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その後戻って来たアルフォンスとヴォルフがサイイドの相手をしている間にヒルダは父親であるノイ伯爵への手紙を書き上げてサイイドに渡した。
ノイ伯爵領へ行く時間を何とか捻出するとヒルダを拝まんばかりに感謝をしたサイイドであったが、彼にとっての楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。名残惜しいと愚図るサイイドと大事そうに箱を抱えるアルフォンス。星神の素材を入れてきた箱には代わりに飛竜の鱗が詰められている。アルフォンスがヒルダに頼んで譲ってもらったのだ。後日鱗を粉にする作業を手伝うという約束の先払い。何に使うかヒルダは聞かなかったのだが、恐らくノイ伯爵領で魔術刻印の刻み方を教えてもらったと聞いていたので、その練習用だろうと快く譲ってくれた。
寮まで送ってもらったアルフォンスは寮生から注目を集めていたが、全く気にした様子もなく自室に入ると、早速飛竜の鱗を一枚手に取る。
そしてゆるゆると指先に魔力を集めて一つ刻印を刻んだ。
それは守りの刻印。
一番最初に覚えるものだと言う。
「……こんなもんか」
はじめこそ朱雀のお守りを補助にしていたが、問題なく補助なしでも刻めるようになった刻印の淡い光が消えるのを確認してアルフォンスはそれを机のはしに置く。そして再度箱の中から鱗を取り出しまた刻印を刻む。
瞳に集まりやすい魔力を他へ流す訓練は自領にいる時に魔術師と共に嫌と言うほどやった。それが功を奏してか、刻印を刻む訓練時に魔力を巡らせるという一番最初につまずく事が多い所もあっさりアルフォンスはクリアした。
指先に意識を集中する。魔力を押し出すように流し込む。
集中力を途切れさせればあっという間に素材を破壊、ないし、刻印の歪みが出る。けれど魔眼封じの魔具を手に入れるまで四六時中魔力循環を調整していたアルフォンスには余り負担が感じられないのもあり、二十枚ほどの刻印を刻んだ辺りでようやく手を止めた。
出来上がった鱗を箱から取り出した袋にザラザラと入れると、口を閉じでアルフォンスはそれを振る。鱗同士がこすれる音がいささか不快であるのだが、この鱗に持ってきた粉をまぶさねばならないので辛抱しながら何十回と振り続ける。
そして漸く手を止めたアルフォンスは、一枚鱗を袋から取り出し粉の状態を確認したあとに、その縁に指を押し当ててゆるゆると魔力を流す。それは刻印を刻むときのような強いものではなく、表面をさらっと流すような薄いもの。
途端、鱗の色が深い藍に変わる。
色と言うのは光の屈折率が関係すると言っていたのはノイ伯爵。アルフォンスのピアスの色を何色にするかと言う希望を聞いた時についでにそんな話をしてきたのだ。
その時卓に乗せられていたピアスは両方白い色をしていたのだが、それは素材そのものの色で、希望があれば好きな色を乗せられると言われた。特殊加工した粉をまぶしてそこに魔力を送ってやれば、その魔力の厚さに応じて色が変えられると。
アルフォンスは琥珀の色が良いと希望を出したのだが、琥珀と言ってもピンキリである。結局ノイ伯爵が色を乗せる作業を横から眺めて、希望の色に調整してもらったのだ。
「……ちょっと厚いか?」
もう少し深い藍がいいと思ったアルフォンスはもう一枚鱗を取り出すと、更に薄い魔力を送ってやる。先程より深みが出た色に彼は満足すると、せっせと同じ作業を繰り返した。
そして思い出したのは古い星神の本に挟まれていた栞。初めて見た時は変わった形の栞だと思っただけで大して気に留めていなかったのだが、今考えればあれは竜種の鱗なのではないかと思い、アルフォンスは抽斗から本を取り出す。
「飛竜……ではないか……」
白銀にも見えるのだが、光に透かして眺めれば薄っすらと青が浮かぶ不思議な色彩。少なくともアルフォンスの記憶にこの鱗は存在しなかった。
そしてその栞に刻まれた文字。
――朱に魂を灼かれた伽藍洞の君へ
