15
寮に到着する少し前。いつも通り相槌を打つアルフォンスが思い出したように口を開く。
「ヒルダは急いで帰る?」
「別に用事はないわ」
「ちょっと渡したいものあるから少し待ってて」
部屋にそれを取りに行くので馬車で待っていて欲しいと言われたヒルダはヴォルフに視線を送る。それに対し彼はとりわけ問題はなかったのだろう頷く。それを確認したヒルダは瞳を細めて了承する様に笑った。
そして寮に到着すればフランツの存在はないかのようにアルフォンスはさっさと馬車を降りて小走りに建物の中に入ってゆく。
「置いていかれた……」
「荷物持って来たら一緒にいきゃいいだろ」
こういう気遣いがアルフォンスには無理なのだと諦めた様にヴォルフがフランツに言葉を放ったのもしかたないだろう。アルフォンスはなんでも一人でやることが身についてしまっているのだ。ヒルダもグラナートもその気があるので、一緒にいるヴォルフはそのフォローについ走ってしまう。
そしてあっという間にアルフォンスが戻って来る。手に持っているのは藍の花。
見覚えのあったフランツは驚いたように瞳を見開いたのだが、ヒルダは不思議そうな表情を浮かべた。直ぐにアルフォンスが手に持っているものが飛竜の鱗で作られたものだと気がついたのだ。
「あら、上手ね。守りの魔術刻印も色乗せも綺麗じゃないの」
ヒルダの褒める言葉にアルフォンスは少し驚いたような表情を作ったが直ぐに瞳を緩めてそれを彼女に差し出した。
「ヒルダに」
「え?」
渡したいものがあると言われたのでその流れは当然なのだが、面食らったように彼女はその藍の花に視線を落とした。
「いいの?これだけのできならきっと魔具登録もできるわよ?」
例えばヴォルフがアルフォンスに渡したお守りでも昔は魔具として扱われていた。極端な話魔術刻印を刻み機能させれば魔具分類されるのだ。その上アルフォンスの作った魔具は複数の花びら一枚一枚に刻まれた守りの魔術刻印を連結させて防御力を上げている。騎士団辺りに持ち込めば飛ぶように売れるだろう。
「ヒルダ以外に渡すつもりなかったから」
「あら、髪飾りなのね」
藍の花は大きさが違うものが三つ並んでおり、土台の髪留めに沿うように固定されている。そこでヴォルフは漸くその花の意味に気が付き顔を上げた。
「……他に渡すやついねぇの?ヒルダでいいのか?」
「いない。どう?色が好みじゃなかった?」
ヴォルフに短く返事をした後にアルフォンスはヒルダに伺うように声を掛ける。すると彼女は小さく首を振って笑った。
「貴方の色ね。綺麗だわ。こんなに深い藍を出すのは大変だったでしょ?」
薄く薄く伸ばされた魔力の膜。元々アルフォンスは魔力制御が抜群に上手かったので藍自体を出すのは難しくはない。けれど深い色を出そうとすればさぞ大変だったろうとヒルダは考える。
そして彼女はその藍の花を髪に飾った。
「あんまり重くないしいいできね。ありがとう。……そうね何か欲しいものあるかしら。流石にお礼したいわ」
「ハンカチ」
「え?」
「刺繍入りのハンカチ」
間髪入れずに返事をしたアルフォンスの言葉にヒルダは瞳を丸くする。
「アリーセは刺繍上手だけど私は人並みよ?」
学園で刺繍も課題として出されていたので一応できるが、刺繍をするより魔具を触っていたいと言うタイプであったヒルダは、アリーセに付き合って刺繍をすることはあっても、一人で刺繍で時間を潰すなどしたことはなかった。けれどアルフォンスが迷いもせずにそれをねだったので、珍しいと思い頷く。余りアルフォンスはモノを欲しがることがないのだ。
「貴方の家の家紋がいいかしら。えっと……」
「剣にアイリスだな」
「そうそう」
