミュラー伯爵家の使用人は破格の賃金を支払われているのだが、それと同時に情報を他へ漏らした場合の厳しい罰則契約も結ばれている。例え相手が貴族の娘や子息であってもだ。その上魔具制作者であるノイ伯爵家の令嬢を滞在させているのだ、他国からのスパイ、産業スパイを警戒していると言われれば、尋常ではない罰則契約に関しても王家は口を出せない。

 以前、ミュラー小伯爵夫人の外出予定をよそに漏らした侍女の子爵令嬢はグラナートの手によって首を刎ねられた。大げさだと子爵家は抗議をしたのだが、契約書には本人だけではなく子爵家のサインもあった上に、その外出時に襲撃があった事もあり訴えは退けられた。

 愛妻を危険にさらした事への怒りもあったのだろう、すっかり大人しくなった、牙が抜けた等と言われていた辺境の狂犬は執拗に襲撃者を追い詰め、大規模犯罪組織を壊滅させた。元辺境伯令息としてのツテも、商会としてのツテも総動員しての話で、あの男に目をつけられたら、一生眠るか、一生安眠できないかだとも言われている。

 そんな敷地内へ人を潜り込ませようとしたのだ。

 ミュラー伯爵家からの抗議は当然あったし、侍女の首だけ送りつけてこなかっただけマシだとさえ王太子は思っていた。


「ミュラー伯爵邸を調べただけで、ミュラー伯爵家は調べてないわ。ちょっとヒルダ・ノイの事を知りたかっただけ」

「ヒルダ嬢を?なおさら面倒な事になる。やめてくれ」


 意味がわからない、そんな顔を王太子がすると不服そうにクレイは口を尖らせる。


「そもそも貴方と接点などないはずだ」

「この前学園で会ったわ」

「あぁ、サイイド殿下の接待か。花園に行く気になったのか?嫉妬?」

「いかない。嫉妬もしてない。この国を離れたくないの。ねぇ、私の降嫁先国内で見つけられない?」

「高位貴族でなければ先王陛下が不満を漏らすからわざわざ他国の王族を探してきたんだが?」

「側室でしょ!!」

「宗教的な問題だ。しかたあるまい」


 星神を祀る王族のために、他国の者が正室になるには白虎の霊廟で星神の加護を貰わなければならない。それは人によってどれくらいかかるか分からず、早くて三ヶ月、遅い者は三年以上かかったという話もあった。しかもその間精進潔斎をして慎ましく過ごさなければならない。一生かかってもこの王妹には無理だろうと思った王太子は、それが不要な花園への入内を何とか取り付けたのだ。

 先王もはじめは他国へ嫁がせるのはと渋ってはいたのだが、実際問題国内の高位貴族は全滅だと言うのを年を重ねるごとに感じているのだろう、最近はサイイドがマメにご機嫌伺いに来るのもありやや態度を軟化させていた。

 できれば卒業後直ぐにでも婚姻としたかったのだが、今のところ卒業後に婚約がギリギリのラインである。それを王太子は苦々しく思う。

 サイイドが辛抱強く通い詰めてくれていることに頭を下げるしかない。


「……アルフォンス・ランゲと親しそうだったからちょっと調べただけよ」

「アルフォンス・ランゲ?」


 名を出されたが直ぐには思い出せなかった王太子はしばらく考え込んだ後に呆れたように口を開いた。


「この間までご執心だった侯爵令息はもういいのか?」

「だって武芸大会で無様な負け方したんですもの」


 見目麗しい令息を学園内で侍らせているという話は王太子も聞いていた。そしてアルフォンスという令息が次のターゲットになったのだろう事を察して呆れたように王太子はため息を零す。


「騒ぎを起こすな」

「婚約者もいないしいいでしょ。伯爵家の次男だから結婚したいなんて言わないわ。護衛騎士にしたいの」

「顔がいい男ばかり侍らせて恥ずかしくないのか」

「私に相応しい人間を侍らせてるだけよ。武芸大会二年連続優勝なら直ぐに近衛に上がるでしょうし」

「どうだろうな。彼は第二騎士団希望の筈だ」

「そうなの!?何で!?」


 驚いたようにクレイが声を上げたのは、伯爵令息であるなら当然第一騎士団に行くと思っていたからだ。第二騎士団から近衛に上がることは稀であるのは彼女でも知っていた。


「第一騎士団に入れるように言って!!」

「無理だ。いくら王族と言えどもそこまで口は出せない」


 そう言いながら王太子は新たに騎士団に入る者たちの説明を受けた時の事を思い出す。第二騎士団の副団長が辺境出身で、彼がかなりアルフォンスを推していた筈だと。本人の希望と、副団長の強い推薦で結局彼を欲しがっていた第一騎士団は黙った。