ぼんやりと異国の言葉だということは分かっていたが、今は東雲国の文字だと分かる。子供の頃、東雲国の言葉で書かれた絵本が読めたのは恐らく虚空接続のお陰だろう。
読みたい。
ただその単純な欲求が、まだ制御されていない己の虚空接続能力を引き出し、異国の言葉を解読したのだと思われる。アルフォンスが読んだ、と言う未来を引き寄せて脳に焼き付けた。ある意味卵が先か鶏が先かという不思議な話になるのだが。
その時に軽い頭痛に襲われたものの、これといって問題もなくアルフォンスは本を読み進め、そしてその能力故に一度で丸暗記したので以降は負荷もなく読めている。
栞の言葉の意味は今でも正確にアルフォンスは分かっていない。けれど、古びたお守りとフレムデが言っていたのは恐らくこの栞なのだとうっすら理解していた。
鱗に守りの刻印を刻むのはノイ一族の大切な人への祈り。
魔女の祈りがきっとこの栞に乗っているのだろうとアルフォンスはぼんやりと考えた。
「アル!!晩飯一緒に食べまショ!!」
どんどんと元気よく叩かれる扉に視線を送ったアルフォンスはもうそんな時間かと持っていた栞を本に挟んでまた抽斗にしまい込む。
そして扉を開ければフランツが顔を覗かせたのだが、直ぐに申し訳無さそうに眉を下げた。
「あ?なんか作業してた?」
いつもはきちんと整理されている部屋に箱やら袋やらが置いてあるのに気がついたのだろうが、そんな彼に対してアルフォンスは小さく首を振った。
「キリ良かったからいい」
「そう?」
邪魔をしたわけではなかったと思ったフランツは安心したように笑うと、珍しそうにアルフォンスの机に視線を送る。
「青い……何?」
「飛竜の鱗」
「は!?色もっと……こう透明じゃね??」
飛竜、火竜、古龍など種類は多いが、その中でも飛竜自体は全体的に緑色をしているのだが、緑色なのは表皮であり鱗自体はほぼ透明なのだ。古龍などは逆に漆黒の鱗を持っているが表皮は白なのだと言われれば不思議だとアルフォンスは思っていた。
「魔力で色乗せた」
「そんな事できるの!?」
「できるからやってるんだけど」
「へぇ。綺麗だな。何に使うの?」
「造花」
「……へ?アルは創立祭出ないでショ」
「今年は出ない」
「あぁ、来年以降の練習?アルの色は深い藍だから特注になるだろうしなぁ。自前で作れるならそれがいいかな」
水色に近い花は割と存在するので造花もアクセサリーも既製品で見かけるのだが、ここまで深い藍はそう言えば店で見なかったとフランツは納得する。
「いや、え?鱗で花作れるの!?」
納得はしたがそもそも魔物素材を加工するという発想がないフランツが驚いたように声を上げたので、アルフォンスは色を乗せた鱗を一枚手に取りその縁をなぞる。するとその縁は緩やかに波打って、更に鱗自体が内側にゆるく丸まった。
「変形した!!あ、花びらっぽい!!」
「これの繰り返し」
だから大きさがまちまちな鱗を並べていたのかとフランツは机に視線を送る。バラのように花びらが重なっている感じの花が出来上がるだろう事が想像できた彼は感心したようにアルフォンスに視線を送った。
「完全に造花?アクセサリーにする?」
「多分髪飾り」
「へぇ」
髪飾り用の台座は手芸店に売っているので花が出来上がってから大きさを確認して買おうとアルフォンスは考えていた。
ふと、アルフォンスは色乗せを失敗した鱗に視線を送るとそれをフランツに握らせる。意味がわからない、そんな顔をしたフランツであったが、アルフォンスに言われた通りそれを握り込み、指示通り握った拳を側頭部辺りに上げた。
「え?え?なに?」
「絶対動かないで」
「怖い!!」
そう悲鳴のような声を上げたフランツを無視して、アルフォンスは側頭部めがけて勢いよく蹴りを放った。
アルフォンスの脚に鈍い痛みが走る。硬いものを蹴ったような衝撃。そして、フランツはといえば、動くなというアルフォンスの言葉を守って反射的によけようとしてしまう身体を縫い留めていた。
「……は?アレ?って!!!鱗!!鱗が!!」