アルフォンスの家紋をぱっと思い出せなかったヒルダであったが、ヴォルフが直ぐに言葉を添えたので彼女は満足そうに頷いてアルフォンスに確認する。相手の家紋やイニシャルを刺繍するのはプレゼントとしてはスタンダードなのだ。
けれどアルフォンスは小さく首を振る。
「朱雀がいい」
「朱雀?あぁ、貴方の場合朱雀の加護もありね」
「……おい、こいつに朱雀刺繍させたらひよこだぞ」
「あれがかわいい」
魔眼の事を考えれば朱雀の加護を願う刺繍もありだろうとヒルダは納得したが、慌てたようにヴォルフがそれを止めようとする。けれどアルフォンスはそれが良いと浅く笑った。
一人フランツだけがひよこの意味が分からず首を傾げたが、ノイ伯爵家の家紋が朱雀であることは魔具に刻印されているので彼も知っている。
「ひよこじゃないってば!!もう!!いいわ、朱雀ね。いつできるか約束できないけど……」
「待ってる」
ホッとしたような、嬉しそうな様子でアルフォンスは瞳を細めて了承すると、改めてフランツと送って貰った礼をいい寮へ帰っていく。それを見送ったヴォルフは渋い顔をしてヒルダに視線を送った。
「創立祭までに仕上げてやれ」
「え?」
馬車に乗り込むなりヴォルフがそう言葉を放てば驚いたようにヒルダは顔を上げる。困惑したように眉を彼女が寄せたのでヴォルフは浅くため息をついた。
「ダンスに誘うのに花渡す習慣あったろ。女からは刺繍入りのハンカチ」
記憶を手繰るヒルダは、学園にいた頃の事を思い出す。ヒルダ自身は渡す相手もいなかったのでスルーしていたが、アリーセがグラナートに渡すためにせっせと準備をしていた光景を思い出して、あぁ、と短く声を上げた。
「あったわ。アリーセが辺境伯の家紋の練習してたわ」
ヒルダの記憶の大半はアリーセに紐づいているのではないかと呆れながら、ヴォルフは小さく頷いてヒルダの髪に飾られたままの藍の花に視線を送る。
「坊主がこの時期に花贈るってことは、創立祭の習慣にあやかってだろうよ」
「私は創立祭に出ないのに?」
例えば年の離れた婚約者等であれば相手が学園の創立祭に出なくても花やハンカチを送りあうことがあるのだがヒルダはそんな事は知らないだろうし、これ以上は野暮な様な気がしてヴォルフは言葉を探す。
「気分を味わいたい的な?」
「……気分っつーか……」
武芸大会も舞踏会もアルフォンスは参加しないと聞いていたヒルダがその反応なのも理解できるのだが、うまく言葉が選べずヴォルフは黙り込んでしまう。暫くその様子を眺めていたヒルダであるが、小さく頷いた。
「まぁ急ぎの仕事もないし創立祭には間に合わすわ」
「そうしてやってくれ」
とりあえず納得してくれたことに安堵したヴォルフはぼんやりと思考を巡らす。
ヒルダに懐いているとは思っていたが、まさか花を渡すほどだとは思っていなかった。けれど藍の花を褒められた時の表情を見れば、ヒルダへの思いを察することはできる。しかしながらノイ一族の性質を考えればそれは険しい道だとも同時にヴォルフは心配した。家族と魔具が大好きで、己が気に入った大切な人間以外は心底どうでもいいという歪んだ一族。ヒルダがアリーセに見せる執着を何年も眺めていれば嫌と言うほど理解できる。
ただ、ヒルダがアルフォンスに対して無関心な訳では無い。
少なくともどうでもいいとは思っていないのだが、魔眼魔具の貴重な被験者であるからという可能性も排除できないのがヴォルフの正直な考えである。
そもそもアルフォンスの思い自体も麻疹のような物かもしれない。
今は学生であるし、社交にもその体質故に殆ど出ていないので同世代の貴族令嬢とも言うほど交流がないのだ。それ故女性に対する免疫がなく、身近な年上の女性に憧れるというのもよくある話である。
