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「我が刺繍の才能が恐ろしい!!」
「……うわ……何この細かい模様……アンタが作ったの?」
「うむ!!」
サイイドから刺繍入りのハンカチを応援としてプレゼントされたとは聞いていたヒルダだが、実際に見たのは今日が初めてで、その細かい仕事ぶりに思わず彼女は顔をしかめた。
場所はミュラー伯爵邸の東屋。普段であるのならミュラー伯爵邸の使用人が茶の準備をするのだが、今日はサイイドの側近が茶の準備をしている。珍しい南国の茶葉を持参したのでそれを振る舞うために交代したのだ。
「夜なべをして心を込めた!!」
「でしょうね。きちんと白虎の加護が乗ってる。ほんと細かい作業得意よねコドクは」
「そうなの?」
加護と言われてもわからない。そんな顔をアルフォンスはしたのだが、侍女の代わりにお茶をいれるサイイドの側近の男は淡く微笑んで頷いた。
「心を込めて針を刺せば加護が乗るというのは我が国ではよく知られることです。デザインも殿下がされました」
「へぇ」
「朱雀姫の刺繍もしっかり加護が乗っているではないか!うむ。可愛い朱雀だ!!」
隣に並べないで欲しいとヒルダは思ったのだが、ひよこではなく朱雀とサイイドが言ったので僅かに口元を緩めた。アルフォンスは気に入っているのだが、ひよこだと言われることのほうが圧倒的に多かったのだ。
そして側近は茶を入れ終わると護衛と共に少し離れた場所へ移動する。茶会の邪魔をしないようにと言う配慮だろう。
それと入れ替わりにヒルダの離れに向かっていた侍女が薄い箱を持って戻ってきたのでサイイドは首を傾げる。今のところヒルダに頼んだ魔具はない。それを知っているので何を持ち込んだのかと身を乗り出した。
「新型魔具か?」
「まぁ、新型と言えば新型かしら」
ワクワクとしたようにサイイドが楽しげに表情を緩めたのもしかたがないだろう。まだ南国には魔具はほとんど普及していない。商人の出入りこそ昔から細々とあったが、国交自体が正式に締結されたのがここ数年の上、魔具の輸出にはミュラー商会だけではなく国の許可も必要なのだ。
先日のように人道的理由で魔眼封じの魔具が南国に渡ったが、基本的に南国にあるのは嘗てフレムデ・ノイが率いた傭兵部隊が残していったごく原始的な魔具だけなのだ。例えば火はともらないのに温かくなる不思議な鱗や、水の不純物を取り除く不思議な革袋。そんなアイテムが少しだけあるのみである。
しかしその薄い箱はヒルダの手からアルフォンスに渡り、それを受け取ったアルフォンスはしっかりとサイイドに身体を向けて頭を下げた。
「刺繍入りハンカチありがとうございました」
「うむ!手間はかかったが中々楽しい時間だったぞ!!」
喜ぶだろうか、驚くだろうか、そんな事を考えながらサイイドはアルフォンスへのプレゼントを刺繍した。刺繍は基本女性がする教養と思われがちであるが、南国では男も狩猟のお守り代わりに組紐などを作ったりもするので比較的敷居は低い。
「これはお礼です」
「……礼?」
首を傾げながらサイイドは箱を開ける。そこにあるのは大きめな鳥の羽。色はアルフォンスの色である藍。
「八咫烏の羽のように見えるが……色が違うな」
「色は俺が乗せました」
そう言うとアルフォンスは一枚、一番色の淡い羽を箱から引き抜くとサイイドの側近にそばに来てもらうように頼む。すると彼はアルフォンスのそばに立ち不思議そうな表情をした。
側近の頭に巻く布に挟むように羽をアルフォンスが刺すと、ヒルダに視線を送る。
「ちょっと向こうに立ってくれるかしら?」
まともや移動を頼まれた側近は素直にヒルダに指定された場所に移動して直立不動となった。
「動かないでね。危ないから」
「はい?」
驚いて側近は声を上げたのだが、サイイドは指示通りにと言うように小さく頷いた。些か不安そうな顔をしたものの側近が頷いたのでヒルダは満足そうに笑うと人差し指を側近に向ける。