 あぁ、また面倒な人間を欲しがって、そう王太子が思ったのはアルフォンスが武芸の訓練をグラナートとヴォルフにされているのを思い出したからだ。実際にどの程度の訓練をしているのかは王太子は把握していなかったが、辺境家門である第二騎士団の副団長が推しているとなればグラナートの子飼いと見ていいと考えてため息をついた。

 王太子自体はグラナートと一つ違いであるのだが、かの男が苛烈なのは嫌と言うほど知っているし、お気に入りにちょっかいを出されて黙っている男でもないのを知っている。ヴォルフ辺りが可愛がっている程度であることを祈るしかない。


「……ともかく。次の夜会はサイイド殿下のエスコートだ。それは変更できない」


 不服そうではあるのだが流石に逆らう気まではないのだろう、小さくクレイは頷く。それに苦々しい顔をしながら、王太子は彼女の部屋を後にした。


***


 そして癒やしが欲しいと王太子が向かったのは王城の中庭。丁度王太子妃と王妃がお茶をしているところであった。


「お疲れ様」

「もー、やだー」


 グズグズと崩れ落ちるように椅子に座った王太子は甘えるように王太子妃に声を上げる。それに彼女は苦笑したのだが、王妃は呆れたように視線を彼に送った。


「相変わらずのようね、義妹は」

「母上からビシッと言ってくださいよぅ。年上とは言え甥っ子の言うことなんて右から左ですよアイツ。こっちの苦労も知らないで」

「ミュラー伯爵家の件?」


 泣き言を言う王太子に王太子妃が尋ねると、彼は侍女の入れた茶を一口飲んで頷いた。


「グラナートからは睨まれるし、ミュラー伯爵からは嫌味言われるし、もうやだー」

「急にどうして王妹殿下はミュラー伯爵家に興味を持たれたのかしら?」

「……ミュラー伯爵家じゃなくて、ヒルダ嬢の方だったらしい」

「ヒルダ様?」


 同級生であった王太子妃はヒルダともそれなりに親しい。その親友アリーセと三人で茶会を開くこともある。貴族らしくないと言う者もいるのだが、ヒルダに対しては政治的な気遣いがほぼ不要なので気兼ねなく話ができるのだ。


「アルフォンス・ランゲって令息に最近ご執心らしくてさぁ。その子がヒルダ嬢と親しいとかなんとか……」

「アルフォンス・ランゲ?武芸大会連続優勝の?」

「母上もご存知でしたか」


 一介の学生を王妃が知っているのが意外だった王太子が声を上げると、王妃は小さく頷く。


「フレムデの話に出てたわ。あの男が家族とミュラー伯爵家の人間以外の話をするのが珍しかったから覚えていただけよ」

「ノイ伯爵が?え?もしかしてノイ伯爵のお気に入り的な?」


 だったら更にややこしいと王太子は頭を抱えたくなったが、王妃は微妙な表情を作って首を傾げた。


「……眼が良いって言ってたわ」

「眼?あぁ、そう言えば魔眼持ちでしたか。ヒルダ嬢と親しいって、魔具関係だけじゃないのかそれ!!余計な仕事だったんじゃないかこれ!!」


 恨みがましく王太子は思わず声を上げる。公的な場所であれば窘められるような言動であるが、私的な茶会であるし、王太子が王妹に手を焼いているのも知っている王妃が咎めることはない。


「死んだら眼が欲しいって言ったら断られたって話だったわ。先約があって残念だって意味がわからない事言ってたわあの男」

「……え、怖いし意味わからない」

「あの男の話を理解できるのは家族以外は陛下とミュラー伯爵位よ」


 王妃とフレムデ・ノイ伯爵の付き合いは長い。後ろ盾が弱く、息を潜めるように離宮で過ごしていた今上陛下をフレムデと言う男は連れ出して、王妃の所に逃がしてくれたのだ。連れ出したというのは国王談であり、フレムデ曰く、勝手についてきたらしいのだが。ただ、フレムデ自身が国王の事を気に入ったのもあり何かと面倒を見ていたし、気前よく魔具なども融通してくれた。それを片手に王妃は虎視眈々と己の婚約者を王位に押し上げる計画を立てて見事に成し遂げる。