いずれ彼も別の相手に目を向けるだろう。けれど学生時代の淡い思い出ぐらいはあってもいい。そう思ってヴォルフは創立祭までにとヒルダに助言したのだ。
「……そういやお前結婚話ねぇの」
「貴方がそれ言う?うちがどんな人間の集まりか知ってるでしょ?」
ヴォルフも結婚話が全く無いのに心配する様に言われたのにむっとしたのだろう、ヒルダが冷ややかな言葉を放つと彼は素直に謝罪する。
「悪ィ。いやお前の事だから、アリーセ様の子どもに合わせて自分も子ども生みたいとか言い出すんじゃねぇかと思ってた」
「それも考えたんだけど、狂犬がアリーセにバラして怒られたの」
「思ってたのかよ!!」
「私にも幸せになって欲しいから、好きな人と結婚してねって。アリーセ優しいわ。可愛いわ」
完全に思考がアリーセの方へ飛んでいってしまったヒルダを眺めヴォルフは呆れたような表情をする。しかしふと疑問に思ったことを口にした。
「そんじゃ今ん所結婚したい奴はいねぇのか」
「難しいのよねぇ」
「何が」
「アリーセと結婚したいって言っても無理でしょ」
「グラナートと全面戦争だろソレ。そもそも貴族の同性婚はうちの国では無理だな」
平民であるなら然程うるさく言われないのだが、貴族はその血を残すという役割があるので同性婚は認められていない。ただ、愛人として囲うとか、水面下では黙認されているのが現状である。
「同性婚がどうこうじゃなくて、アリーセは狂犬と一緒が幸せなのよ。私はアリーセの幸せが一番大事。だから私はアリーセと結婚しない。それだけの話よ。アリーセが私と結婚して幸せだったら結婚してたけど」
「……その思考やばくねぇか」
「うちの一族では多いわよ。大好きな人の幸せが自分の幸せ」
グラナートへの反発よりアリーセへの気持ちが強い。己の不快感など二の次。大好きな人が幸せであることの方が重要。
歪んでる、そうシンプルにヴォルフは考える。
「お父様みたいに泣いてすがって、同情をかって口説き落とすってのもいるけど、相手が本気で嫌がったらあっさりひく感じかしら」
「ひくだけましか……相手に迷惑かけたくねぇ的な?」
「そうね。お父様はお母様に死ねって言われたら喜んで死ぬわよ」
「おっかねぇよ」
あの伯爵やっぱヤバいなとヴォルフはフレムデ・ノイ伯爵を思い浮かべる。因みにヴォルフはノイ伯爵にはよく会うのだが、ヒルダの母親の方は会ったことがない。屋敷で監禁でもしてんのか、と一度グラナートに聞いたことがあったのだが、そういう訳ではなく、ただ単に忙しくしているだけであると言われてホッとしたのを思い出す。
元々傭兵団として共に行動していたノイ伯爵夫人は、伯爵同様社交などは得意ではなく、もっぱら魔物討伐に精を出しているという。
とはいえ、一介の子爵令息が伯爵夫人にお目にかかるなど社交界以外ではありえない話なので、社交に出ないなら顔を見たことがないというのもおかしな話ではない。
「……あの子にも幸せになってほしいわね」
「坊主か?」
ふわりとヒルダが笑う。その様子にヴォルフは一瞬面食らったような表情を作ったのだが、もしかしたら、と一瞬ありえない思考が脳裏をよぎる。
例えば、年齢差。例えば、彼の将来性。例えば、社会的な常識。
それを考えれば、アルフォンスとヒルダの組み合わせは彼の将来を考えればベストではない。悪いとも言い切れないが、最良とは言い難い微妙なライン。
「……アイツは割と図々しいからな。自分の幸せなんざ自分でもぎ取るんじゃねぇの」
「強い子よね」
「そーだな」
可能性はゼロではないのかもしれないとチラリとヴォルフは考えて、ヒルダの髪を飾る藍の花に視線を送った。