瞬間、放たれたのは雷撃。
矢のように一直線にそれは側近に向かったのだが、パァン、と彼の眼の前で弾けるように散逸した。
突然の事に護衛も動けず、側近も瞳を丸くして汗をダラダラとかいている。
「……羽が……」
そんな中、側近は己の布に刺された羽が形を崩したことに気が付き慌てて手を伸ばすが、触れた途端に砂のように崩れたので青ざめた。
「それは色乗せ失敗したやつだから大丈夫」
「は……はい……え?これは??」
一度頭の布をとって砂を払い、再度巻き直した側近は慌てたように東屋へ寄ってきてサイイドの側に侍る。視線は卓の上にある羽に落とされていた。
「お守り。見ての通りあの程度の魔法なら一発限り弾ける。物理攻撃もある程度なら大丈夫。サイ様は頭の布に羽飾り刺してることが多いから混ぜておいて。色は勝手に俺の色にしたけど、気に入らないなら白虎の色とかにもできるけど」
「これは青狼が作ったのか?」
「八咫烏の羽はグラナート様が調達してくれた。羽を加工するのは初めてだったからヒルダに教えてもらって、この部分に守りの魔術刻印入れた。だから折れたら効果なくなる。気を付けて」
羽の中心である芯とも言える部分をアルフォンスが指させばサイイドは頷く。箱に入っているのは十本。土地神の羽は貴重であるのにも関わらず、グラナートが調達したことにも驚いたし、ヒルダとアルフォンスが自分の為に時間を割いた事にサイイドは思わず目頭を熱くする。
「……こんなに嬉しいプレゼントは初めてだ。ありがとう、青狼、朱雀姫。狂犬にも礼を言わなければな……」
震える声を抑えてサイイドが言葉を放つと、ヒルダは呆れたような表情を作る。
「ノイ一族が一番最初に作った魔具が守りの刻印を刻んだお守りなの。いわば原初の魔具って所かしら。大切な人を守りたいと言う祈りの形。ノイ一族の根源。この子はノイ一族じゃないけど、朱雀の加護があるから多分適正があるのでしょうね、上手に作ったわよ」
「そうか……そう言えば朱雀姫の髪飾りも青狼が作ったと言っていたな」
「ええ。去年はブローチ、今年はイヤリングを貰ったわ。古龍の毒霧も防御できちゃうわ。……とはいえ消耗品だから、壊れても気にしないようにね。身につけなさいよ。宝物庫にしまい込んだら意味ないから」
「ああ。常に身につけるようにする。感謝する」
「こっちこそ。白虎の加護ありがとう」
早速サイイドは一本羽を手に取ると側近に渡した。それを彼はサイイドの羽飾りの一部として飾る。
「うむ!色も青狼の色のままでいい。寧ろこれがよい!!朱雀姫と揃いだな!!」
「えぇ?そうなるの??」
ヒルダもアルフォンスが渡した藍の髪飾りをつけているので、色味で言えばお揃いになるのだろう。嬉しそうなサイイドとは逆にヒルダは微妙な顔を思わずしたのだが、彼の嬉しそうな表情を見れば否定する気も起きなかったのだろう苦笑した。
「では殿下。残りは大切に保管しておきます」
「頼んだぞ」
側近の男は箱の蓋を閉めると大事そうに抱えて東屋を離れてゆく。
「しかし青狼は武芸の才能だけではなく、魔具作成の才能もあるのだな」
茶を飲みながらサイイドが口を開けばヒルダが頭を抱えたので驚いたように彼は首を傾げた。
「その子ね……複製能力が高いのよ。自分で新しい魔具の開発とか改良とかできないし、複雑な構造のものは無理だけど、単純な物なら同じものを作るってのは割と簡単にしちゃうの……」
「珍しいのか?」
「均一品質で作れちゃうから狂犬が欲しがるのよ……」
「その気があるなら工房持たせてやるって言われた。断ったけど」
「面白がってうちの魔物討伐部隊の連中がドンドン技術仕込んじゃうから、星神は無理でも土地神素材は扱えるようになっちゃってるし……」
「土地神素材は結構練習した。難しいねあれ」
しれっとアルフォンスが言い放つと、ヒルダははぁっと息を吐き出す。
「まぁ、将来の選択肢が増えるのはいいことだけど」