 国王の寵愛が厚いノイ一族。それは彼等の功績なくては王位につけなかったからであるし、国王自体がフレムデに友情を感じているからであろう。

 王妃としては、政治に口出しをしてこないので使いやすかったし、魔具は国の立て直しに都合が良かったのだ。今でもたまに国王が呼べば王城にやってきて、新型魔具の説明を延々として、国王はそれを嬉しそうに聞く。それにつきあわされる王妃はやや呆れ顔なのだが、それでも自由にさせていたほうが使いやすい事を王妃は知っていた。


「……では、殿下は完全にとばっちり?」

「グラナートに次は侍女の首送りつけるとか言われたのに?ミュラー伯爵にねっちねっち言われたのに?っていうか、ヒルダ嬢が年下の令息侍らしてるとか聞いたことないし!!」


 ぶつぶつと文句を言う王太子の様子を見て、王太子妃が視線を彷徨わせたのに気が付き、王妃は口を開く。


「何か思い当たる事でもあるの?」

「えぇと……アリーセ様からすこぅし聞いただけなのですが……」


 言っていいのかと迷ったように口ごもった王太子妃に対して、王太子も王妃も先を促すように小さく頷いた。


「ヒルダ様の髪飾りは、アルフォンスと言う子が贈ったと……。その御礼にヒルダ様も久しぶりに刺繍をしたと聞きました」


 そう言われて王太子が思い浮かべたのはヒルダがつけている藍の髪飾り。夜会等ならともかく、普段は余り装飾品を身に着けない彼女が髪飾りをつけていたので、声をかけたことがあったのだが、その時に貰い物だと言っていたのでアリーセ辺りが贈ったのだろうと王太子は思っていた。


「あれ!?藍色の!?」

「ええ。ですので多分……ブローチもイヤリングもその子からかと……」


 毎年一つずつ増えている装飾品。言われてみれば創立祭の辺りに増えている気がした王太子は、あー、と情けない声を上げた。

 創立祭の前に花を贈るのは伝統的な事である。実際王太子も王太子妃に贈って、刺繍入りのハンカチを貰った。


「けれど……その……ヒルダ様は意味に気がついているのかいないのか……みたいな……」


 曖昧な言葉で濁す王太子妃の表情もやや困惑しているようである。三年連続で贈った、そして刺繍を返したとなれば、普通に考えて婚約者として据えてもおかしくないのだ。家の格を考えても釣り合いは取れる。


「婚約話は出ていない……ですよね?」

「そうね。少なくともフレムデは何も言ってなかったわ。年齢的な部分がネックなのかしら……」


 王太子の確認に王妃も首を傾げているので、実際婚約話等は出ていないのだろう。以前ノイ伯爵家長男の婚姻話の時は一番最初に!と呼んでもいないのに珍しくフレムデが王城までやってきたのは王妃もよく覚えていた。可愛がっている娘のその手の話を無視する男ではない。


「……少なくとも、アルフォンス・ランゲはヒルダ嬢に好意はあるのだが、ヒルダ嬢が気がついていない可能性がある……というのがミュラー小伯爵夫人 の話か?」

「ええ。アリーセ様の話だけでしたらそうなるかと……ヒルダ様は魔具の話ばかりで余りこの手の話をされないので、こちらも聞きにくくて……」


 魔具の話をしているか、王太子妃とアリーセの話を上機嫌に聞いているか。そのどちらかであることは茶会でも多かった。アクセサリーの話は、ヒルダが不在の時の茶会でアリーセから聞いたのだ。ただ、彼女もヒルダが全く気付いていないのか、気付いているが無視しているのか判断できずにいるという話であった。夫であるグラナートからは余計な口出しをしないようにと言われているという話もこの場で王太子妃はする。


「……グラナート公認って事かな?やっぱ辺境家門にも気に入られてる?えー、なんでそんな子に目をつけちゃうかなぁあの人。揉めたら面倒臭い」

「あくまでその令息の一方通行である可能性もあるわけだし今は静観かしらね。とはいえ義妹に関しては素行に注意しておきなさい」


 アルフォンス・ランゲと言う令息がミュラー商会やノイ伯爵家とつながりがそれなりにあるのは明白である以上、クレイの行動が彼らの鼻につく可能性も否定できない。

 まだ魔具を作れるのはかの一族だけである。

 一応中央に魔具研究所も作ったのだがまだまだ技術が足りない。たとえ魔具研究所が独自に魔具を作れるようになったとしても、その時間でかの一族は更に次世代の魔具を作るかもしれない。そんな一族の機嫌を損ねるのは国力の低下に直結する上に、ミュラー伯爵家も国内の魔具流通だけではなく、外交の要として機能している。

 王妃の言葉にため息をついて、王太子はどうしたものかと途方に暮れたような表情を作った。

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