アルフォンスが完全に脚を振り抜く体制であったのにも関わらず直前でそれが弾かれた事にまず驚いたのだが、直ぐに手の中の鱗が砕けていることに気が付き悲鳴を上げる。
「こんな感じなんだ」
「いやいやいやいや!!アル!!鱗割れた!!」
「もう使えないから捨てていいよ」
「はぁ!?使い捨て!?」
「使い捨てのお守り」
そう言われてフランツは己の手に残る飛竜の鱗に視線を送る。割れた、と表現したが、どちらかと言うと粉々という表現がピッタリで、少し迷ったがフランツは部屋の隅にあるゴミ箱の上で手を振った。手汗のせいで張り付いた粉も綺麗に落としたフランツはアルフォンスに視線を送る。
「どういう原理?」
「魔具を作る時に使う魔術刻印を刻んだ。守りの刻印。けど守りの刻印がどんな風に作用するか分からなかったから試した」
「言ってヨ」
「それはごめん」
素直にアルフォンスが謝罪すれば余り責める気もなかったのだろうフランツは机に並ぶ鱗に視線を落とした。
「……これ全部?」
「そう」
「花にするんだよね」
「そのつもり」
「めちゃめちゃ頑丈な防御壁はりそう……」
一枚でアルフォンスの蹴りを完全に防いだのだ。それを何枚も重ね合わせるのだからさぞ頑丈な守りになるだろうとフランツは思い、寧ろこれ欲しいなとさえ考える。
するとアルフォンスが一枚淡い色の鱗をフランツに差し出した。
「色乗せ失敗したやつだけど」
「……くれるの?」
小さく頷いたアルフォンスを眺め、フランツは心底嬉しそうに笑顔を浮かべる。そんなに喜ばれると思っていなかったアルフォンスは少々面食らった様子であったが、部屋の灯りに鱗を透かして嬉しそうな表情を浮かべるフランツを眺めていれば、そう悪い気分にもならず思わず口元を緩めた。
その後夕食をとり風呂に入ったアルフォンスはまた机に向かう。
そして一枚一枚丁寧に鱗を変形させるために魔力を流し続けた。幸い変形の為に必要な魔力はそう多くはない上に、人より魔力量もアルフォンスは多い。魔力を使い果たせば最悪昏倒することもあるのだが、その心配はなく黙々と作業を続けた。
丁寧に花びらを模した鱗を重ねて形を作ってゆく中思い浮かべたのはヒルダ。
出会いは唐突で、強引に自分を引き上げた人。
生きることに無気力だったのは自覚していたし、短いなら短いでそれでも構わないとアルフォンスは思っていた。だから精一杯生きようなどと前向きな気持もなく、だからといって投げやりな訳では無い。けれどただ生きていただけ。ヒルダの言う通り伽藍洞。
魔眼封じの魔具を貰った後も、長生きできるのかとぼんやりと考えはしたが、まだどこか実感がなかったのもあって、深くは考えなかった。
サイイドのように生きることに貪欲にはなれなくて、けれどヒルダが己のために虚空接続封じの魔具を作るといい切った時にほんの少しだけ気持ちが変わった。
天才を眼の前にして、それでもそこに手を伸ばす貪欲さ。己が好きなものに対する思いの強さ。家族と魔具とアリーセが大好きで、それ以外はどうでもよくて、そのくせに気まぐれで人をを救う身勝手な女。
「……ホント、無神経で残酷」
サイイドがそうであるように、救われた者の魂は灼かれる。刻まれる。
アルフォンスが面倒臭いと思いながらもサイイドを嫌だと思わないのは、同じであると知っているからだろう。
「けどまぁ、そういう所がいいか」
年齢差が五歳。性別が逆ならともかく微妙なラインであるのだが家格は釣り合っている。問題はアルフォンスが継ぐべき爵位がないことである。本当はノイ伯爵領の魔物討伐部隊に入りたいのだが、ここは我慢して第二騎士団かと小さく舌打ちをする。ただ、ヒルダさえ頷けばノイ伯爵家は爵位に頓着しないような気もした。けれど、アリーセと共にいたいという彼女の願いを考えればなんとか貴族籍は確保しておきたいとも思う。
己がこんなに執着心の強いタイプだとは思わなかった。
そんな事を考えながらアルフォンスは手元の藍の花に視線を落とす。
一度自覚すれば絶対に他の男に渡したくないと思うし、自分でも引くほど彼女に執着している事に気がついて思わずアルフォンスは自嘲気味に笑った。