「うむ!!青狼は未来がよりどりみどりだな!!我が花園の御庭番の場所も空いているぞ!!」
「ヒルダの手伝いがいい」
アルフォンスの言葉にヒルダは瞳を丸くして、サイイドは笑い出す。
「そうか。朱雀姫の眷属を望むか。ならしかたない!!」
「しかたなくないわよ!!まだ若いんだから、手近な所でお茶濁さないでちゃんと考えなさい!!」
「考えてそれなんだけど。それにヒルダの手伝いって割と難易度高いと思うよ」
「そう?」
「魔物討伐に一緒に行けるぐらいの武芸能力は必要だし、魔具の知識もあったほうがヒルダは使いやすいんじゃないの」
「そりゃそうだけど……」
例えばヴォルフは魔物討伐には同行するが、魔具の知識は然程ないので作業の手伝いなどはしない。せいぜい解体までが手伝える事である。
魔具にするために細かい加工などが必要な場合は基本ヒルダが一人でやっている。これが工房であるのなら弟子の下積みなのだが、ヒルダは弟子がいない。
「土地神の羽の加工も褒めてくれたし」
「……まぁ、全体的に仕事が丁寧だしね貴方。魔力制御も上手いし」
「助手としてお買い得だと思うよ?」
「……それは認めるわ。でもだーめ」
「何で?」
不服そうにアルフォンスが言葉を放つとヒルダは瞳を細める。
「さっきも言ったでしょ。若いんだからちゃんと考えて。貴方の将来がかかってるのよ?確かに私は貴方に魔眼封じの魔具を渡して、極端な話命を救ったわ。でもその恩返しに自分の人生安易に捧げないの」
納得できない。そんな表情をアルフォンスがしたのでサイイドは苦笑する。この感覚は救われた側にしか理解できないだろうと。恩返しなどと生温い望みではない。
「……そう突っぱねるな朱雀姫。まだ学生故心配するのはわかる。けれど、一度青狼の願いもよく考えてやってくれ」
「はぁ?」
「武芸の才能も、魔具作成の才能も素晴らしいものだ。言い方を変えれば両方活かせるのは朱雀姫の元だとも言える」
「……それはそうだけど……」
「なにをもって己が幸せを感じるかなど人それぞれだ。因みに私はこうやって朋友や心友と語らう時間に幸せを感じる。他人に時間の無駄だと言われてもだ」
もっとやるべきことがあるだろうと言われてもサイイドはこんな時間を切り捨てる事はできない。
いわば癒やしの時間とも言えるし、このような時間が待っているからこそ頑張れるという事もあるのだ。
そんなサイイドの言葉に困惑したような表情をヒルダは作ったが、アルフォンスからの視線を受け止めると小さく頷いた。
***
「うむ。中々手強いな」
「悪くはないと思うけど」
いつも通りアルフォンスを馬車で送るとサイイドが言い出したので遠慮なく彼は馬車に乗り込む。すると直ぐにサイイドは苦笑しながら口を開いた。
「そうか?」
「少なくとも、あのノイ一族のヒルダが俺の将来心配してるってだけで望み高いと思わない」
「……そう言われればそうだな」
家族と魔具と大切な人以外に興味が向かない一族であるのはサイイドもよく知っている。例えばヒルダとヴォルフが気心知れた仲とは言え、彼の将来の選択に関してはヒルダは無関心であるし、極端な話アリーセの障害となるのなら躊躇なく排除するだろう。
「学生の間にできる手は打った。まぁどっちかと言えばこれからかな」
口元を緩めるアルフォンスを眺めてサイイドはつられて口元を緩める。それは恋慕なのか、愛情なのか、執着なのか。
「我が朋友青狼」
「何?」
「お前の危機に我は必ず駆けつけよう。星神の名のもとにそれをここに誓う」
「……こういう時定番の返事ってあるの?」
突然のサイイドの口上にアルフォンスは面食らったような表情を作るが、直ぐに困ったようにサイイドの側近に視線を送った。すると彼は耳元で小さく言葉を伝える。それに頷いたアルフォンスは口を開いた。
「ソラの加護、ホシの祈りを貴方に」
満足そうなサイイドの表情を眺め、アルフォンスは小さく首を傾げた。




